チャプター27
〜ルーヴェンライヒ邸 庭園〜
「こ、こりゃすごい……」
誰もが皆、目の前で起こった出来事に目を丸くした。
「こ、これなら確かに、魔物も一撃で倒せるかもしれん! 陛下もお喜びになるだろう!」
「かもしれん、じゃなくて、確実に仕留めてやりますよ。このフライパンは普通のですから、私のものより威力は落ちてますし。王様が喜んでくれそうなら、何よりですね」
「あ、あぁぁぁぁぁぁ!! 私のフライパンがぁぁぁぁぁ!」
エルリッヒと伯爵が喜ぶ中、オットーが一人嘆き悲しんでいる。分かっていても、愛用のフライパンが壊れてしまったことは、とても悲しいことだった。
その様子に、エルリッヒも我に返る。そうなのだ。フライパンは料理人の武器であり、相棒。それがダメになってしまって、平気でいられる料理人は料理人ではない。
「オットーさん、ごめんなさい。成り行きだったし、許可をもらったとはいえ、こんなことになっちゃって。でも、まだ修理はできると思うので……」
「はぁ……たかをくくったのは私だ、お嬢さんだけが悪いわけじゃない。もちろん、ショックは大きいがね」
「相済まぬ、私が思いつきで無茶を言ってしまって。興奮している場合ではなかったな。しかし、これほどの力であれば、まちがいなく勝てる! オットーよ、フライパンは、好きなものを仕立てるが良い。愛用のものには及ばぬかもしれぬがな」
喜んだりショックを受けたりと忙しいが、オットーも新しいものを調達しても良いと言われれば、それ以上言い返すことができない。気持ちを切り替えて、どこの工房で発注しようか考えることにした。
「そうですな、それならば、新しいフライパンで手打ちといたしましょう」
「ど、どうも……」
釈然としない思いと、我が事のように伝わる悲しみとが、行ったり来たりしながら混ざり合っている。なんだろう、この気持ちは。本来であれば、頼まれた時点で断固として断るべきだったのだろう。その上で、代わりの何かで実演するべきだったのだ。今となっては、後の祭りだが。
「それで、このお嬢さんは街を守れそうなんですかい? 旦那様のお墨付きだったら、間違いないと思いますがね」
「うむ、それは信じても良いだろう。改めて請う。この圧倒的な力、ぜひともこの国のために、役立ててはくれないか」
「や、やだなぁ、それはもう約束済みですって。私はエルザさんの笑顔を守るために全力で戦いますからね!」
「まぁ! エルリッヒさん、ありがとうございます!」
先ほどのあまりの出来事にただただ驚くばかりだったエルザは、ようやく口を開いた。このように、名指しで『守る』と言われたら、嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
元来、エルザにはあまり友達がいなかった。貴族社会というのは堅苦しいばかりで、同年代のご令嬢と会う機会は舞踏会ばかり。そして、舞踏会に来る娘たちは、皆素敵な殿方探しにしか興味がない。
今の所そういったことに興味がないエルザには、どうしたって仲良くなるきっかけがなかった。他の話題では気があうかも、などというのは、殿方探しという最大の共通項を持たないうちは幻想でしかないのだ。
「戦い方はさっき説明した通り。こないだのヘルツォークみたいなのが現れたら、その時にまた考えます。で、一つ申し送りをお願いしたいんですが、城壁の件と合わせて、自由に動いてもいいっていう、お許しをください。事情を知らない兵士の皆さんとかちあって緊急時に揉め事をしてる余裕はないですし、そんなところで啀み合いたくもないですしね」
「そうだな。そなたが陛下の要請を断ったのも、よくわかる。もともと、無茶な話だとは思っていたがな。兵士たちに混じって統率の取れた動きをしたり、兵士た騎士たちを動かしたり、そういうことではないのだろう? ギルドの荒くれたちとともに好きに前線に立った方がいい、ということではないかな?」
伯爵は今でこそ馬上や城内から指示を出すのが主な仕事だが、若い頃は騎士団の一員として研鑽を積んできた。具体的な記録は残していないが、剣の腕も乗馬も戦略や戦術も、誰にも負けないよう、家名に恥じないよう、誇れるだけの実力は身につけてきた。
だからこそ、前線に立ちたった方が気楽だというエルリッヒのやり方は、十分に理解ができた。
「我々の世代は、若い身空に鍛えた力を発揮することはなかったが、私の若い頃でも、同じことを考えたかもしれぬな。周りの兵士はどうにも足手まといで、一人戦った方が楽だ、などと考えておったものよ」
「いやー、そんな大袈裟な話じゃないんですけどね。単に、周りに人がいると怪我をさせちゃいそうで。攻撃のリーチは短いんですけど、何があるかわかりませんから」
ここでは、竜殺しの剣の黙っていることにしているのであえて口には出さなかったが、竜殺しの剣を使った時のことも考えると、やはり単独行動がしたかった。
ツァイネには貸しもしたし武器の出自についても説明したが、あれはあれで、できれば秘匿しておきたい。
本来の姿に戻ることが最後の手段とするのなら、その一歩手前の手段にしていた。さすがに、おいそれと振り回す武器ではない。現代では採掘できない鉱石や、ロストテクノロジーと言っても差し支えのない技術でできているのだから、下手をすれば研究対象にされてしまうかもしれない。
「ふむ、よくわかるぞ。だが、それで危険はないのかね? いくら強いと言っても単騎では。確か、元親衛隊のツァイネの友人と言ったな。彼とともに行動するつもりかね?」
「ええ、まあ、必要があれば。ツァイネと相棒のゲートムントは、この街屈指の戦士です。いざとなったら、私たちが三人で戦うよりも、それぞれ街の別々の場所で戦った方が、より多くの人を守れますから」
守れる人は一人でも多い方がいい。だからこそ、これから魔物と戦い慣れていくであろうギルドの戦士たちには期待していたし、ゲートムントたちの戦力もアテにしていた。自分一人では、必ずカバーできない地域が発生する。騎士団の面々が街の南側をどれだけ守ってくれるのかもわからないのだから。
「話をするたびに目から鱗が落ちるようだ。確かに、勝てる相手なら、固まって行動する必要はない。分散した方が良いな。なかなか騎士団では難しいが、ギルドの戦士や全くの遊軍であれば、可能か」
「そういうことです。なので、自由にやらせてもらいますね。そこのところだけ、よろしくお願いします。こんなところでいいですかね、王様への説明のネタは」
今の一連の出来事を基に、返答を組み立てるのは伯爵の仕事だ。それは、こちらの知るところではない。もちろん、まだまだ不十分だと言われれば、その時は付き合うしかないのだが。
様子を伺うと、何かを得たような表情をしていた。ということは、この堅苦しい話はこれで終わりだろうか。そういえば、この後エルザが泊めてもいいか交渉をするのだったか。
「そうだな、これで概ね十分だろう。それでは、とりあえず屋敷に戻るとするか。ハインツ、お茶を入れ直してくれないか。オットー、フライパンは、この街で手にはいる最も良いものを選んで良いからな」
二人の家人にそれぞれ言葉をかけると、一同は屋敷に戻っていった。
〜ルーヴェンライヒ邸 応接室〜
「私自身は一切動いておらぬが、何やら疲れたな」
「王様に報告しなきゃって考えたら、気も張っちゃいますよ。で、今回の話はここで終わりでいいですよね?」
「じゃあ、お父様、お願いがあります!」
いよいよ、エルザの出番だった。柄にもなく、力を込めて拳を握る。
〜つづく〜




