面倒なので優秀な参謀を探します
魔法、チート、アクションはありません。
楽しんで頂けましたら嬉しいです。
「私の参謀になってくれませんか?」
「……今、何と仰いましたか?」
優雅にお茶を飲む、知的な雰囲気を漂わせている銀髪の美少年が、冷ややかな声で確実に聞こえたであろう言葉を聞き返した。
――二年前の事だった。
「はあぁぁぁぁ。……マジですかぁ」
鏡に映る自分の姿をみて、ため息が出た。
目の前に映る姿は、輝くようなブロンドのストレートヘアのハッキリした顔立ちの少女だった。いかにも性格はキツそうだ。
この世界は『乙女ゲーム』フォーチューンなんちゃら……
(あ、タイトル思い出せない)
の中なのだと理解できた。まあ、目の前の少女の顔に見覚えがあったから。
『せんぱ〜い。私、リアル彼氏できたんでぇ、このゲーム先輩にあげます。これで癒されて下さいねっ!』
と、職場の後輩から渡されたのだ。
感想を求められたので、渋々やってみた……その程度。全くやり込んで無いし、ざっくりストーリー、スチル、パッケージを見て大体の内容は分かった。
この姿は、パッケージの端に微妙に描かれていた悪役令嬢だろう。仕事上、人の顔の特徴を捉えるのは得意だ。
私は、基本的に物凄い面倒くさがりだ。本当なら、何もしないで引き籠もっていたい。
だけど、それは到底無理な話で――。
生きていく為には、仕事をしてお金を稼がなければならない。
で、資格も何も持っていない私は、化粧品の販売員をやっていた。対人関係が苦手なのに、何故かサービス業を選んでしまった。常にストレスMAX状態……待遇、給与、通勤だけを考え選んだ結果なので、自業自得なのだが。
(――転生? 私は死んだのか?)
道で酔っ払いに絡まれ、後輩を庇って突き飛ばされて車道に……ああ、車にはねられたのだ。
さて、死んでしまったのなら仕方ない。
問題は、これからだ。幸か不幸か、ここは冒険ファンタジーの世界ではなく、乙女ゲームの世界。そこまでハードでは無いが、悪役令嬢にはそれなりに最悪の結末が、何パターンも用意されていた筈だ。
(先ずは、現状を把握しなくちゃ。前世を思い出す前迄の記憶は……うん、あった)
クロエ・シャミヤール公爵令嬢、12歳。それが今の私。
ウィリアム・デルヴィーニュ王太子、12歳。婚約者。
この時点で、もう婚約済だった。……はぁぁ。
15歳になると、魔法学園に入学しイベントが発生する筈だ。ヒロインが、誰を攻略しようが構わない。私を巻き込まないでくれるなら。
べつに私は誰にも興味がないし。だからと言って、極刑や島流しは避けたい。願わくは、平民落ちして普通に暮らせるルートが良い。
取り敢えず、入学後はヒロインとの接触は避けて、余計な濡れ衣を着せられない様にしなくては。
(じゃあ……今、出来る事は?)
1.王妃教育を頑張って熟す。国政を学び、いずれ落ちる予定の市井についても把握する。
2.味方を増やす。面倒な人間関係は要らない。信頼出来そうな者だけを探すのだ。
3.婚約破棄された時に、不利にならない様に法律を調べておく。
(なんか……熟年離婚する奥さんの気分だ)
そんな事を書き出していたら、いつの間にか侍女が背後から怪訝そうに見ながら声をかけてきた。
「お嬢様……。今度は一体何を始めるのですか?」
「あら、レイラ? 今度はって何かしら?」
侍女のレイラは、クロエに苦言を呈する唯一の人間だ。
「クロエお嬢様の悪戯は、度を越しております。これ以上、使用人の精神を追い詰めないで下さいませ」
……ああ、そうだ。
確かに、クロエは根っからの悪役だから。使用人に対しても叱責や罵倒が酷かった。クロエ自身で使用人が失敗する様に仕組んでいたのだ。
うん、最低なお子ちゃまだわ。
「もう、二度と(そんな面倒な)悪戯はしないわ。約束する」
レイラは胡乱げに私を見た。
「それよりも、誰か法律に詳しい人って居ないかしら?」
「は? 法律ですか?」
「そう、例えば……。婚約破棄を行なった時に家柄に傷を付けない方法……とか?」
「んなっ!! ま、まさかウィリアム殿下との婚約を!?」
「あー、違うわ。破棄された時のためよ」
「な、何をなさったのですかっ!?」
目を白黒させてレイラは詰め寄り、ガシッと私の肩を掴んだ。
「(まだ……)何もして無いわよ。念のためよ」
「………。まあ、お嬢様の性格や行いは残念過ぎますが、見た目や立ち振る舞いは完璧でございますから。まさか、婚約破棄はされないでしょう」
「……それ、半分は悪口よね?」
「でも、お嬢様がご心配なら……その様な事に長けている方を探しましょう」
