チャプター5
〜王城・玉座の間〜
王は一転顔を輝かせ、玉座から立ち上がると身を乗り出して語り始めた。
「そなたは我々より長く生きておろう? だからな、その知見を存分に発揮してもらって、過去の戦いで使われた知略を今後の防衛に活かしてもらう予定であったのだ! もちろん、そなた自身の戦いだけでなく、全軍の指揮も任せる予定であった! どうであろう!」
「いやー、どうでしょう」
話を聞き、ますます「辞退してよかった」と思った。まさか、ここまで大々的に防衛網に組み込もうとしていたとは。あまり自分の話をするのは好きではなかったが、改めて諦めてもらうためにも、色々と話をせねばなるまい。
一歩二歩と前に歩み出て、王の間近で話を始める。
「私、ずっと市井の町娘として暮らしてきましたから、戦いについて知ってることなんて全然ないですし、そういう軍学って、いつの時代も男の人は好きですけど、私は全然興味を持てなかったですし、後、魔王が現れてから討伐されるまでって、思いの外短いんです。それ以前は、ずっと人間同士の争いでした。でも、相手は空を飛んだり魔法を使ったりする魔物ですから、人間同士の戦いでの知見は、よしんば持っていても、全然活用できません。いつの時代も、庶民と戦に関わる人間は、そんなに近くはないんですよ」
「そ、そうか……」
さっきまで明るかった顔が少し曇る。自分の考えが甘かったと思い知り、それを若い娘に直接指摘されてしまったのだから、ショックはひとしおだった。
頭では『自分より長く生きている』とわかっていても、目の前にいるのはどう見ても二十歳そこそこの姿なので、理解が追いつかない。
「そうです。それに、私が全軍の指揮なんて、とんでもないです!」
「なぜだ? これほどの適任者はいないと思うがの」
まだエルリッヒという人間(?)をよく知らないのか、はたまた買いかぶられているのか、判断しあぐねるところではあったが、全軍の指揮などをまかされようものなら、どのようなことになるか、考えただけでも恐ろしい。
「騎士団の指揮官は、名誉職でもありますよね? いくら魔族が攻めてきてると言っても、そんな立場に私みたいな小娘が就任したら、どれほど多くの人間が不愉快な思いをするか。あ、だからって、私のことを貴族に取り立てるような真似はやめてくださいね。他の国でもそうでしたけど、上に行けば行くほど、代々続いてる貴族が就任してましたから。もちろん、面子の話だけじゃなくて、私にはとても兵たちの指揮なんて無理です。自分一人ならまだしも、他の人と戦うことを考えたら、恐ろしくて恐ろしくて」
「そ、そういうものかの……」
どんどんしょげていく。それはなんだか気の毒で、でも、言うべきことは言わなくては、自分がどんどん望まぬ場所に巻き込まれてしまう。
だから、今は遠慮しない。
「そうです。街や国を守るためにいろいろと考えるのは大事なことですけど、ちゃーんと考えを巡らせてからでないと。私にあれこれ任命したことで、貴族連中から反感を買って、王様自身の立場が危うくなることだって、あるかもしれませんよ?」
「ううむ。そこまで言われてはのう。しかし、すでにそなたにはそこまでの関わりを辞退されておる。それでよかった、ということか?」
気弱な問いかけに、頷く代わりに笑顔を返す。ゆっくりと、力なく玉座に座る王の様子は、少々気の毒に見える。これはこれで仕方ないのだが、もう少し気をつければよかったと、少しだけ反省する。
だからというわけではないが、改めてフォローを入れることにした。
「そうですね。王様自身のためにも、これでよかったんだと思いますよ。でも、さっきも言いましたけど、もしこの街がまた戦禍に見舞われるようなことがあったら、その時は全力で戦いますよ。それだけは、忘れないで大丈夫です。魔王に勝てるだなんて大それたことを言うつもりはありませんが、一匹でも多くの魔族を倒してご覧にいれましょう!」
ポン! と胸を叩いで自信のほどを見せる。これで、少しでも安心してくれればいいが
「というわけで、このお話はこれでおしまいでいいですか?」
「うむ、わざわざご足労を願っておきながら、相済まぬことであった。国王として正式な依頼などは出しませぬが、頼みましたぞ」
今一度仰々しく頭を下げると、そのまま玉座から立ち上がり、そのままエルリッヒの脇を抜け、玉座の間の門を開け放った。
扉の向こうでは、大臣がやきもきした様子で立っており、親衛隊の面々は暇そうに座り込んでいた。その温度差に、つい笑いそうになってしまう。
「へ、陛下!」
突然開いた扉から現れたのは国王その人。それがあまりにも予想外だったのか、大臣は腰を抜かしそうになっている。やはり、面白い。
「陛下御自らそのような!」
「さあ、エルリッヒよ、扉は開かれた。そなたは自由だ!」
大臣を無視するかのように、エルリッヒのいる後方を向きながら叫んだ。話は終わりだ、好きにしろと言っていた。こうして言い分を尊重してくれるのは、本当にありがたい。それはきっと、この国の市民としてのエルリッヒではなく、竜族の王女としてのエルリッヒと交渉していたから、ということなのだろう。様子を伺っても、戦っても勝てない相手だから意見を飲んでいる、という気配はなく、それよりは、露骨にも見える身を引いた態度の方が目立つ。
人間社会とはまるで違うドラゴンの世界など、人間にとっては尊重する対象ではないだろうに、それをわざわざ他国の王女扱いするのだから、ユーモアなのか器の大きさなのか、どちらにせよ、そういう心の機微が嬉しかった。
「王様、今日はお呼び出しくださり、ありがとうございました。私の意志は変わりませんが、その辺りのことは、御内密にお願いします。あと、あの馬車、とっても乗り心地が良かったです」
そう告げると、短く会釈をして玉座の間を去った。帰りも送ってくれるという話だったが、果たしてどこにいるのか。探し回るのも面倒だし、見つからなければ歩いて帰るか。
そんなことを考えながら、大階段を降りて行った。
〜王城・正門前〜
「エルリッヒ殿、お話は終わられたのですか」
正門を出てすぐ、先ほどの兵士が立っているのに気づいた。どうやら、ここで待機していたらしい。そんなに長い事待たせずに済んでよかったと、つい安心する。
オットーはオットーで、どんな用件で呼ばれたのかもわからなかったので、待ちぼうけになりはしないかと、内心心配していた。それが無事に、それも比較的短い時間で戻ってきて、内心ホッとしていた。
二人はお互いの姿を確認すると、小走りで歩み寄った。
「お待たせしました。用件は済みましたので、帰りましょう。送ってくださるってことで、いいんですよね?」
「もちろんです。さ、馬車にお乗りください」
跳ね橋の向こうには、あの豪華な白亜の馬車はもちろん、他の四人の兵士の姿も見える。みんながみんな、ここで待っててくれたのか。王様の指示とはいえ、ありがたさで涙が出そうになってしまう。
再び、エスコートされるままに馬車に乗り込み、例のふかふかな座席に着いた。やはり、この乗り心地は最高だ。
「それじゃ、お願いします」
号令とともに、馬車は蓋t倍ゆっくりと動き出す。目的地は、竜の紅玉亭のあるコッペパン通りだ。
「帰りも、安全な道中をお約束します」
「はい。お任せしました。それでは、しゅっぱーつ!」
オットーの号令が、高らかに響き渡った。
〜つづく〜