伝説の泉の思わぬ用途
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「おおおお畏れ多くも、閣下。何故このような、場所に……」
「このような場所か。此処はボクの私有地なのだが」
「ぶぶぶぶ無礼をお許しくださいませーーーー!」
知らぬとは言え、宰相閣下の私有地に入り込んでしまった!!
べちゃり、とぬめりと湿った感触が太腿と尻に伝う。
ロジェルの腰は何時の間にか抜け、水面すれすれの草と泥に尻餅を着いていたようだった。
とても気持ち悪いがそれどころではない。
洗濯物を増やして!と怒り狂う母親が脳裏に浮かんだ。
だが、今は洗濯出来る自宅に帰れる可能性よりも、首をハネられる可能性がロジェルを待ち受けている。
「良いから、此処で何をしていたか言いたまえ」
殺される!!真っ白になったロジェルの口は、何故か滑らかに昨日習った宣誓を紡いでいた。
「は、はい!つきましては!家と私の名に置いて虚偽を申さぬことを誓います!」
「宣誓までか?ふむむ、変なのだね」
首を傾げられたが、兎に角ロジェルの命は繋がったらしい。
宰相閣下の前で誓う程立派な家ではないが、ロジェルにとっては大事な生家である。
そして、ロジェルは洗いざらい今までの事を語った。大して面白くもない暗い話に、宰相は興味深そうに彼女の話を聞いてくれた。
こんな小娘の話を、処刑されることなく、だ。
例え暇つぶしだったとしても、ロジェルは嬉しかった。
「ふーん、そんなデマが存在しているとは」
「あの、申し訳御座いません!!切羽詰まっていたとはいえ、お供え物いえ凶器を投げ込んで泉を汚しました!!誠に申し訳御座いません!どうかこの御沙汰は私のみに!!せめて幼い弟はご容赦を!!」
両膝跪いて両手を突き出すお縄に付きますポーズのロジェルに、宰相は首を傾げた。
「乙女ロジェル、何をしているのかね」
「あの、捕縛を」
「バッサバサのイカレブチ天馬公爵じゃあるまいし、ボクにそんな趣味はないのだが」
知らない人の性癖を聞かされたロジェルは、更なる罪が与えられないことを祈った。
「しかし……お供え物。お供え物ねえ。
ウチの勝手口がそんな神聖視されているのかね」
勝手口。
今、とても庶民的な聞き慣れた言葉が、とてもそんな言葉を知らなさそうな美しいお口から放たれた、気がする。
耳がおかしくなっただろうか。確認しようにも、ロジェルは抜けた腰のまま、微動だに出来なかった。
「何?」
「か、か?」
「勝手口、裏口、通用口。庶民では裏門をそう言うのだね?そんな感じかね?」
「勝手口、御座います、ですが?」
泉が。
勝手口。
どうやら高貴な方々の勝手口は、ロジェルの家の裏の木製の戸の蝶番がボロい勝手口とは、形態が違うようだ。
「まあ、正しくは……緊急で非常の際に使用する避難口かね。城や我が家が襲撃されたり燃えたりすると使う」
緊急避難口。高貴な方の、脱出路。
勝手口じゃないじゃないですか、いや、庶民の場合は勝手口も避難口になりますけど!!ニュアンスが大いに違う!!
と、叫びそうになったロジェルはハタと気づく。
それは、そんな、大事な場所にロジェルは恨みがあるとはいえ私利私欲の為に、剣というか凶器を投げ込んでしまったのか。
偉い方の私有地に。
何故、場所の詳細を調べなかったのだろう。
普通、貴族の私有地に入ったら、それはもう制止もなくバーン!と撃たれてもおかしくないと言うのに。
いやそもそも池に物を投げ込む自体が不法投棄だ犯罪だ。メルヘンは犯罪なんだ。信じた私は犯罪者なんだ。
もうダメだ。お家断絶……ではなく、一家惨殺かもしれない。
ロジェルは死を覚悟した。
「!!!!おゆ!」
「お湯?」
「お、お許しください!!た、ただ!!私は!!この、打開出来ない状況をひっくり返したかっただけなんです!!」
「何だね急に」
汚れて服が冷たいとか言っていられない。寧ろ泥に塗れたこの情けない姿で、万が一にでも憐憫の情でも稼げないだろうかとロジェルは必至だった。ロジェルは草むらに這いつくばる。
「何でしたら泉に身を投げてお詫びを!!」
「乙女ロジェル、顔をあげたまえ。うちの私有地で投身自殺は勧めないね。我が家にガサ入れが入ってしまうではないか」
「ああああああん!!」
「落ち着き給え、乙女ロジェル」
いつの間にやら、目が合う。
灰色の雲の中に煌めく雷が、ロジェルを映していた。
「丁度人の恋愛沙汰に飽き飽きしていた所だ。君の願いを叶えてやってもいい。ただ」
しかし、どんな気まぐれか天の采配か。
麗しい宰相の口から、とんでもない言葉が飛び出した。
「本当ですか!?是非、是非とも時間を巻き戻してください!!」
「ふむ、遠慮がない上に無理だ」
つい欲望が口から出てしまった。
ロジェルの頭は伝説ベースから帰ってきていないらしい。
空王国バッサバサはシャーゴンの斜め右上の近所の国です。自力と他力で空を飛べる種族が住んでます。




