2 金色の髪の少女
俺は産まれてから今年で22年経ったが、服を何も着ずに森の中に立っている少女を見たのは初めてだ。
彼女と目を合わせたら俺の人生がここで終わる未来が見えたので今見た光景を記憶の片隅に残し、木の根にわざとひっかかり前向きに倒れた。
「いてててて…あー土が目に入って当分目を開けられそうにないなー」
なかなかの名演技だと思ったが、彼女からの反応が全くない。
どうなっているのか気になるが目を今開けるのは不自然極まり無いので暫くうつ伏せのまま目を閉じることにする。
「あの…大丈夫ですか…?」
なんか引かれているような声色で話しかけてきてくれた、無視より幾分かマシだ。
「あ、あぁ俺は大丈夫さ、それよりももう夕暮れ時で冷えてくる時間帯だけどこんなところで何をしているんだい?」
最悪だ。うつ伏せのまま話をするのでさえ怪しいのに服を何故着ていないのか気になりすぎて唐突に話題を振ってしまった。
だが彼女も混乱しているのか律儀に答えてくれた。
「それが、私にも分からないんです。学院にいたはずなのになんの前触れもなく外に飛ばされてここに…あれ、服が…」
服を着ていないことを今知ったような反応をしている、きっと彼女は今顔を真っ赤にしているだろう。
やばい、すごく見たい。何故今まで服を着ていないことにきずかなかったのかとか、そんなことは後にして今はいかに彼女にバレずに赤面している全裸の女性を見ることが出来るかに頭をフル回転させていた。
「あ、あの…何か羽織れるもの持っていないですか?」
あっあれ、思っていた以上に落ち着いた声でこちらに話しかけてきたぞ。
それに俺に羽織れるものがあるか抑揚のない声で聞いてくる辺り彼女は俺が一瞬体を見てしまったことを知っているのかもしれない。
「もしかして、俺が見てしまったところ、見てました?」
「はい。」
恥ずかしい。名演技だとか思っていたことが今になって恥ずかしくなってくる。
しかしこの女性、羞恥心が無いのかと思うくらい普通に会話をしている。爆発した現場の近くにいることもあり、二つの意味でただならぬ人物であることは確かだ。
取り敢えず俺はなるべく彼女を目視しないように立ち上がり、上着を渡す。
「これでいいですか?少し汚れてるけど我慢してください。」
「感謝します、この恩は忘れません。」
すこし大袈裟な気がするけど、礼儀正しくてやさしそうな雰囲気だ。
「申し遅れました、私はイブ・マルコ・ハンドレット。イブと呼んでくれて構いません。それと、もうこちらを向いても大丈夫ですよ。」
俺はイブの方を向いた。さっきは一瞬だったから気が付かなかったけど、肩くらいまで伸びた綺麗な金色の髪、整った顔、身長は俺と同じくらいだから…170くらいかな?世間一般で言う絶世の美女とは彼女のことを言うのだろう。
「ええと…」
「…あぁ!すみませんあまりにも美しい姿だったので見とれてしまいました。俺の名前はマテウスといいます。」
「マテウス殿、出会ってまだ間もないですが今すぐここを離れたほうがいいかと思います。魔物の気配を数体、いや数十体感知しました。先ほども魔獣達が襲い掛かってきましたし、この場所は危険だと思います。」
魔獣…?何のことだ?と思いながら彼女が下を向いたので目線の先を向くとヘビみたいな生き物が真っ黒に焼け転がっていた。
そういえば爆発が起きた割には木々が倒れ地が荒れているだけで特に火事とかは無いようだ、焼け焦げたヘビみたいな生き物にも煙は立っていない
この場所は少し気味が悪くなってきた、確かにここから離れたほうが良さそうだ。
ここはまだ家からも近いだろうから帰宅するのもまずいし町に行くのが得策だろう。
「分かった、君にも色々聞きたいことがあるしとりあえず町に行こう。だけどその前に弟のルカを探しに…」
そんな話をしている時に遠くからルカの声が聞こえてきた。
「…さーん・・・兄さーん!あっいた、兄さん牧場のどこにもいないから焦っちゃったよ、牛も仔牛しか捕まえられなかったし…って、うわっ!人間!」
町に行って牛乳を売る役目は牧場を始めてからずっと俺がやってきたしルカを町に行かせることは滅多になかったせいで俺以外の人と話をすることはほとんどしてこなかった。
こんなことになるなら少しくらいは知らない人とも会話をさせるべきだったと後悔してもすでに時遅し、ルカはイブの顔を見るや否や驚愕した顔で失礼極まりない言葉を吐き出した。
俺が注意しようとしたが、イブは表情を緩めながら膝をつきルカと目線を合わせた
「あなたがルカ君?私の名はイブ。あなたの兄の知り合いです、よろしくお願いしますね。」
「は、はぁ…よろしく。」
突然知らない女性に話しかけられ握手までされルカはかなり困惑しているようだった。
それにしても彼女、子供に対してもこれほどの立ち振る舞い、どこか貴族の令嬢だろうか…
上着一枚しか着てないけど。
「丁度良かったルカ、何やらここの森は危険な生物がいるそうだ。牛の事は惜しいがまずは自分たちの命が最優先だからな、これからイブと町へ行こう。」
ルカは何か困惑した表情をしていたがすこし考えた後小さく頷いた。例え首を横に振っても無理やり連れていっていたけどな。
こうして俺たち3人と1匹はとりあえず近くの町、マリーセンカに向かうことにした。