09 The Hero
スライ・スライ回、三人称視点。
崩落した道路の大穴を経て、燎夜の地上から暗闇の地下へ落下する中、スライ・スライは考えた。
こいつはおもしろい……!
デカブツは自分の身を守るためか、魔力を集中させている。魔力感知のスキルはスライ・スライにはないが、モンスターであるということは大なり小なり、魔力を糧に生きるということ。人間が食料の匂いに敏感なように、その感知はスキルがなくともある程度可能。
ミニコアから引き出される魔力は、途方もない量だった。デカブツの巨体を覆い、周囲数メートルに鎧のようにそれをまとってもまだ余る。
魔力の壁は、魔力でなければ打ち破れない。
このデカブツが落下でくたばることはないだろう。
そう察知したスライ・スライは、竜胆たちに声をかけようとしたが、諦めた。
全員、気を失っている。
だが、ということは……デカブツが鎧のように纏った魔力が、ミニコアから引き出されるあまりの魔力量から暴走気味になり、この車も覆っているのだ。人体にとっての魔力は毒に等しい。高濃度の魔力中で意識を保つことは、魔力を糧とする魔物でなければ不可能に近い。況んや、関連スキル未取得の人間ではどんな能力値、レベルであっても無理な話だ。
……こいつは……すこぶる、おもしろいぞ……!
キシャシャシャシャ! と、魔力に包まれ、大量の土砂と共にふわふわ、羽のように落下しながら、スライ・スライは嗤った。
やがてデカブツと竜胆たちの車は、まるで工事現場のように広大な地下空間、そこに積み重なった瓦礫のてっぺんに、音もたてず着地する。
デカブツは周囲を確認するより先に、竜胆たちの車を見た。
人間の生命反応は残っている。
ならば、自分の仕事はある。
巨大な両腕を組み、ハンマーのように持ち上げる。
だがそこで、車の中からスライ・スライが躍り出た。
「我こそはスライ・スライ・ゴグル!」
ル……ル……ル……。
一行が着地した広大な地下空間に、彼の叫び声がこだました。もしスライ・スライが人間なら、どうして初台の地下にこんな空間があるのかさぞかし疑問に思ったろうが、彼はゴブリン。
ゴブリンは悩まない。
ゴブリンは考えない。
ゴブリンは恐れない。
生きているなら、死んでいない。
死んでいないなら、嗤える。
嗤えるなら、嗤う。
死ぬ瞬間まで、嗤う。
悩む必要、考える必要など……
いや待て、そもそも悩みとは、考えるとはなんだったか……?
……まあ、わかるやつはどこかにいるだろう!
オレの気にすることではないな!
ぐばばばばばばばば!
それがゴブリンだ。
そしてスライ・スライは、彼こそが、真のゴブリンだ。
スライ・スライはデカブツから見れば、飴の欠片に等しい大きさのナイフを腰から抜き、高々と掲げる。
「ゴブリンの中のゴブリンにして、ゴブリンの外のゴブリンにして、ゴブリンの横のゴブリンで、あとゴブリンの上のゴブリンとかで、ちょーーーーーゴブリンなゴブリン! 決闘を申し込むぞ、悪鬼集合住宅!」
ト、ト、ト……。
半径100メートルほどの半球型地下空間に、彼の声が響いた。
デカブツは躊躇なく両腕を振り下ろした。
「「「「$%&$#!」」」」
そのとき、スライ・スライが見向きもしなかった壁面から、大勢の声が響いた。日本語ではない、異質な言語。
ゴブリン語。
同時に、数百の風切り音。
悪鬼集合住宅の両腕は、どこにも到達しなかった。
ぎぎっ……ぎちちちっ……!
