美しさは滲み出るもの
お読み頂き有り難う御座います。
ご期待の方はお待たせ致しました。所謂ザマア回で御座いますね。
「なっ、お前誰……へえええ!?」
「君が学業にも励まず婚約者を大事にしない金遣い荒男くんか」
「きゃ、きゃあああ!!雷鳴宰相の君!!」
「ふむ、小煩い無礼者だね」
夢ではなかった、のだろうか。
ロジェルの目の前には、目の前には。
「やあ、吉報を持ってきたよ。乙女ロジェル」
「宰相、さま」
あの日の泉での出会いは、白昼夢では無かったのか。
商店街でも麗しい白っぽい金髪が風に靡き、嵐のような瞳はロジェルを映している。王宮で見た時よりも地味な格好だが、背後にお付きのように従う人もいる。
見るからに偉い人のお忍びオーラ全開だ。
因みにロジェルは、昨日の彼の服装を全く覚えていない。
「は、はあ!?ほ、本物?へぐっぶっ!?」
「わ、私、キンピーと申します!!さ、宰相様!!ずうっと私、お慕いしております!!」
「閣下、お下がりください」
「宰相様!私の家は最近大儲け中の大商会なんです!何でもお好みのものを私のダディが手に入れますよ!」
先程までロジェルの婚約者と睦まじかったミンク嬢は、障害物とばかりに彼を押し退ける。彼が道に顔面を叩きつけて居ても全く気にせず、キラキラした目で宰相に近付こうとしている。
お付きの人に止められても擦り寄ろうと必死だ。
だが、宰相の関心は別のところに有るようだった。
「ふむ?では其処の君の腰を撫でる小汚ない男は?」
「へえっ!?
このクズはっ!?あっ、ゴミみたいな男です!ナンパされてしつこくて!困ってますー!キンピー怖くて助けてくださーい!」
ミンク嬢は、足に纏わりつくお友達……ロジェルの婚約者の腕を叩き落とし、まるで汚いものに触ったかのようにハンカチで手を拭いている。
今までの甘ったるい仲良さは何処へ消えたのだろうか。
しかし、今更だがこの婚約者は、ミンク嬢をナンパしていたらしい。とんだお友達関係じゃないかとロジェルはゲンナリした。
「う、嘘だろキンピー!!ふざけんなよ!
お前、昨夜は俺と相性抜群だから、絶対結婚するって!!」
「何言ってんのキモ男!
大体婚約者がいるのに、ナンパとか何勘違いしてんの?ウザい!!安物のダルンダルン腹キモ野郎が調子乗んな!!」
大声で、自滅を叫ぶ婚約者。お前が言うなを地で行くミンク嬢。周りの目も気にせず、婚約者とミンク嬢は醜い喧嘩を始めた。
「……婚約者がいる男の不実の証明だね。君、法務棟へ追加を」
「はい、しかと」
呆れながらも、宰相は何やら書き付けた物を後の従者に渡した。
「はっ!?い!いえ、これはっ!?宰相様!?」
「いいんだよ負け犬君。100%君が悪い太鼓判を捺して、婚約解消を認めてあげよう。やはり百聞は一見に如かずだね」
「ちょ、そんな!だって、そんなことしたら俺の未来が!ちょ、おい、ロジェル!お前、何をボサッと見てんだフォローしろよ!!」
思わぬ事を突きつけられ、更に勝手なことをほざく婚約者。ロジェルは怯みながらも睨み、宰相は首を傾げた。
「乙女ロジェルにフォローを?
何を嘆くのかな?全て理解の上で、前から、学校に近い大通りで、醜聞を繰り広げているのだろう?
