チャプター4
〜王城・玉座の間〜
玉座の間では、大臣の声が響き渡っていた。
「陛下! それはなりません! いかに面識のある者と言えど、陛下お一人でお会いになることは許しません!」
「まあ良いではないか。では、こう言って欲しいのか? これは王命であるぞ? 聞けぬというのか?」
この言葉には、さすがの大臣も肝が冷える。が、傍にいた親衛隊たちは動じる様子を見せない。このようなやり取りは日常茶飯事で、「またか」という程度のことだった。
もちろん、主君を置いて外で待機というのは気の引けることだったが、国王本人が望んでいるのだから、それに従うまでだ。もっと言ってしまえば、親衛隊の面々にとってエルリッヒは元同僚のツァイネと仲の良い娘である。それを知っていればこそ、二人きりにしておいても問題はないだろうという判断ができた。
「な、何があっても知りませんからな!」
「良い良い。何かあった時は、王子が即位するだけではないか。それでは、良いというまでは誰も入れるでないぞ?」
渋々といった様子の大臣を先頭に、親衛隊たちもぞろぞろと玉座の間を出て行く。これでここにいるのは本当に国王とエルリッヒの二人だけになった。
呼び出しが陰謀ではないと分かった以上、エルリッヒに大した緊張はなかったが、国王は打って変わって厳しい表情をしていた。ということは、この呼び出しは、「何か重たいこと」なんだと感じさせる。
「さて、これで落ち着いて話ができるな」
「私を呼びつけた理由も、話して頂けるんですよね」
普通に考えれば臆してまともに会話をすることもできないような相手に、一歩も負けないで話をしている。それはエルリッヒが長く生きてきたからであり、何度か面識があるからであり、国民として信頼を寄せているからでもあった。
「うむ。先般の魔族の襲来以降、御前会議を開いたのだ。目的は三つ。一つ目は、なぜこの王都が襲われたのか。二つ目は、今回の襲来で何か魔王軍についてわかったことはあるか。三つ目は、今後に向け、どのような対策ができるのか」
「その会議は、どんな結論が出たんですか? それとも、まだ結論が出ていないとか……」
あれから二ヶ月、さすがに結論が出ていないというのは信じたくなかったが、何しろ得体の知れない魔族や魔王軍の情報について、推論を中心に議論するとなれば、そうやすやすと結論が出ないのも無理はない。果たしてどのような話がもたらされるのか。とても気になった。
国王は、険しい表情を崩すことなく話を続けた。
「一つ目についてだが、会議の場で出た結論としては、侵攻に際し、先に大きな都市を陥落させるのが目的ではないか、ということだ。幸か不幸か、この国には魔王討伐の大きな助けとなるような宝物などはないのでな」
「えー、ないんですか? 魔王に投げつけるだけで力を奪っちゃうような武器とか、魔王の魔法がなぜか効かなくなるようなマントとか、そういうのは」
おとぎ話に出てくるような伝説の宝物など、おいそれとあるわけではないことくらい、百も承知だ。それでも、国の宝となれば、何か素晴らしい謂れの一つや二つは期待してしまうのが、偽らぬ心情だった。
「今言ったように、幸か不幸か、な。そもそも、そのような宝物があれば、先の戦いですでにかつての勇者に託しているであろう? もちろん、この国にも宝物はあるが、そのような類いの、我ら人間が魔王討伐の助けに使えるようなものではないのだ。無論、武具の類はある程度の助けにはなるだろうがな」
「わかっています。そういうレベルの話ではないということは。それじゃあ、二つ目の議題はどうだったんですか? 魔王軍について何か、わかりましたか?」
今度はエルリッヒから話を投げかける。エルリッヒが戦っていて感じたことが、御前会議の場でも導き出されたのかどうか、それが気になった。
自分から見ればまだまだ若造でも、人間の中では比較的長く生きている人が列席しているのだろうから、それなりの結論が出てくれていることを期待してしまう。
「此度の戦いでは、死者も重傷者も出ずに済んでおる。そなたの活躍はもちろんだが、各人の活躍あってのことであろう。だが、魔王軍はまだ完全な勢力を取り戻していないのではないか、というのが会議の場での結論だ」
