第一話 始まり
魔人。
彼らはファンタジーの世界において、人型ではあるものの異形の存在だ。
硬いツノや鋭い牙、一目で魔物だと分かるだろう。
しかし、現実の魔人と呼ばれる者たちは違う。
数十年前から現れ始めた『人間が突然変異した結果』と考えられる彼らは、科学的に説明がつかないような異能を持ちながら、外見や体内構造は人間と何一つ変わらない。
故に、生まれつき魔人である自覚がある者もいれば、自分が魔人であると気付かず、死ぬまで人間として暮らす者もいる。
しかしながら、魔人は現在、危険因子として扱われており、自ら魔人であると申告し、収容所に行くことが義務付けられている。
もちろん好き好んで収容所に入りたい者などいないが、魔人である自覚があるにも関わらず国に申告を出さなかった場合は、社会への反逆の意思アリとみなされ、研究施設の収容所で悲惨な監禁生活を送ることになる。
また、異能を使って犯罪を犯した魔人も即刻研究施設へ収容か、最悪の場合は処分。
そんな、歪で、共存を完全に諦めているこの世界。
しかし、マジョリティである人間が魔人を一方的に悪として除去するこの社会が、そう長くは続くはずもなかった。
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『それでは、先週起きた明立魔人事件について、専門家の伊井芳雄先生にお話を伺いたいと思います』
紀介は朝食をのんびりと食べながら、無言でニュース番組を眺める。
左の席で音を立てながら大急ぎで白飯を食らう妹の九寧とは、まさに対照的だった。
『明立市の中央街に現れた魔人が八名の歩行者を能力によって殺害したという痛ましい事件ですが、私はね、悲惨だという一言で済ませていい事件ではないと睨んでいるんですよ』
豊満な体に白髪をのせた専門家が、手を組みながら推測を述べる。
『最近は魔人の事件が増えていますが、この事件を含め、その裏には【革命軍】と呼ばれる魔人の組織が絡んでいると、我々専門家の中では言われております』
『革命……軍、ですか?』
『ええ。人間が支配する現代社会に反旗を翻し、魔人と人間の共存、もしくは魔人が人間を支配する世界を理想とした、言ってみればテロリスト集団のようなものです』
『しかし、そんな危険な組織があれば、社会の治安秩序は今すぐにでも崩壊してしまうのでは……』
『だからこそ、【対魔人保安局】の設立が成されたのです。圧倒的な力を持つ魔人にも対抗できうる国営組織であり、犯罪を犯した魔人に対しては「その場で殺処分」することすら認められた、まさに秩序の騎士です』
それ以降も、変化しつつある人間と魔人の情勢を報道し続けるニュースキャスターと専門家だったが、紀介はついに朝食を食べ終わり、席を立ち上がった。
「ごちそうさま」
「え!?兄ちゃん早すぎない!?」
白米に唐揚げ四つと千切りキャベツ。目玉焼きにみそ汁と、平日の朝にしては多い朝食。
それを四分で平らげた紀介は間違いなく早いのだが、当の本人は気付かない。
「二十分前から座ってるくせに、米と目玉焼き半分しか食ってないお前が遅いだけだろ」
「しょうがないでしょ、そういう体質なんだから。同情するなら私の分のみそ汁飲んで!」
「同情しないし、お腹いっぱい。諦めて今日も遅刻しろ」
「ダメ!一時間目は小テストだから、今日はほんとにダメなの!……最悪、朝ごはん残してでも……」
九寧がそう言って箸を置こうとすると、お風呂場の方から母の声が響いてきた。
「ご飯残したら今月の小遣いナシだからね!」
「えぇ〜!」
「……地獄耳か」
紀介はそう一言だけつぶやき、歯ブラシを咥えて通学用のリュックサックを肩にかける。
テレビは依然、魔人について語っていた。
『言ってしまえば、本人に自覚がないだけで、皆さんの親や兄弟が魔人である可能性だってあるのです!もちろん、自分がそうでないと言いきれることもありません!』
『い、伊井先生。少し落ち着いて頂いて……』
『この歪な社会に産まれ落ちた我々は今!人類史最大の困難に直面しております!脱する方法はただ一つ!全ての魔人が大人しく申告し、余生を収容所の中で平和に過ごす事だけです!そうでなくてはならない!共存などできるはずがない!』
『先生落ち着いて下さい!ち、ちょっと、すみません、ちょっと、CMを────』
そうやって慌てふためいたニュースキャスターが映ったのを最後に、軽快なリズムのCMが流れ始めた。
それを見ていた九寧は、「すご。放送事故だ」と感嘆を漏らす。
果たして彼女にテレビを見ている暇があるのだろうか。
「魔人……か。俺ももしかしたら、そうなのかもな」
「え?」
紀介はそう冗談を言い、うがいをするべく洗面所に歩いて行った。
九寧は紀介の出ていった扉の方に振り向き、
箸を咥えて唐揚げを咀嚼しながらつぶやいた。
「もしも兄ちゃんが魔人なら、きっと能力は【早食い】だよね。きっと。あはは」
────いつも通りの、他愛のない平和な朝の、何でもない九寧の一言。
しかしそれが半分は的をえていたと、紀介はたった十数分後に、知ることになる。