11 どんな冒険者にも、最初の一歩を踏み出した瞬間がある
「最初から、怪しいな、と、思っていたん、です」
夜も更けてきて、僕の家にやって来た色葉とリサさん。リサさんはようやくスキルを解除して、姿を現してくれていた。ミディアムボブの髪は艶々として、いかにもお風呂上がりで少しどきどきする。僕や色葉より頭1つ分は小さい体を、だぼだぼな部屋着に包んでいる。顔色は優れないけど、口調は明るかった。
リサさんは家に来るなり、管理視点があやしい、と言った。僕が、どういう風に接したらいいんだろう、と思う間もなく。
彼女によれば、このスキルを極めないと、視点はプレイヤーサイドに固定されてしまうのではないか、とのこと。一瞬意味がわからなかったけれど……。
「……つまり、ヘルプやスキルの解説欄の不十分なところは、プレイヤーには明かされない。なぜならそれは、管理者サイドのもので……管理視点、があれば、それを見られる……ってこと?」
リサさんと同じように部屋着に着替えた色葉が言った。いかにもカラフル、もこもこ、ザ・女の子、って部屋着。色葉の趣味だ。この状況下でそういう部屋着はかなり、のんきすぎる気がしたけど……今のリサさんに必要なのはきっと、そういう日常だろう。なんならパジャマパーティ的なことを2人でやったらいい。黒ジャージ上下の僕はやたら場違いに見えちゃうけど。
「そ、そうだと、思うん、です」
つっかえながらも、にこやかな顔のリサさん。彼女には少し吃音があるけど、僕たちと話すときはそこまで出ない。一度色葉が、もう友達なんだからですますなんてよしてよ、と言ったときは顔を真っ赤にしてしゃべれなくなってしまったので、彼女のしゃべりやすいようにしてもらっている。
「……ああ、そうか……あり得る。というか……でもそう考えるとこのシステム……本当になんて言うか……情報を重視するんだな」
シーチキンと焼き鳥と鯖の水煮の缶詰をいくつ亜空筺に入れるかを悩みながら、僕は答えた。両親が家を空けることが多いから、ウチには保存食がかなりある。くそ、昨日いなくなってくれてれば、100万円でもっと買い込んだのに……。
「1人のSPじゃ、必要な情報は集めきれない。んでたぶん、チーム……パーティを組んでもすべての情報は手に入らないから、SNSを使え……これ、制作者の謎を解け、なんてことがラスト周辺のクエストにありそうじゃない?」
僕がゲームっぽい表現を使うと、リサさんがくすりと笑った。スペアのものらしい、いかにも文学少女って感じの丸眼鏡、その奥の瞳が揺れる。彼女が笑ってくれるとそのたび僕は心の中で、重荷が下りていくような感じがする。目の端で色葉を見ると、そうそうその調子、みたいな顔をしているから、そのまま続けた。人とコミュニケーションをするとき色葉がいてくれるだけで、チュートリアルの妖精がいる感じだからとてもありがたい。
「でもまあ……どうしよう、僕は結構、サイドクエストも全部やる方なんだよな……リサさんは?」
「ボ、ボクは、気になる、もの、だけです」
「……メタ的な、制作者メッセージがゲーム本編に出てくるやつって、好き?」
「嫌い、です」
「僕も」
「えーーーなんでーーー……?」
「なにがいいんだよああいうの? こっちは真剣にプレイしてるんだから、ふざけるなっての」
「ニヤってなるじゃんニヤって、なんか共犯者になった感じがして。大昔のFPSとか、制作者の生首のモデルがこっそりラスボスの中に入ってたりしたらしいんだよ、いーじゃんそういうの、超クール」
色葉が、好きなヒーローをお母さんにも好きになってほしいけどなってもらえない子どもみたいに唇を尖らせると、僕とリサさんは顔を見あわせて笑った。
「…………よかった、です」
ひとしきり笑うと、リサさんが呟いた。
「……なにが?」
「お2人が、あの……普通に、してくれて、ありがとう、ござい、ます」
ちょこん。
小さな体を、さらに小さく折って、僕と色葉に頭を下げるリサさん。
「ボ……ボクは……ボクは……もう……」
頭を上げると、こくん、と唾を飲む。
「ひ……人……ご……人、殺し、ですから」
「違う」
僕は彼女の目を見て即答した。零コンマ何秒もなかったかと思うその間に、びっくりしたのか、リサさんは目をぱちくりとさせた。
「誇りが踏みにじられて、それを取り戻すためにやったなら、それは……」
サムライの行為だ、と言おうとしてやめた。
ただのごまかしだ、こんなの。
言うべき言葉はきっと、そういうことじゃない。
色葉の顔を見たくなったけど、我慢する。
「いや、そうじゃない……その…………」
僕はリサさんの顔をじっと見た。
そして大きく息を吸い込んで言った。
「僕らが、人殺しだってことにしよう」
なんとも珍妙な、間。
何を言われたかよくわからない、という顔のリサさん。
ただただ純粋に、はぁ……? という顔の色葉。
「リサさん」
それでも僕は止まれなくて、彼女の隣に腰掛けて、手をそっと、握った。
「僕らとチー……ム、じゃない」
震える彼女の手に、そっと、手を重ねる。
へー、上出来じゃん、って顔の色葉も寄ってきて、彼女の手も加わる。
「僕らと、パーティを組んでくれないか?」
数秒の沈黙と、俯きのあと。
ぱたり、と、1滴の雫が僕の手の上に落ちた。
顔を上げたリサさんは、ぽろぽろと涙をこぼしていた。
そして涙が眼鏡にかかっているのも気にせず、言った。
「……はい……っっ!!」
こうして、僕と色葉、そしてリサさんの、3人パーティが結成された。
やれやれ、男1人パーティだとなんか気を遣うな、と思ったけど……それと同時に、視界内のウィンドウが点滅。
そしてシステムメッセージが聞こえてきた。
〈称号『やれやれ系主人公』 を獲得しました〉
……。
……。
……。
人間のクズ系主人公、じゃなかっただけよかったとしよう。
〈第二章に続く...〉
※後書き
厳密にはこの作品のシステムはチームプレイ、コミュニケーション必須というわけでもないです。情報を持っているやつをどうにかしてしまえばよいので。ただ1人で延々ハクスラとローグライクばっかやってた竜胆くんは気付けませんでした。
※まとめ
・八神竜胆、一丸色葉、鉄方ヴァシリッサ、三人でパーティを結成する。