「私も、実はそう感じていました。魔族は、魔王の力に大きく左右されるといいますから、まだ完全復活はしていないのかもしれません。でも、死者も重傷者もいなかったのは、本当に良かったです。それだけでも救われますね」
ふっと表情が緩むのはこういうタイミングだ。北側の建物にはそれなりに被害も出たし、多少なりとも怪我人は出てしまった。それでも不幸中の幸いと言って良い情報だろう。
だが、穏やかな表情でいられるのも今の内だけだ。魔王はこれからどんどん力を取り戻し、それに比例して魔王軍全体が強くなっていくと予想されるのだから。
「……最後、三つ目の話は、どうだったんですか?」
「うむ……最後の議題こそが、そちを呼びつけた理由なのだ。今後の街の防衛についてどうするか。エルリッヒ、いや、エルリッヒ殿、この国の守護にそなたの力を貸してはもらえまいか」
国王はおもむろに立ち上がると、その場で深く頭を下げた。人払いをした理由はこれか。確かに、このような姿は他の誰にも見せられない。
しかし、国王は一国の主としてエルリッヒを頼ってきている。それはつまり、曲がりなりにもその正体については信じてくれているということの表れでもあった。
が、そのようなことを考えるよりも、驚きが先に立った。思わず両手と首を大きく振ってしまう。
「王様、やめてください! それに、私はそんな大層な存在じゃ! まずは顔をあげてください! そんな風にされたら、とっても話しにくいですし!」
「そ、そうか? だが、この国はそなたの力を必要としておるのだ。竜の紅玉亭店主エルリッヒ、いや、竜の女王殿下たるエルリッヒ殿。この国の人間を助けては下さらぬか?」
この話題においては、一国民ではなく、一国の王女として扱おうということらしい。確かに、食堂の店主には国の守護について何もできないかもしれないが、竜族の王女であれば話は別だ。魔族の指揮官ヘルツォークを退けた力は伊達ではない。もしあそこでエルリッヒが手を貸さなければ、すでに王都はなくなっていたかもしれないのだから。
しかし、前回軟禁から解放された時にも経験しているとはいえ、国賓のように扱われるとこそばゆい。普段から街娘として暮らしているのだから当然といえば当然だが、ついついお尻の辺りがむず痒くなる。
国王の態度は真剣そのもので、王都の守りをそれだけしっかり考えているということはよく伝わってくる。だからこそ、無碍にしたくはない。が、やはり自分が騎士団に組み込まれるような姿はイメージしがたいし、ましてかつて存在したドラゴンライダーの乗るドラゴンとして戦場に馳せ参じるなど、もっとありえない。
(女騎士はかっこいいけど自分のガラじゃないし、背中に鞍をつけるとか、絶対ありえないしなぁ……)
どう断ろうと考えあぐねたが、まずは自分の言葉を伝えてみることにした。
「あの、私はこの街と、ここに暮らす人たちが大好きです。だから、この街が襲われて、みんなの力でもどうにもならなくなったら、その時は全力で戦います。この姿でもできることはいろいろとありますし。だから、そんな仰々しくお願いされなくっても、悪いようにはしません。それじゃあダメですか?」
「いや、ダメではない。むしろ礼を言わせてはくれまいか。ありがとう」
エルリッヒの回答は満額ではなかったかもしれない。それでも、穏やかな表情で語られた言葉は、十分な内容だった。だからか、国王は一歩、一歩と歩み出て、今度はエルリッヒの前で跪いた。
「今の余にできることはこれくらいしかないが、あなたの協力に心から感謝しましょうぞ」
「だ、だから、やめてくださいって言ってるのに……困ったなぁ」
とは言いつつも、ここまで出来てしまうほどこの国や街のことを考えているのだと思うと、一介の住人としては、嬉しくなってしまう。この国は、いい王様に恵まれた。
「あの、参考までに訊きたいんですが、王様は私にどんな風に関わって欲しかったんですか? この街の防衛に」
「それはだな……ゆっくり聞かせてしんぜよう」
そうして、国王は再び玉座に腰を下ろした。
〜つづく〜