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竜の翼ははためかない8 〜竜骨よりも堅いモノ〜  作者: 藤原水希
第二章 美味しい夕食と楽しい語らい
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チャプター9

〜コッペパン通り・エルリッヒの自宅〜



 食事がひと段落し、空腹が落ち着くと、エルリッヒは全てのよろい戸を締め、新たな燭台に火を灯した。日が落ちていたのでいささか薄暗いが、営業中ではないので構わない。

「それで? 質問って?」

 自分のグラスには井戸水を、ツァイネのグラスには残ったお酒を注ぎながら質問を促す。どうせ、聞きたいことはままだたくさんあるのだろう。この際時間の許す限り聞き出してやるのも悪くない。

「うん、さっき話を聞いてて思ったんだ。エルちゃんのご先祖様は、竜殺しの勇者を倒したんだよね?」

「そう伝わってるよ。三日三晩戦いは続いて、我ら竜族にも多くの被害が出たんだけど、そもそも体の大きさも力も段違いの竜族に分があるのは分かるでしょ? 勇者は一人だったらしく、次第に体力も回復アイテムも尽きてきて、弱ってきたところで、私のご先祖様が止めを刺した、と。勇者として身を立てたくらいだから、剣の強さだけじゃなくて、身体能力も高かったんだろうけどさ、私達と比べるだけ無意味だよね。んで、この話の何が疑問なの?」

 話はとってもシンプルだ。そもそもまともに戦えば勝てる道理のない人間が、たった一人で千頭もの竜族を屠り、本拠地たる竜の住処まで行って長と戦ったというだけでもすごいが、勝ち目のない戦いに挑んで負けただけの話である。どこに疑問に思うことがあろうか。

 そう考えるのは、あくまでエルリッヒが竜族側の、それも竜王族としての立ち位置で話しているからなのだが、まだそのことには気づいていない。

「いや、あの剣はものすごい竜殺しの力が込められてたでしょ?」

「うん。今よりも高純度の鉱石が採掘できたのか、今は失われた技術で鍛造されたのか、詳細はわからないけどね。竜族が触れようものなら、大変なことになるよ!」

 大げさに驚いてみせるが、実際あの剣を同胞が触ったところは見たことはない。だから、触るくらいでどうなるかはさっぱりわからないのだが、ここはやはり少し誇張しないと面白くない。

「大変なことになるんでしょ? じゃあ、エルちゃんのご先祖様はどうやって勇者に勝てたの? よしんば一撃でも受けちゃったら、大変なことになるよね」

「ならないよ? 私たちは大変なことにはならないよ?」

 あっけらかんと答えるが、それがツァイネには疑問だった。そもそも、なぜ強大な竜殺しの力を秘めた剣を竜族のエルリッヒが所持しているのか。やはり疑問は尽きない。

「そこだよ。なんで? なんで平気なの?」

「それを語るには、また長い昔話をしてしんぜよう」

 ゴクリとグラスの水を飲み干すと、再び話を続けた。

「その昔、竜殺しの勇者が活躍するよりも、もっともっと昔のこと、ドラゴンの中に、氷を操る種族や雷を操る種族がいました。彼らはいわゆる突然変異で、どういうわけだか生来そういう能力を持ち合わせていました」

「うん」

 遥か昔の話が聞けるとあっては、たとえ伝承レベルの内容でも、ワクワクしないはずがなかった。グラスを持つ手に力がこもる。

「うちのご先祖様は、そういう異なる力を持ったドラゴンと交配し、その特殊な力を取り込んできました。つまり、その突然変異のドラゴンたちも、私にとってはご先祖様ってことになるよね」

「なるほど。だから吹雪を吐いたり雷を落としたりできたんだね。通りで強いわけだ。もっとも、その力に何度か助けられてるから、俺たちはそのご先祖様の判断に感謝しなきゃいけないんだろうけど」

