スリムじゃなきゃ人権がない世界だけど、ぽっちゃり少女は王子様と幸せになりたい!
「エリン、街まで麦を届けに行っておくれ。60kgほど注文が入った」
まるでそれが簡単なことみたいに神父さまが言う。
いくらぽっちゃりでも、いくら普段から農作業を手伝っていて力持ちだと言っても、女の子が60kgの麦を持って一人で街に出るのは、どう考えたって大変だ。でも、私は育ての親である神父さまには逆らえない。
「ん? 荷車を使うのか? お前なら背負っていけるだろう」
神父さまに言われて少し泣きたくなるけれど、死んだ母さんと「いつも笑顔でいること」って約束したから、泣かない。
「重さはともかく、量が多すぎるか」
そう思い直した神父さまが荷車を出すのを許可してくれたので、ホッとして麦を積み、教会の敷地を出た。
ここはスリムじゃなきゃ人権がないと言われている街、ムリス市。あたりを見回しても、ほっそりと痩せている人たちしか見当たらない。
私はこの街の中でもかなりぽっちゃりなほうで、いつもバカにされている。
だけど、私は自分の体型を嫌いではない。他国からこの街に嫁いできた、死んだ母さんに似ているから。
角を曲がって、大きな通りに出た。
すると、すぐに声がかかる。
「ぽっちゃりエリンじゃないか!」
私は体格のせいかどこに行っても目立ってしまう。
「恥ずかしくないのかよ、いい加減痩せたら?」
それくらいならよく言われるけど、今日はもっと酷かった。
「消えろ! 見苦しい!」
死ねと言われる日も、もちろんある。
麦を届けた屋敷のメイドもため息をついた。
「神父さまも、エリンじゃない人に運ばせたらいいのに。途中で意地汚く食べられでもしたら困りますもの」
いくら私だって、生の小麦は食べない。お腹壊すよ。
ちょっとムカつくけど、太っているのは本当のことだし、死んだ母さんとの約束を思い出して、気にしないことにした。
◆◆◆
帰り道、道の端で、溝に車輪を落として困っている貴族用の馬車を見た。
エリンは声をかけた。
「大丈夫ですか? お手伝いします」
そう言われて、従者と御者はちょっと戸惑った様子だった。
「ありがとうございます、しかし女性には」
私は笑って言った。今こそこの筋肉を生かす時……!
「こう見えても、いや、見たとおり、力はあるんです!」
そう言って、3人で数回トライし、どうにか馬車を持ち上げ、道に戻すことができた。
私は人助けができて気持ちよかった。
馬車の主人らしき少年は言った。
「ありがとう、助かったよ」
馬車と格闘していた時には気づかなかったが、ほっそりとした体、白い肌、絹糸のようなきらめく金髪。
深い青い瞳で、美しかった。
思わず見とれてしまった。
「どうかした?」
その時、子どもの叫ぶ声がした。
「エリンの馬鹿力ー! 女のくせに!」
「そんなこと言うなよ、力仕事しかできないんだぞ」
「ぽっちゃりだけど、筋肉はあるんだよなー」
あはは、と近くの塀の上から笑い声。
「なんだい、あの子たちは。感じ悪いな」
少年は眉をひそめた。
「いいんです、そんなに間違ったことも言っていませんし、平気です」
「よくはないよ、わたしが言ってやめさせよう」
「いいえ、気になさらないで下さい」
そんなことをしたら、この人まで被害に遭うかもしれない。
「そう、君がそこまで言うのなら……。エリン、というの? 今日はありがとう」
「いいえ、どうかあなたさまの旅に祝福がありますよう」
私は両手でスカートを少しつまみ、腰をひいて頭を下げた。
貴族には、このくらいの礼をとるものだと昔、母さんに聞いた。
まぁ、ふさわしくないボロのスカートだけど。
産まれて初めて、母さん以外の人に味方された気がした。
そのことを思い出したら、何故か優しい気持ちになって、つらい毎日も頑張れた。
それから一年近い時が経った。
◆◆◆
ムリスの街に、この国の第一王子、シリルさまが視察に来ることになった。
視察は国の正式なもので、事前に立ち寄る場所も選定され、教会は休憩所に使われることに決まった。
当日、神父さまと街の人たちは言った。
「エリン、おまえのような娘を王子さまに合わせるのは恥ずかしい。家畜小屋にでも隠れていなさい」
そう言われて家畜小屋に入ったら、外から鍵をかけられてしまった。
ボロのスカート、家畜の匂い、そして汚れ。
「こんな姿じゃどうせ王子さまに会うわけには行かないわね」
そう、子ヤギに話しかけると、子ヤギはきょとんとした瞳で私を見た。
子ヤギを撫でて時間を潰していると、誰かが扉を叩いた。
「エリン! ここにいるのか?」
私は黙って物陰に隠れ息をひそめた。
「見つかったら、神父さまに怒られちゃう」
やがて扉を叩く音がしなくなってホッとしていると、鍵を開ける音がした。神父さまかな? 王子さまの視察は終わったのだろうか。
扉が開いた。
「エリン、どこだ?」
金髪の少年がきょろきょろと私を探している。
「出ておいで、わたしのことを覚えている?」
私が助けた貴族の少年だった。
「エリン、出てきなさい」
神父さまがおろおろと言う。
私は素直に二人の前に出て行った。
「ああ、見つけた、エリン」
「シリル王子、どこでエリンと出会われたのですか、こんな獣臭いみにくい娘など」
神父さまは言う。
あの貴族の少年は、シリル王子だったんだ。
「無礼者! このわたしが妃にと望んでいる女性を侮辱するのか!」
「ええっ! エリンを妃に!?」
「え。私ですか!?」
「エリン、あれからずっと、君のことが忘れられなかったんだ。お忍びで出かけていたのがバレて謹慎させられちゃったんだけど、今度は正式に視察の手続きをしたら時間がかかってしまった。遅くなって悪かった」
私は言った。
「私も、あなたのことを忘れたことはありませんでした」
その後、獣臭いボロを着たまま王宮に連れてこられた私は、侍女たちにピカピカに磨き上げられた。バサバサに広がるからと三つ編みにしていた髪が、ちゅるんちゅるんのうるおい髪になった。シルクのゆったりしたドレスを着せられる。
魔法をかけられたみたい。
平民の私のことを、王さまも王妃さまも優しく迎えてくれた。
一年かけて礼儀やダンスを覚えた。
大変だったけれど、毎日王子さまが様子を見に来てくれたから、頑張れた。
王子さまはいつも言う。
「君は、いつも笑顔だね。わたしは君の笑顔を見てると幸せだと感じるよ」
母さんの教えてくれた「いつも笑顔でいること」。それが役に立っている。
そして、私たちは一年後に結婚式をあげた。
第一王子の結婚式にふさわしく、華やかなものだった。
ムリス市の人々は、市長さえ結婚式に参列を許されなかった。
市民も国王直々に罰を与えられ、何人かは国外追放になったと聞くけど、私に真相はわからない。
ー終ー