頼りになる侍女レイラは、自信のある笑みを浮かべ主人を安心させた。
「ありがとう! 頼んだわ」
――数日後、総裁の次男アルフィー・ハワード公爵令息(12歳)の存在をレイラは見つけ出してきた。
彼は、さすが総裁の息子だけあり、法律に詳しいらしい。この世界にも法律家はちゃんと居て、昔は聖職者が行っていたが今は優秀な文官がなるそうだ。
(また、何だってレイラは上の爵位……王族公爵の息子を見つけて来るかなぁ? 頼み難いじゃない)
そうは思ったが、彼もまたヒロインの攻略対象だ。どうにかして、味方に引き入れたいと画策した。
まだ子供の、クロエ自身には魔力はあっても社交的な力は皆無なので……親のコネを使いまくり、二年もかけてアルフィーとお茶会が出来るまでに漕ぎ着けたのだ。
――そして現在、アルフィー(14歳)とお茶会中。
「ですから、アルフィー様に私の参謀になって頂きたいのです」
正直、失敗できない交渉で緊張している。喉を潤すため、コクっと一口お茶を飲む。
「クロエ嬢、参謀とは穏やかではありませんね」
美しい冷たい表情を全く崩さず答える。
「……そうですわね。何せ私の命が掛かっているものですから」
アルフィーが初めて表情を崩し、目を見開いた。
「それはまた……事と次第によりますね」
(よし! ここからが勝負よっ)
「これからお話しする事を――誰にも漏らさないと、約束して頂けますか? お約束頂けないなら、話しません」
真剣な私に、アルフィーは頷いた。
それを確認すると、一年後に起こり得るであろう、断罪イベントについて説明を始めた。
勿論、アルフィーがヒロインの攻略対象であり魅了されるかもしれない事も。
そして、自分が転生者である事も包み隠さず話した。
私の話が終わると、ふぅ……っとアルフィーは息を吐いた。
「貴女はバカですか?」
「……確かにバカですが、今の話は事実です」
「そう言うことでは、ありません。そんな、貴女自身の秘密迄まで、なぜ僕に話したのですか?」
「参謀になって頂くなら、秘密にするのも面倒なので」
「面倒って……」
呆れるアルフィーの瞳から冷たさが消えた。
「……僕が協力を拒んだら?」
「まあ、それは仕方のない事なので、諦めて他を探しますわ」
「もし、秘密を誰かに喋ったら?」
クスッと、私は微笑んでみせる。
「アルフィー様は、協力を拒んでも秘密を漏らす方ではないですわ。私、これでも二年もアルフィー様を見て来ましたから、そこは心配しておりません」
「………」
(おや? 一瞬、耳が赤くなったような……気のせいかな?)
「少し、考えます。私が答えを出すまで……誰にも話さないで下さい」
「ありがとう存じます。まだ一年ほど有りますので」
お茶会は無事終了した。
――後日アルフィーから了承の手紙が届き、私とレイラは手を取り喜んだ。
◇
入学までの一年間しっかり対策を講じ、その日を待った。
――入学式当日。
そこには、ピンク色のフワフワした髪のヒロインが緊張した面持ちで立っていた。
(かなり緊張している? あれ……震えている?)
心配になって、思わずヒロインに声をかけてしまった。接触は、避けなくてはいけないのに。
「具合が悪そうに見えますけど、大丈夫ですか?」
「は、はい! すみませんっ。緊張して、気持ち悪くなってしまって……」
真っ青なヒロインに肩を貸して、保健室へ連れて行った。少し休むと回復できたようなので、二人で入学式会場へと向かった。
式にはどうにか間に合って、自席に座る。席は爵位順なので隣りはアルフィーだった。
『……今まで、何を?』
コソッとアルフィーが聞いて来た。
いつも時間に正確なクロエがやって来ない事を、不審に思っていたのだ。
『例のヒロインが、気分が悪そうで保健室へ連れて行ったのよ』
『……全く、あなたという人は』
それ以上は、言われなかった。ウィリアムの新入生代表挨拶が始まったから。
学園生活がスタートし、予想通りヒロインのリリアン・トンプソン男爵令嬢とウィリアム王太子は急接近していった。
「やはり、クロエ嬢の言った通りになりましたね」
「ええ。でも、リリアンは良い子なのですわ。ウィリアム殿下が好きなのに、私に遠慮して……」
手作りお菓子をクロエにもと貰ったが、媚薬などは入っておらず、とても美味しかった。
「ですが……まだ分かりません。僕に考えがあります」
考えることは参謀を受けてくれたアルフィーに任せて、平穏な日常を過ごしていた。
――そんなある日。
婚約者であるウィリアム王太子から、生徒会室へ呼び出された。
この学園では、王族が生徒会長をする事が決まっている。
(何だろう……? うーん、断罪イベントには早いよね?)
