下水道のどぶさらい
十九世紀のイギリス、ロンドン。
産業革命期。
ジャックの仕事は下水道の「どぶさらい」だ。
つい最近、農村から都会のロンドンに移ってきたのだが、仕事が見つからず、この「どぶさらい」を始めた。
暗い下水道の中で、金持ちがうっかり落としていったコインの他、ナイフ、フォークなどの金属を汚水の中から拾い集めて生計を立てている。
下水道の中を汚物まみれになって、金属片を探し歩く。
最低の仕事だ。
だが、生きていく以上、仕方がない。
今日は、いつもと違い、なかなかたいしたものが手に入らない。
銀製のスプーン一本だけだ。
イライラしてきたジャックは普段行かない方へ足を運んだ。
下水道の中は迷路のようになっていて危険な場所だ。
狂暴なドブネズミに襲われることもあれば、狭いところに溜まっている有毒ガスを吸って死んだ奴もいる。
気が付くと、胸から下げていたランプが消えそうになっていた。
これはまずいことになったとジャックは思った。
こんな真っ暗な下水道の中で出口がわからなくなって、飢えて死ぬなんてごめんだね。
ジャックが焦っていると、遠くの方から光が見える。
ランプを持って、青白い顔で背の高い男がやって来た。
どうやら同業者らしい。
助かった。
「すまねえ、俺のランプが消えそうなんだ。一緒に仕事をやっていいか」
「ああ、かまわねえぞ」
二人で下水道の中をうろつく。
しかし、なかなかこれといったものを見つけることができない。
「もっと先の方へ入ってみよう」と背の高い男が進んでいく。
「あんまり奥の方へ行くと危ないんじゃないか」とジャックが止めようとした。
「今日は全然いいものが手に入らなかったんでね。多少の危険は仕方がない」と男が下水道の奥へと進んでいく。
ランプが消えてしまったジャックは男についていくしかない。
しかし、ジャックはその時思い出した。
ある男が下水道の中で「どぶさらい」の同業者に出会い、意気投合してそいつについて行ったら、いつの間にか有毒ガスのある場所に連れて行かれた。
そして、そのガスを吸って死んでしまった。その同業者とは、その場所で同じく有毒ガスを吸って死んだ奴の幽霊で、自分と同じような目に遭わせようと他の人間を誘うため下水道の中をさまよっているのだと。
急に怖くなったジャックは、背の高い男について行くのをためらった。
すると、遠くの方に上から光が差しているのを見つけた。
その方向に出口があるに違いない。
ジャックは背の高い男からそっと離れて、その光の方へ向かうと、その男がジャックの方に走ってきた。ランプの光で見えるその男は怖い表情をしている。
こいつ、本当に幽霊じゃないか。
ジャックは逃げる。
もうすぐ光がある場所へ着く。
その時、背の高い男が叫んだ。
「おい、そっちは危ないぞ」
幽霊が危ないなんて言うかなと、一瞬そう思い、ジャックは立ち止まった。
そこへ天井からレンガが崩れ落ちてきた。
ジャックが下敷きになった。
「だから危ないって言ったのに」
背の高い男は、崩れてきたレンガで頭を打って死んだジャックを見下ろす。
古い下水道ではレンガが上から崩れ落ちてきてケガをしたり、命を落とす奴が多い。
背の高い男がジャックの布袋を取る。
中には銀製のスプーン一本だけ。
「まあ、こいつにはもう必要ないだろう。いただいておくか」
そのままジャックの死体を放っておいて、その場から立ち去っていく。
「最低の仕事だなあ」とつぶやきながら。
(終)