05-01 蠱毒の迷宮
九鬼城砦弐番街。
そこは壱番街をベースに作られた、巨大な市街ダンジョン。ぱっと見、サイズが少し小さいだけで、壱番街にそっくりなんだけど……。
ここには、戦争がある。
「…………ここが……」
リサさんがごくりと唾を飲み、盾を構える。
僕らが飛ばされたのは路地裏の行き止まり。飲食店に挟まれた小汚い、薄暗い通りで、10メートルほど先に煌々と輝く本通りが、狭いながらも見えている。一見それは、ただの繁華街の光景にしか見えないように思えたけれど……
音が、ない。
街灯も、ネオンも、電飾も、なにもかもがまばゆいばかりに光っているというのに、そこにあるべき嗤い声、足音、喧噪はない。それにはスライ・スライでさえなにかを感じたようで、彼も口を開かなかった。
わざと足音を立て、システム的に音が消されてるんじゃないってことを確認。
「色葉……まずはあの通りに出よう」
「了解、会敵したら打ち合わせ通りにね。スライ・スライ、横に」
「うむ」
前衛を2人に任せ、僕とリサさんはその後をついていく形。
色葉が大きく息をつき、一歩、足を進めたところ。
「……なんか聞こえない?」
金属音……
……いや、工事の音……?
たしかになにかが聞こえる。
「なんだ……?」
右手の方から響くその音は、徐々に大きくなっていく。車が走っているのでも、人が騒いでいるのでもない、今まで聞いたこともないような音。
「……あーーーッッ!」
色葉が叫んで駆け出す、が、慌ててたたらを踏んで振り返る。
「急いで! ここから出て!」
「な、なん、でっ」
「いいから早く! ここは絶対死ぬから早く!」
面食らっている僕たちを、色葉が押すようにして本通りに出る。その間も、正体不明の音は続いていて……
……それどころか、大きくなっている。
音は、工事現場に似ていた。車とは馬力の段違いなエンジンが、鋼鉄の建機を雄々しく駆動させ、大地を削っていく、あの音。
「い、色葉、なんなん……」
と、4人そろって本通りに出たところで、僕たちは音の原因に気付いた。
100メートルほど遠くの、曲がり角。
まずは大きな筒が見える。
人の腕もすっぽり入ってしまいそうな、太い、長い、鋼鉄の筒。
続いて、無限軌道。
重さに耐えられないのか、半ばアスファルトに沈みながらも、砕けた道路をがらがら周囲に跳ね飛ばし、ゆっくり、しかし確実に進んでくる。
最後に称札。
筒の根元に座っている悪鬼と、その筒がついている乗り物の。
〈Lv.24 悪鬼発明家〉
〈Lv.33 悪鬼戦車〉
悪鬼が戦車でやって来た。
……最悪の状態になってしまった、という意味のことわざにしてほしい。
「見ーーーーーっけ!」
発明家はそう叫ぶとキュラキュラ、一体全体どういう理屈で動いているのかわからない戦車の無限軌道を回転させ、僕たちに正対する。がごん、ぐいん、こら、ちゃんとやれ、意味不明な叫び声と機械音と共に、砲塔がまっすぐ、僕らを狙う。
「獲物だぞ! 逃すな! 突撃!」
【GrrrGGGGrrrrrGG!!!】
鋼鉄の無限軌道が街路を踏み荒らし、街灯をなぎ倒し突進してくる。
「撃つんじゃないのかよ!?」
剥ぎ取られたアスファルトが泥のように舞う。
鼓膜の破れそうな異音があたりに轟く。
戦車。
赤とオレンジの派手な塗装に覆われながらも装甲の無骨さは、これはたしかに、車や車両なんかじゃなく、戦車なんだ、と伝えてくる。それが時速80キロぐらいで突っ込んでくると、のんきに観察なんかしてられない。
「う、上だ色葉! あの乗ってるヤツを片付けるんだ!」
「でしょー、ねっ! あんたも来なさいっ!」
「んごわっ!」
「そっちは固まって逃げないでよ!」
「わかってる!」
僕の声と同時に、色葉がスライ・スライの首根っこをひっつかみ、跳ぶ。
星空コーデを風になびかせ、スカートの端から見えるたっぷりとしたパニエがふわふわ、宙に真っ白な軌跡を描き、近くの煤けた貸しビルの2階、窓を聖バールでたたき割りそのまま中へ。
「リサさんっ! 左右に!」
僕たちは少しでも戦車に的を絞らせまいと、左右に分かれ、あの巨体では到底入れないであろう路地に逃げ込む。頭の中にふと、漫画みたいに車体をしならせて路地に押し入ってくる戦車の図が浮かんだけど……考えないことにする。
すさまじい音を立てながら、悪鬼戦車は僕らの路地を通り過ぎる、かと思えば、ぎゃりぎゃりぎゃり、って猛烈な金属音がして、後ろ半分が路地から見えている状態でストップ。
……おい、なあ、ダンジョンの中は、現代兵器が使えないとか、そういうのじゃないのかよ!?