「あんさん! だめだよこいつは、日本語なんかわかりゃしないんだから!」
壁面にいた100体近いゴブリンが、鋼鉄と魔力で織り上げた強力なワイヤーを、クロスボウじみた珍妙な発明を使い射出し、前後左右からデカブツの体に張り巡らせ、その行動を縛っていた。
地下空間の壁面には工事現場じみた足場が組まれ、大小様々なゴブリンが並んでいる。みな一様に工事現場じみたヘルメットと、工事現場じみた蛍光ベストを着込み、手にはワイヤーを射出する珍妙な発明を持っていた。
壁面上部にいる数十人は手ぶらだったが、大穴のあいた天井に向けてなにやら手をかざしている。彼らの手から緑色の光が放たれ、それが大穴に到着すると、まるでシーンを逆戻ししたかのように穴が塞がっていき、地下に暗闇が戻っていく。完璧な暗闇が地下を満たすとしかし、上部のゴブリンたちがまた手をかざし、天上に光を放つ。朝日の如き強烈な輝きが、周囲を満たす。
そしてよくよく見れば、スライ・スライの後方、地面から1体のゴブリンが顔を出していた。スキルで地中を掘ってきたのか、顔は土と泥にまみれていたが、彼の黄色いヘルメットと、真っ黒な肌、頭上に出ているウィンドウはよく見えた。
〈Lv.41 愚嗤鬼 親方 モーヤーモ・フールーフ〉
(以下の会話はゴブリン語を、強引に日本語訳したものである)
「誰かと思えば……モーヤーモ・フールーフ! モーヤーモではないか! 王に弓引く身の程知らずの頭目め! まぁだ生きておったか! ふふ、相変わらず汚い炭面のハンサムだ! どうだ、日も夜も届かぬ地下の暗闇にあって、息災であったか!? またぞろ、その受精の雑なハンサム面で浮名を流していたのではあるまいな!?」
「いきなり誰…………スライ・スライ・ゴグル!? おい、おい、おいおいおいおいおいおい! 嘘だろ!? スライ・スライの兄貴!?」
「左様! 故あって今は人間に身を寄せておる。モーヤーモ、我もすでに王に背を向けた。ここは一つ、共同戦線としゃれ込むのはいかがかな。なに、くだらぬ漢字とやらで分けられようが、我らはゴブリン! 何者にもそれを否定することはできぬ!」
「こいつぁ……たまげたね、誰かゴブリンがいるなってのは掴んでたが、スライ・スライの兄貴とは……! それに、兄貴に身を寄せられてる……? なんて人間だこいつら、大当たりだぞお前ら!」
叫ぶと、モーヤーモは地上に躍り出てヘルメットを脱ぎ、大きく叫んだ。
「おい野郎ども! 兄貴だ! 不死のゴブリン、千の嗤う悪魔、王城堕としの大陸砕き、クソまみれの英雄、スライ・スライの兄貴だぞ! こいつをここに埋めとくって作戦はナシだ、忘れろ! 兄貴だ、スライ・スライの兄貴がいるんだぞ! 叫べ! 歌え! 暴れろ! ゴブリンカーニバルだ野郎ども!」
壁面のゴブリンたちは、自分たちの遭遇した信じられないような幸運に身を震わせ、地上まで轟くような歓声を上げる。
この異世界のゴブリンに、英雄、スライ・スライの名を知らぬ者はいない。
ゴブリンでありながら、勇者が鼻で笑うようなレベルでありながら、頼りないナイフ1本のみを武器にしながら、一切の鎧を纏わず、一切の盾を持たず、戦い続け、嗤い続け、数百年の時の中、千の伝説を築いた英雄、生きた叙事詩、スライ・スライ・ゴグル。同姓同名の多いゴブリンだが、到底かなうはずもない敵に正々堂々と名乗り、突撃していくゴブリンは歴史上、ただ1人。
「よぉし皆の衆、怪物退治とまいろうか! 地上の連中に目にものみせてやれ! 真に嗤う者だけが、真に愚かな者だけが、真のゴブリンであると! 地球にあろうが、地下にあろうが、ゴブリンからゴブリンを奪うことはできぬ!」
英雄の悪鬼演説:05が迸ると、周囲の愚嗤鬼たちの各スキル練度が5倍に膨れ上がる。名前を変えようが、地上と地下で分かたれようが、ゴブリンの魂からゴブリンを消すことはできない。スライ・スライの言葉は、その魂に火をつける。
「どんなものでも腹一杯貪るはゴブリンが食事の習い……経験値は主らで分けい。しかしお残しは厳禁だ、母上たちから言われたであろう! 野菜でもネジでも、お肉でも自分の指でも、好き嫌いせずなんでも食べないと立派なゴブリンになれませんよ! とな!」
げらげら、げらげら、げらげら……!
げらげらげらげら げらげら!
げらげら……げらげらげらげら……!
げらげら!
「では皆の者、一人前のゴブリンの立派な食べっぷり、披露してやるがいい」
スライ・スライは数千、数万のゴブリンたちの手元を渡ってきた伝説の武具、真実の愚刀を振り上げ、そして下ろす。
「食い散らかせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
悪鬼命令:05により、全身から虹色のオーラを迸らせ、すべての能力値が5倍となった100体のゴブリンは、まだ身動きがとれないままのデカブツ、悪鬼集合住宅に群がり、思うがままに彼を解体していった。
※あとがき
竜胆たちと話している時、スライ・スライの言葉がアレなのは単純にスキルの問題です。日本語スキルの練度が3もあればこの節のような、彼の本来のしゃべり方が日本語でもできるようになるんですが……。
※まとめ
・悪鬼集合住宅がミニコアから魔力を引き出し、自分の体を覆いながら落下。しかしあまりの魔力量に、竜胆たちの車も覆ってしまう。魔力にあてられ竜胆たちは気絶。しかし、スライ・スライはピンピンしていた。
・地下空間に着地し、決闘を申し込むスライ・スライ。もちろん悪鬼集合住宅は答えず、彼を叩き潰そうとする。しかし、地下空間にいた愚嗤鬼たちにより、その場に縫い止められ、止まってしまう。
・ゴブリンの大英雄、スライ・スライに出会えたことで地下の愚嗤鬼たちは高揚。彼の指揮スキルで大幅にパワーアップし、アパートを解体していく……。