 こちらもグラスを傾ける。こうして質問をしては教えてもらうことを繰り返したら、いつしか踏み越えてはいけないプライバシーの一線を越えてしまわないか、少し心配だった。

 好奇心の暴走で、この貴重な関係を終わらせたくはない。せめぎ合いに勝たなくてはと、心に誓うツァイネ。

「感謝するなら私にしてよね。助けたのは、ご先祖さまじゃなくて、私デス。さて、話を戻そうかね。それでだ、ご先祖様が一族に取り込んだ突然変異種のドラゴンの中に、とんでもないのがいたんだよ。なんと、あの竜殺しの力が一切通用しない個体が現れた。そんな希少なドラゴンは、後にも先にも記録がない。いや、もともと記録なんて残さないんだけど、文字もないし。とにかく、そのドラゴンも、私にとってはご先祖様ってわけ。以来、私たち竜王族は、竜殺しの力が通用しなくなりましたとさ」

「そんな……そんな都合のいい話が……」

 あるわけない、と言いかけて、やめた。何せ、目の前にいるのだから、疑うよりも早く事実が襲いかかってくる。いくら突然変異で異能に目覚めた一族と交配したからといって、都合よくその能力を発現できる保証はどこにもないのだ。人間だって同じことで、剣の腕の立つ男が子供をもうけたとしても、子供にも剣の腕が受け継がれる保証はない。遺伝と環境の因果関係は、まだ誰にも証明できていないのだから。

 生来持ち得る能力は、炎を操る能力のはずだ。竜殺しの力がよく効くのだって、同じように先天的にドラゴンという種族が持っている性質に他ならない。

 それが、たった一代特異な個体と交わっただけで、以後の長い年月に渡ってその能力が受け継がれ続けるなど、あまりにも都合がいい。

「そんな都合のいい話が、あったんだよ。かくして勇者ご自慢の魔剣をもってしても決定打が与えられなかったご先祖様は、もうそれだけで勇者に絶望感を植え付けたんじゃないかな。今まで、その特殊な力で数多のドラゴンを斬ってきたのに、さあ長を討伐するぞって挑んだら、竜殺しの力が通じなかったんだから。一応名誉のために言っておくと、あの剣自体は十分にいい名剣だよ。だからこないだ貸したんだし」

「でも、それだけでは竜の長を倒すのには足りなかった、と。そういうことなんだね。じゃあ、そうやって人の姿になれるのも、突然変異で生まれたドラゴンの力なの? 他と比べると明らかに異質だけど……」

 ここまでの話を聞いても尚、「それはさすがに違いすぎる」と感じられるほど異質な能力。なぜ、まるで違う人間の姿を取ることができるのか。この謎が解明されれば、もしかしたら竜王族を知る大きな手がかりになるかもしれない。

「あ〜、そこ、訊いちゃう?」

「嫌じゃなきゃ是非」

 控えめに自己主張してみる。これは確かに踏み込んでいい領分を越えているかもしれない。拒否されるなら、それは仕方のないことだし、それ以上追求するべき話ではない。

 だが、エルリッヒの様子は思いの外あっさりとしている。何か、タブーに踏み込んだような気配は感じさせなかった。

「訊いてもいいの?」

「別にいいよ? たいして面白くない話だけどね。私たち王族に与えられたこの能力については、いつ頃、どういうきっかけで会得したのか、なーんにも伝わってない。だから、お父様は神様から授かった、なんて言ってるけどね。真偽のほどはともかく、それが一番納得できるから」

 ”明確な答えが出ていない”ということに、ツァイネはひどく安堵した。どこか踏み込んではいけないような気がしていたが、どうやら当の本人ですら詳細が分かっていないというのだ。これでは、踏み込みようがない。

 謎は謎のままではあるが、それでよかったのかもしれない。

「はぁ〜、なんだか色々な話が聞けてよかったよ。そのうちまた別の質問が出てくるかもしれないけど、ひとまず教えてくれてありがとね」

「いえいえ、どーいたしまして。多少なりとも疑問が晴れたのなら、何よりだよ」

 にっこり笑って答える姿に、ツァイネの心臓は大きく跳ねるのだった。




〜つづく〜

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