そんな不満を叫びたくなったけど、どうしようもないものはどうしようもない。今はオフェンスの2人がなんとか状況を打開してくれることを、祈るしかない。
僕は僕の、ベストを尽くしつつ。
「発明狂界系……!」
専用HUDはパーティメンバーの位置を、建物の中にあってもワイヤーフレームみたいに浮かび上がらせて表示してくれる。まるきり、色葉がよくやってたチーム戦FPSの特殊能力だ。
僕はありったけの風エレメントを色葉に送り込む。ダンジョンに来る前、持てるだけのエレメントを回収しておいたんだ。
「戦車跨乗はぁぁぁ……負けフラグッッ!」
「ヨーーーーーーーーホーーーーーーーーー!!」
絶叫と共に2階から飛び降りる色葉にスライ・スライ。
戦車が方向転換する、その一瞬の隙をつき、無防備な頭上から2人が悪鬼発明家に襲いかかる。発明家は亜空筺から取り出したのか、やたらごてごてしたフリントロックのピストルみたいなやつをとりだして、狙いをつけるけど……
遅かった。
スライ・スライのナイフが一直線に発明家の目を切り裂く。
フリントロックが天井に向かって、無意味に放たれる。それを見るとスライ・スライは嗤い、彼の頭を蹴って飛び上がる。
そして。
遅れて跳んできた色葉が、2本の聖バールで発明家の、奇妙な形のアンテナが張り出したヘルメットごと、頭を、頭蓋骨を、叩き割る。
だんっ……ごろごろごろん……。
綺麗に着地した色葉。
勢い余って転げて電柱にぶつかり、逆さになったスライ・スライ。
どさりっ。
発明家がぐらりと揺れ、戦車から落ちる。
〈おめでとうございます! レベルアップです!〉
システム音声。
【GGrGrGGGGGGGrrrGGGGrrrrG!!!!!】
戦車は発狂したようにその場で超信地旋回……
……そして……予想ではそこで止まるはずだった。
けど。
がちゃん。
砲塔を、漫画みたいにくねらせ色葉に向けた。
「うそ」
「色葉っっっっ!」
僕が叫んで駆け出すのと、戦車の主砲発射は、同時だった。
爆音があたりを包み、僕は呆然と立ち尽くした。
「…………うそぉ」
色葉はもう1度呟いた。
十字に構えた聖バールが、戦車の主砲を、防いでいた……いや、主砲……いや、なんて言ったらいいんだこれ……?
主砲から発射されていたのは、1体の悪鬼。
称札もあった。〈Lv.05 悪鬼対人弾〉。妖精みたいなサイズの悪鬼が、色葉の足下、頭部を爆裂させた残りを、びくんびくん、痙攣させている。
「いーなー……」
それを見てうらやましそうなスライ・スライは放っておくとして。
「……見誤った、こいつ独立したモンスターなんだ! 中に入れないか!?」
「スライ・スライ!」
「委細承知!」
疾風のように飛ぶスライ・スライは、ぴょい、と戦車に張り付く。戦車はまるで生き物みたいに、ぐねぐねうねりながらスライ・スライを落とそうとする。まるでアメリカのアニメ、砲塔も車体もゴムホースみたいにぐにゃぐにゃ動く。その仕草を見ていると、機械より、生き物って言ったほうがいいような気さえしてくる……いや、案外、そうなのかもしれない。悪鬼が戦車をまねて発明品を作るとして……彼らの思考なら、戦車に乗るより、戦車になりたがるんじゃないか? ……いや、悪鬼に関わるこういうことを、考えるだけ無駄だ。わかるわけ、理解できるわけない。
「……だめだこれ、入り口がどこにもないぞ!? かっけー!」
スライ・スライは戦車の上を跳ね回り、がんがん叩きながら叫ぶ。色葉それを聞くと破れかぶれになって、聖バールを大上段から思い切り、砲塔に叩きつける……!
生き物で、あるなら……!
……がぃぃぃぃぃぃぃぃぃんっっ!!
「ったぁぁ……! な、なんなのこいつ、堅いの、柔らかいの!?」
色葉の攻撃が、効かない。
効かせる策も今のところない、っていうか……
……冒険者が戦車の装甲を破れるわけないだろ!?
「よし……逃げよう! ……今日は引き上げだ!」
覚悟を決めて叫ぶ。ここが壱番街をベースに作られているなら、ちょっとしたトラックぐらい横幅のある戦車が通れない道を選んで逃げるのは、簡単なはず。
けど。