不安を感じながら生徒会室へ入ると――。
ウィリアム、リリアン、アルフィーが揃って座っている。首を傾げつつ、呼びだしたウィリアムに声をかけた。
「ウィリアム殿下、何かご用でしょうか?」
ウィリアムとリリアンは目配せをすると、唐突に謝罪を始めた。意味が解らず、きょとんとする。
どうやら、二人は(予想通り)お互いに恋心を抱いてしまったそうだ。出来れば、クロエと婚約を解消をしたい――と。
(あ、うん。知ってましたけど)
私はアルフィーに視線を送る。頷いたアルフィーは、話しだす。
「ウィリアム殿下は婚約解消を望まれています。クロエ嬢、貴女のお気持ちは?」
「勿論、構いませんわ。好き同士が一緒になるのは、良いことだと思います」
ガバッと、顔を上げたウィリアムとリリアンは、私のセリフに驚愕していた。
「ただ……。婚約解消は、普通に行えるものですか?」
これは、アルフィーへの質問だ。
「破棄と違い、婚約解消は両者が合意で行うものですから、国王陛下とシャミヤール公爵を説得出来れば問題ありません。ただし、クロエ嬢には一度婚約されていたという、事実は残ってしまいます」
「それでしたら、私は大丈夫です」
(平民になってしまえばいいので。くふっ)
そして、ウィリアムとリリアンにもの凄く感謝されまくった。
「問題は、ご両親の説得ですね」
アルフィーの言葉に、顔を強張らせたウィリアムとリリアンは、ギュッとお互いの手を強く握った。
「もし宜しければ……。学園にいる間、リリアン様に私が王妃教育と礼儀作法をお教えしますわ。卒業まで頑張ってみませんか?」
「!? ク……クロエ様、ありがとうございます!」
リリアンは可愛い瞳に涙をためて、嬉しそうに言う。
ウィリアムと参謀アルフィーは、何やらコソコソと……陛下と王妃の攻略の話し合いを始めた。
それから卒業まで、アルフィーの指示で色々な根回しに奔走した。
ウィリアムとリリアンの努力によって、国王は二人の仲を許したが――。
リリアンが王家に嫁入りするには爵位に問題があり、卒業と同時に侯爵家へ養子縁組し、侯爵令嬢として婚約をしなければならないと条件を付けられた。
(まあ、愛さえあれば乗り越えていけるでしょ。私には……到底無理ですが。王妃なんて面倒なっ)
――卒業式も終わり、私は無事に公爵邸に帰った。
「……お嬢様、何をされているのですか?」
「え? 何かしら、レイラ? 婚約解消で傷心の私は、暫く自室に籠ろうかと準備しているのですわ」
「傷心のご令嬢は……そんな気持ち悪い薄笑いを浮かべて、大量の恋愛小説を運びません!」
とても嫌そうな顔のレイラは毒を吐く。
「それに、婚約解消してくれないなら、家出をして平民になると、お嬢様を溺愛している旦那様と奥様に泣き落とし……いえ、半分脅してましたよね?」
「あら? そんな事あったかしら?」
コテリと、可愛く微笑んだ。
(全て、優秀な参謀のアルフィー様のおかげねっ)
平民は無理だったが……軽く経歴にバツがついたおかげで、面倒な貴族との結婚は回避出来そうだった。
◇
ホクホクと平穏な日々を過ごしていた。――突然、アルフィーがやって来るまでは。
「クロエお嬢様っ、アルフィー様がいらっしゃいました!」と、慌てたレイラが部屋へ呼びに来た。
(はて、何の用事かしら? 連絡も無しに来るなんて珍しい)
レイラによって、手際良く準備されたお茶を飲みながら庭を眺めて話をした。聞かれては不味い話があるかもしれないので、二人は庭を選んだのだ。
「アルフィー様、何かあったのですか?」
私が尋ねると、アルフィーは魅力的な流し目を送って来た。
(は、な……何? 怖っ!)
「今日は、僕からクロエ嬢に参謀として、提案を持って参りました」
「……提案?」
「クロエ様。貴女の様なお人好しの面倒くさがりは、僕の様な優秀な参謀が必要です。一生をかけて、貴女の参謀となりましょう。私と結婚して下さい」
「え……あ、はい」
サラッと言われた言葉に、思わず返事をしてしまった。そんな私に、アルフィーは今まで見せたことのない美しい笑みを浮かべ、屋敷に向かって合図する。
そこには、大喜びの公爵夫妻と使用人たちが……居た。
「もしかして……私、嵌められたの?」
「ふふ、僕からは逃げられませんからね。僕の隣でいくらでも引き籠もって下さい」
「あら、それは嬉しい提案ね!」
将来、国を動かす事が出来る程の優秀な参謀を、クロエは手に入れたのだった。
お読み下さり、ありがとうございました!