チャプター31
〜ルーヴェンライヒ邸 食堂〜
伯爵は「魔法の力か……」という嚙み締めるような言葉を呟きながら、エルリッヒのことを見つめていた。魔王がいた頃は魔法が使えた、というのは小さい子供でも知っているような話なのだが、まさにその時代を生きてきたということは、もっと多くのことを知っているということでもある。
どこまで聞いて良いのかのさじ加減はわからないまでも、聞ける範囲の話は聞きたいと思っていた。
「それで、魔王時代の騎士団はどのような出で立ちで、どのような戦いをしておったのだ?」
中でも、この話題が相当気になるらしく、身を乗り出して話を聞いている。当時の一般的な戦い方の説明には十分興味を惹かれたが、自分と同じ、お城に仕える騎士団の存在が最も気になるらしかった。
質問を受け、人差し指を顎に当てて少し考えると、こう切り返した。
「んー、そのお話は、わくわくする冒険譚が聞きたいんですか? それとも、来るべき魔物の再来に対する参考にしたいんですか?」
「な! そ、それはだな……言いにくいのだが……半々だ」
なんとなく、予想はしていた。防衛のための参考なんて、それ自体も面白みはあるものの、十全そのような理由で話を求めるのはありえないだろう。
やはり、大事なのは自分の心が跳ねるかどうか、なのだ。
「わかりました。あ〜、えーっと、そんなに恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ? 理由によって、話を変えなきゃって思っただけで」
「そ、そうか、気を使わせておるようであれば心苦しいが……私も騎士の端くれ、若い頃はかつての英雄譚などを読んで、自分が活躍する姿を想像したものでな……」
人間社会で三百余年生きてきたエルリッヒには、伯爵ですらほんの若造に過ぎないが、今の身分の差や、見た目の差などもあり、ついつい年上として敬意を払ってしまう。
普段はそれでいいんだろうとは思うのだが、時々見せるこうした一面が、とても可愛かった。
「そのお気持ちも、すごーくわかります。みんな、憧れるんですよ。夢中になった世界に自分が降り立ってる姿には。で、騎士団の活躍でしたよね。私自身は、今よりもずっと田舎の村で畑を耕しながら料理の勉強をしていたので、実はそんなに騎士団の活躍を見ていないんですよ」
いつでもこれは言わなきゃならない前置きだ。決して、騎士団の面々に混じって魔族退治に励んだり、用心棒のように村のみんなを守ったり、ましてや勇者一行と旅をしたり、といった華々しい経験はしていない。
人間の世界に降り立ってこのかたずっと平民、町娘なのだ。
華々しいのは、本来の出自や肩書きと、竜殺しの勇者を屠ったというご先祖様の活躍だけで十分だった。歴史に名前を残すような柄ではない。
「そ、そうか……」
「あぁぁ! そんなにがっかりしないでください! それでも、移動中騎士団の人たちに護衛してもらったり、騎士団の人たちに助けられたりっていう経験はありますから!」
記憶をひっくり返し、当時のことを思い出す。あの日、町から町への街道で、か弱いふりをして魔物に襲われていたあの時、騎士たちはどのように戦ったか。どんな出で立ちだったか。
「えぇとですね……古い話なんで、少し記憶が曖昧ですけど、結構しっかりした銀色の鎧を着て、細身の朝見に立派な盾を装備していた気がします。それで、魔物を相手に斬った張ったの大活躍を。魔物は魔法を使ってましたけど、盾で巧みに防いでましたね。避けちゃうと私たちに被害が出ますから。二度とも、大体そんな感じでした。当時、魔王が侵攻してきたっていうんで、いろんな国が人間同士で争うのをやめようって働きかけてたんです。で、その流れもあって、各国が協調路線になってたのが影響してるんじゃないかってみんなで話してました」
「おお、そうか。とても興味深いな。しかし、その銀色の鎧というのは気になるところだ。鉄製だろうか、それとも未知の金属だろうか。ううむ。武器は何か特徴はなかったのか? その騎士たちは、野良の戦士たちのように魔法の力を組み合わせたりはしなかったのか?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。興味を引いた、というのは大きいのだろう。それでなくとも人々の関心を呼びやすい話題だ。まして今のように魔物が実際に攻めてきたご時世であれば、なおさら。
それをわかっているので、エルリッヒも嫌な顔はしない。街の助けになれば、という思いもないではないが、何よりも伯爵が楽しそうなので、それがこちらも楽しい気持ちにさせてくれる。
「エルザさん、つまらなかったら言ってくださいね? 話題を変えますから」
「いいえ、つまらないだなんてそんなこと! わたくしもとても興味深く聞かせてもらっています! 何しろ魔王がいた時代のことは、おとぎ話の世界も同然なんですから!」
「そういうことだ。魔物が攻めてきた今、おとぎ話でもなんでもなくなってしまったがな」
伯爵はともかく、エルザが関心を持ってくれたことはとても嬉しいことだった。戦いの話なんてつまらないんじゃないかという思いがずっとよぎっていたからだ。
もう一工夫して、二人ともにもっと楽しんでもらうにはどうしたら良いだろうか。
「武器についてはそうですねー、覚えている範囲では、普通だったと思います。やっぱり、百年ぽっちだとそんなに技術革新は起こりませんから。ただ、魔法の力を鍛冶に使っていた可能性はありますよね。それで、より純度の高い鉄を生成していた、なんて話なら、ありそうじゃないですか? あくまで想像なんですけど。ほら、私は魔法が使えませんでしたから」
「あの、他にも魔法の使えない方はいらしたんですか?」
「伝聞では、全員が魔法を扱えたわけではないということになっているな。確かに、その真偽は気になるところだ」
『魔法の力』。それはみんなの興味を引く魅惑の言葉だ。かつて失われてしまった力でもあり、現代を生きる人々が夢を見やすい力でもある。
しかしてその実態は、強大すぎて世界中にこぼれ落ちた魔王の魔力だったというのだから、真実を知らない方が幸せな力なのだ。当時の人々の中にも、そのような説を唱えたものはいたらしいのだが、何しろそんなことよりも魔王が倒された喜びが大きく、『なんで魔法の力が消えたのか』などということはあまりにもちっぽけなこととして、人々の間から流されてしまった。
何より、『魔法の力がなくてもどうにでもなる』という事実や、『魔法の力に頼らずに努力できる』という事実がようやく人々の手に返ってきたのだ。もちろん凶作や獣といった脅威はいつでも付きまとうのだが、それでも平和の喜びを噛み締めることで精一杯だった。
「もちろん、魔法が苦手な人もいましたよ。みんなが使える中にポツンと魔法の苦手な人がいたら浮いちゃいますけど、三割くらいは魔法の使えない人や苦手な人がいたから、私も疎外感はなかったですね。今にして思えば、私の場合は人間じゃないから、魔力が適合しなかったんでしょうね」
当時、みんなが使える魔法を自分は使えなかったので、若干の寂しさや悔しさ、羨ましさはあったが、今こうしてケロリと話せているのは、もちろん強がりでもなんでもない。
魔法が使えるからといって自分には勝てないのだから、と思うと、すぅっとドロドロとした感覚が消えていった。しかし、それを考えると、普通の人たちはどんな心持ちだったのだろうか。
考えると、嫉妬で狂ってしまうんじゃないだろうかと思った。
「もし、その時代でしたら、ぜひとも魔法を使ってみたいですね」
「あははー。興味深いのはわかりますけど、どうでしょうね」
もしかしたら魔王が復活した今、また人々に魔法の力が戻ってくるかもしれない。そう思ったが、とても口には出せなかった。
〜つづく〜




