現代百物語 第15話 おしゃべり
「今日は雨が降るぞ」
谷本新也はふと声をかけられた。
住宅街の、人通りが少ない路地裏であった。周囲を見渡してもいない。
空を見上げれば雲ひとつない晴天だ。
仕事休みの午前中だった。これからコンビニにでかけ、一度戻り、今日は街にまで買い物に出かけようかと思っていたところだった。
「傘はあるか」
もう一度声が聞こえた。周囲を見回す。
やはり誰もいない。
「洗濯なら止めといたほうが良い」
新也のスケジュールを把握しているかのような口ぶりだった。
確かに、コンビニから帰ったら、洗濯をしてから出かけようと思っていた。
いつものゾクリとするような恐怖感も、妙な感覚もない。
ただ春なのに周囲は白く、真夏の陽を感じさせるようなアスファルトの照り返しがあった。キーンと耳鳴りがする。嫌な感覚ではないが、現実感が薄い。
「鈍いやつだなあ」
呆れたような声がして、新也はふと思いつき、自身の傍らを見上げた。
大きな屋敷だろうか、白壁に瓦屋根の塀がずっと続いていた。
そこに、ちょこんとお座りをして三毛猫がいた。
新也と目が合うと伸びをして大きく欠伸をする。
「今日は雨が降るぞ」
こちらを見下ろしながら猫が喋る。
勝手に言い終わるとニイっと口を吊り上げるように笑って、尻尾をぴんっと上げ立ち去ろうとする。
「あの、」
新也は思わず声をかけた。
猫は長い尻尾をひと振りするだけで、塀の向こう側へ去っていった。
「……ありがとう」
新也は微笑んで猫が去った方へ向かって礼を述べた。
予言どおり、その日の午後は土砂降りだった。
【end】