水馬の想いは明後日の方向へに届く
お読み頂き有り難う御座います。
ラストです。
「乙女ロジェル。君の成績はとても優秀だね。先程の振る舞いも見事だ」
「有り難う御座います」
あの後。王宮に連れてこられたロジェルは、目を輝かせて渡された書類を見た。
何と、婚約解消どころか、もと婚約者有責の上で白紙撤回になっている。
素晴らしい!!学校で習った!
「それで、報酬だが。君は中々見所の有る乙女だ。嫋やかな見目なのに胆力が素晴らしい。き、気に入ったよ。
良ければボクと個人的にまた会う気はあるかね?」
「へっ!?」
ロジェルは耳を疑い、吃る美形を見上げた。何だか、宰相の頬と耳が赤い。
そんな。
まさか。
まさかのまさかで、ロジェルに大逆転が訪れたのだろうか。
「な、何か言いたまえ、乙女ロジェル」
「えっと、あの!はい!」
「あっ、そうだ。種族も名乗らず失礼したね」
「えっ!?いえっ!?は、はい?」
種族?と内心首を傾げたが、次の約束を取り付ける為に種族を名乗ることは獣人には常識なのだろうか。流石に、そんな細かい常識までロジェルは知らない。
親戚に幻獣人は居るが、大体人間のロジェルは内心の動揺を押し隠して宰相に向き直った。
「お、教えてくださるなら拝聴致します」
「か、固いね。ガッカリしないと良いのだが。
ボクは幻獣の雑種で」
ワタワタと取り乱しながらも訪れた、甘酸っぱい雰囲気。
しかし。
その時無情にも能天気な声が、ふたりの空気を切り裂いた。
「よおコンラッド!この子が今度の生娘か。へー」
「へえっ!?」
「はあ!?」
きむすめ。
どう聞いても、生娘だろう。
その、どう考えても他に意味の無いセクハラな言葉に、先程まで甘酸っぱく穏やかに晴れ渡る王宮の空気は、凍った。
しかし、目の前の赤褐色の髪の大男は全く空気を読まずにニヤニヤしている。
「コンラッドは生娘マニアだもんな。あっ、知ってるか種族的に」
「……ゴードン、貴様」
そして、真横の美貌の宰相が怒っているのも、確認出来る。今、声を掛けてきたのも第三王子殿下であることに間違いはない。
が、ロジェルは単語と宰相の様子に狼狽えすぎて、口を開けなかった。
「照れんなよコンラッド!
つか、生娘いーよな。年食ってても若くても反応がいーわへぶっ!!」
ロジェルはその瞬間、恥ずかしくなってタイミング良く俯いた為に見えなかったが、宰相は王子の向こう脛に全力蹴りを叩き込んでいる。
だが、ロジェルはそんな様子にも気付かず、期待に膨れ上がった心が、シュルシュルと萎む様子に戸惑っていた。
「あの、閣下。責任って、そういう……ですよね。そう、ですよね」
「ち、違いますけど!?おい、よくも乙女ロジェルを辱しめたな!?」
「えー、辱しめてねーし?」
真っ青な顔になった宰相の顔に気付かないロジェルは、自分の考えに沈み込んだままだった。
「だってその、あの、マニア……」
「じゃあ聞きますけど、乙女ロジェル。例えばですけど、ちょっといいなと思ったご婦人が初々しいと、ときめきません?」
「えっ?」
ロジェルにはその意味が分からず、目を丸くした。その様子に慌てて宰相が言い直す。
「ああえっと、逆ですね!女慣れしている男よりも、デートで慣れないけれど頑張って貴女に尽くす男は良いでしょう?」
「ええと……」
「何言ってんのか分からねーぞコンラッド。急にどうした」
「黙れこの偽番詐欺王子!!」
「酷くね!?お前、俺の味方じゃねーの!?」
コンラッドのオタオタする意味と意図が全く分からないロジェルは、考え込んだ。
よく考えれば、この方に逢わなければあの屑婚約者に強制的に純潔を捧げる羽目になっていた筈だ。
仮定でもそれは気持ち悪すぎる。吐く。命を絶つレベルで嫌だ。
それに、宰相閣下が泉から出てこられて、私有地だと仰った時、死を覚悟したじゃないか。
うん、別に良いか。
勝手にイメージを抱いていたよりも変わってるけれど、良い方だし。良い思い出になるに違いない。五十年後とかに。
未だに近所の雑貨屋のハリネズミ獣人のおばあちゃんは、娘時代のイケメンとのデートを、近隣住民に耳タコなまでに語っているのだ。そんな感じの面倒臭いお年寄りになろう。
そう、ロジェルは納得した。明後日の方向へ納得してしまった。
「あの、分かりました。ご満足頂けるかは分かりませんが、どうぞお使い棄ててください!」
「何を言っているのかね乙女ロジェル!!」
「きっと良い想い出になりますし」
「お、想い出に!?貴様、ゴードン!!許さんぞ!」
「何怒ってんだよコンラッド。お前が生娘中毒なのは有名でな!知ってるかユニコーンってぎゃんっ!!」
王子様と宰相の喧嘩に割って入ることは出来ない。
ロジェルは女官クラスで仕込まれた、固まったままながらもにこやかな営業スマイルを続けるのだった。
「あ、そうですか。成る程。純潔を好まれる種族ですか。世の中色んな趣味の方がいますもんね!」
「だから違うのだよ!!ボクはユニコーンでもない!おい、絶対許さんからなゴードン!!よくも」
ロジェルは気付かなかった。
この、一時限りの関係だと思っていた彼は、最初から結構本気だったということを。
「ボクは確かに父方の祖父が一角獣だから、血は引いている!だが!種族的にはケルピーが強く出ている雑種だ。
いいね、乙女ロジェル!其処は勘違いしないように!!」
「けるぴー?」
どうやらそれが宰相の種族らしい。乙女を捧げるに当たって何か作法でも有るだろうか。
清らか無垢ボディ好きの一角獣の血も引いているらしいから、恩人に無作法で有ってはいけないな、馴染み無いから、後で調べてみようとロジェルは思った。
「水馬だがね!!ゴードン、お前本気で全力で地獄に飛ばしてやる!!」
「何怒ってんだよー。マジになってんなー。それよりさー、ミューンのさー」
「黙れ!乙女ロジェル!勘違いしないでくれたまえ!いいかね、私達はもっと穏やかに関係をだね」
「あ、はい。宰相様のペースで勿論結構ですので。決行の日取りをお教え頂ければ」
「めっちゃ従順じゃんか。コンラッドの次に試してーな。いやバレたらミューンに怒られっかな。嫉妬とか」
「お前、本当に生きていることを後悔させてやる」
宰相と王子は、そんな軽い冗談を言い合う仲らしい。怖いけど滅多に見られないし美形さん達が揃うと迫力だなあ、とロジェルは思った。
結局、父の爵位返上は叶わなくて。
逆に加増されて年金が入り鍛冶屋は軌道に乗って。
結局女官勤めをすることになって。
コンラッドと生涯を共にすることになろうとは。
その時の、16歳の煤色の髪の乙女ロジェルには、考えが及ばなかったのである。
ケルピーとは、下半身が魚の馬ですね。
何故か轡付のフリーな馬のフリをして道で待ち構え、歩き疲れた人が乗ったら川に引きずり込んで肝臓以外を食べる、そんな幻獣です。
因みに海馬と間違えたら怒られます。
お読み頂き有り難う御座いました。