色々噂になっているよ。其方の商店街の皆さん、とかね」
うんうん、と後ろに野次馬していたように見えた商店の店主達がロジェルと宰相に向けて頷く。
……貴族だから、庇って貰えないと思っていたのに。
ロジェルはじわり、と滲み出る涙を堪えた。
「最早、カウントダウンは終わっているさ。メメル校は最後通牒はしないからねえ」
「そ、そんな」
朗々とした宰相の声に、婚約者はガクリと項垂れる。
そうなのか。婚約者は、学校から退学になるのか。プライドが高すぎる彼の家が彼を許すとは思えない。やった、破棄は現実か。ロジェルに実感が湧いてきた。
しかし、その横でまたミンク嬢が言い募る。
「あのお、宰相様あ!私、お試しでもいいので番にしてくださあい。こう見えても清らかなんで、きっと気に入って貰えるかと」
「では、乙女ロジェル。何か言いたいことは有るかい?」
ミンク嬢の言葉を遮り、宰相に振り向かれたロジェルは狼狽えた。
「ええ!?」
そんな急に言われても。
言いたいこと。山程有る。積み上がっている。
だが……。
何故か、今日の最終の授業が思い浮かんだ。数年前女官長だった教師は、こう言っていた。
「この授業は高貴な方々にお仕えする為のものです。お仕えする身になれど、そうでなくなっても貴女方は瑞々しく、若々しい乙女です。
不埒な関係を迫られたり、下劣な奸計で貶めようとする者達が残念ながら待ち受けていることでしょう。
非力なれど、身を守りなさい。一矢報いられないまでも、隙を得る為に学び、弁舌を磨きなさい。
それが高貴なる身分の方々をお守りするためにも、貴女の大事な人々を守る為にも繋がります」
そうだ。
宰相様ばかりに頼ってはダメだ。
此処までお膳立てして頂いたのだから、せめて、一矢。
ロジェルは、項垂れる婚約者と、その横のミンク嬢を睨みつけた。
婚約者も、彼女も。
報いを受けて欲しい。
「その、玉虫色の染料」
「はあ!?」
「その色にするの、物凄くお金掛かりますよね」
「あ、あったりまえでしょ!?何、アンタみたいなブス貧乏には到底無理よね」
「ふーむ、何て気持ち悪い喋り方なのだ」
「こ、これは!あの、ちょっと口が悪いところもチャーミングだって親は褒めてくれるんですよ。私、誰にでも愛される可愛くて自慢の娘だって」
白けたような口調の宰相に甘ったるくミンク嬢が取り繕う。負けるものか、とロジェルは続けた。
「一度軽く使って淡く光らせるのが王宮の流行りです。貴女みたいに何度も何度も短期間にザブザブ使うのは、バカです」
「宰相様あ、僻みですわあん」
そう、この位では彼女は怯まないだろう。だが、ロジェルは淡々と続けた。
大丈夫だ、疲れの中学んだ授業の中身は頭の中に入っている。
「体質によっては、二度目で一週間後頭皮に火傷、三度目で失明」
「はっ!?」
「四度目で呼吸器粘膜に重度の炎症。五度目で内臓……。下に下に広がるそうです」
「ああ、そう言えば……臨時女官がそうなっていたね」
「い、いやあ!?」
ひとことひとこと、ゆっくりと噛み締めるようなロジェルの言葉に、何と宰相が口添えしてくれた。
ミンク嬢の目が絶望に染まる。婚約者は胡乱な目を向けていた。寧ろ、ミンク嬢にザマアミロと言わんばかりの視線で。
だが、他人面なのも此処までだ。
「う、嘘!?嘘よ!!」
「しかも、なんと。必要以上に仲良くされると……痛んでくるようですよ。とてもこんな往来では申し上げられない所ですとか、ね」
「嘘だ……」
力尽きて這いつくばる男の方に視線を滑らせた。
目論み通り、お手本のような土気色をした顔をふたつ前にしたロジェルは、にこり、と笑った。
「言いたいことはそれだけです」
使用後、一月程で美しさが滲み出て来るだろう。
嫌々でも学校に行っていて良かった。今日ぐらいそう思った事はない。
勿論、フィクションの染料ですのでご了承くださいませ。