表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スリムじゃなきゃ人権がない世界だけど、ぽっちゃり少女は王子様と幸せになりたい!

作者: 佐藤 灯

「エリン、街まで麦を届けに行っておくれ。60kgほど注文が入った」

 まるでそれが簡単なことみたいに神父さまが言う。

 いくらぽっちゃりでも、いくら普段から農作業を手伝っていて力持ちだと言っても、女の子が60kgの麦を持って一人で街に出るのは、どう考えたって大変だ。でも、私は育ての親である神父さまには逆らえない。

「ん? 荷車にぐるまを使うのか? お前なら背負っていけるだろう」

 神父さまに言われて少し泣きたくなるけれど、死んだ母さんと「いつも笑顔でいること」って約束したから、泣かない。

「重さはともかく、量が多すぎるか」

 そう思い直した神父さまが荷車を出すのを許可してくれたので、ホッとして麦を積み、教会の敷地を出た。


 ここはスリムじゃなきゃ人権がないと言われている街、ムリス市。あたりを見回しても、ほっそりと痩せている人たちしか見当たらない。

 私はこの街の中でもかなりぽっちゃりなほうで、いつもバカにされている。

 だけど、私は自分の体型を嫌いではない。他国からこの街に嫁いできた、死んだ母さんに似ているから。


 角を曲がって、大きな通りに出た。

 すると、すぐに声がかかる。

「ぽっちゃりエリンじゃないか!」

 私は体格のせいかどこに行っても目立ってしまう。

「恥ずかしくないのかよ、いい加減痩せたら?」

 それくらいならよく言われるけど、今日はもっと酷かった。

「消えろ! 見苦しい!」

 死ねと言われる日も、もちろんある。

 麦を届けた屋敷のメイドもため息をついた。

「神父さまも、エリンじゃない人に運ばせたらいいのに。途中で意地汚く食べられでもしたら困りますもの」

 

 いくら私だって、生の小麦は食べない。お腹壊すよ。

 ちょっとムカつくけど、太っているのは本当のことだし、死んだ母さんとの約束を思い出して、気にしないことにした。


◆◆◆


 帰り道、道の端で、溝に車輪を落として困っている貴族用の馬車を見た。

 エリンは声をかけた。

「大丈夫ですか? お手伝いします」

 そう言われて、従者と御者はちょっと戸惑った様子だった。

「ありがとうございます、しかし女性には」

 私は笑って言った。今こそこの筋肉を生かす時……!

「こう見えても、いや、見たとおり、力はあるんです!」

 そう言って、3人で数回トライし、どうにか馬車を持ち上げ、道に戻すことができた。

 私は人助けができて気持ちよかった。

 馬車の主人らしき少年は言った。

「ありがとう、助かったよ」

 馬車と格闘していた時には気づかなかったが、ほっそりとした体、白い肌、絹糸のようなきらめく金髪。

 深い青い瞳で、美しかった。

 思わず見とれてしまった。

「どうかした?」

 

 その時、子どもの叫ぶ声がした。

「エリンの馬鹿力ー! 女のくせに!」

「そんなこと言うなよ、力仕事しかできないんだぞ」

「ぽっちゃりだけど、筋肉はあるんだよなー」

 あはは、と近くの塀の上から笑い声。

「なんだい、あの子たちは。感じ悪いな」

 少年は眉をひそめた。

「いいんです、そんなに間違ったことも言っていませんし、平気です」

「よくはないよ、わたしが言ってやめさせよう」

「いいえ、気になさらないで下さい」

 そんなことをしたら、この人まで被害に遭うかもしれない。

「そう、君がそこまで言うのなら……。エリン、というの? 今日はありがとう」

「いいえ、どうかあなたさまの旅に祝福がありますよう」

 私は両手でスカートを少しつまみ、腰をひいて頭を下げた。

 貴族には、このくらいの礼をとるものだと昔、母さんに聞いた。

 まぁ、ふさわしくないボロのスカートだけど。


 産まれて初めて、母さん以外の人に味方された気がした。

 そのことを思い出したら、何故か優しい気持ちになって、つらい毎日も頑張れた。


 それから一年近い時が経った。


◆◆◆


 ムリスの街に、この国の第一王子、シリルさまが視察に来ることになった。

 視察は国の正式なもので、事前に立ち寄る場所も選定され、教会は休憩所に使われることに決まった。

 当日、神父さまと街の人たちは言った。

「エリン、おまえのような娘を王子さまに合わせるのは恥ずかしい。家畜小屋にでも隠れていなさい」

 そう言われて家畜小屋に入ったら、外から鍵をかけられてしまった。


 ボロのスカート、家畜の匂い、そして汚れ。

「こんな姿じゃどうせ王子さまに会うわけには行かないわね」

 そう、子ヤギに話しかけると、子ヤギはきょとんとした瞳で私を見た。

 子ヤギを撫でて時間を潰していると、誰かが扉を叩いた。

「エリン! ここにいるのか?」

 私は黙って物陰に隠れ息をひそめた。

「見つかったら、神父さまに怒られちゃう」

 やがて扉を叩く音がしなくなってホッとしていると、鍵を開ける音がした。神父さまかな? 王子さまの視察は終わったのだろうか。

 扉が開いた。


「エリン、どこだ?」

 金髪の少年がきょろきょろと私を探している。

「出ておいで、わたしのことを覚えている?」

 私が助けた貴族の少年だった。

「エリン、出てきなさい」

 神父さまがおろおろと言う。

 私は素直に二人の前に出て行った。

「ああ、見つけた、エリン」

「シリル王子、どこでエリンと出会われたのですか、こんな獣臭いみにくい娘など」

 神父さまは言う。

 あの貴族の少年は、シリル王子だったんだ。

「無礼者! このわたしが妃にと望んでいる女性を侮辱ぶじょくするのか!」

「ええっ! エリンを妃に!?」

「え。私ですか!?」

「エリン、あれからずっと、君のことが忘れられなかったんだ。お忍びで出かけていたのがバレて謹慎させられちゃったんだけど、今度は正式に視察の手続きをしたら時間がかかってしまった。遅くなって悪かった」

 私は言った。

「私も、あなたのことを忘れたことはありませんでした」


 その後、獣臭いボロを着たまま王宮に連れてこられた私は、侍女たちにピカピカに磨き上げられた。バサバサに広がるからと三つ編みにしていた髪が、ちゅるんちゅるんのうるおい髪になった。シルクのゆったりしたドレスを着せられる。

 魔法をかけられたみたい。

 平民の私のことを、王さまも王妃さまも優しく迎えてくれた。

 一年かけて礼儀やダンスを覚えた。

 大変だったけれど、毎日王子さまが様子を見に来てくれたから、頑張れた。

 王子さまはいつも言う。

「君は、いつも笑顔だね。わたしは君の笑顔を見てると幸せだと感じるよ」

 母さんの教えてくれた「いつも笑顔でいること」。それが役に立っている。

 そして、私たちは一年後に結婚式をあげた。

 第一王子の結婚式にふさわしく、華やかなものだった。


 ムリス市の人々は、市長さえ結婚式に参列を許されなかった。

 市民も国王直々に罰を与えられ、何人かは国外追放になったと聞くけど、私に真相はわからない。






ー終ー

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