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竜の翼ははためかない8 〜竜骨よりも堅いモノ〜  作者: 藤原水希
第四章 エルリッヒの波紋
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チャプター21

〜ルーヴェンライヒ邸 玄関〜



 数日後、エルリッヒは一人ルーヴェンライヒ伯爵の邸宅を訪ねていた。手紙には、『こちらの都合で訪れて良い』とあったので、その言葉に甘えてこの日を選んだ。

 と言っても、何があるわけでもない。ただ、事前にお知らせをしなければならない関係上、この日になっただけのこと。しかし、陽気も良く、結果的にこの日を選んで良かった。

「しっかし、相変わらず立派なお屋敷に広い敷地だねぇ」

 通りから敷地に入ると、屋敷にたどり着くまでの長い道を歩くことになる。その向こうにようやくたどり着くのがこの豪邸なのだ。もちろん、豪邸の奥にも敷地が広がっている。王都の北部はこんな貴族屋敷が軒を連ねているというのだから、恐ろしいものである。

 エルリッヒのような庶民では、到底辿り着けない世界だ。

「こないだ、指揮権に見合う爵位をくださいって言ったら、これくらいのお屋敷をもらえたのかな……」

 考えてみるが、やはりその選択肢はありえない。維持費や掃除のことを考えただけでも頭が重くなるが、それ以上に分不相応だと思ってしまう自分がいた。

「あ〜あ。仮にもお姫様だってのに、小さいもんだ」

 本来の姿とこの姿では、気の持ちようまで変わってしまうのだから面白いものである。そんなことを考えながら、厳しい顔をしたライオン型のノッカーを二度叩いた。

「ごめんくださ〜い!」

 分厚い扉の向こうにも聞こえるよう、大きな声で叫ぶ。

『はいはい、どなたですかな?』

 中から聞こえてきたのは、懐かしい声。執事のハインツだった。少し待つと、重々しく扉が開き、ハインツが姿を現した。元気そうで何よりだ。

「おや、エルリッヒどのではありませぬか」

「ご無沙汰してます。えと、この手紙をもらったのでお邪魔しました」

 懐から、先日もらった手紙を取り出す。蝋判には、紛れもなくルーヴェンライヒ家の家紋が押されている。手紙によると、ハインツには事情が通っているはずなので、問題はないはずだ。

 本当に、書いてある通りなら。

「ふむ。この手紙、ですか。……はい、旦那様から伺っております。それでは、中へどうぞ。エルザお嬢様も、今か今かと心待ちにしておられたのですよ」

「えっ、そうなんですか?」

 それは、素直に嬉しかった。自分が友人として、まだ認識されているということだ。こちらの一方的な思いではないとなれば、ここへ来た甲斐もあったというもの。

 たとえ伯爵との話がどうなろうと。

「はい、それはもう」

「そっか、そうだったんですね。あ、でも、私手土産は何一つ持ってきてないんですけど、大丈夫ですか?」

 身分も低く経済力にも劣る自分が何の手土産を、というところではあったが、こういうのはあくまでも気持ちの問題だ。何か持参した方が良かったのではないかと、急に気恥ずかしくなった。

「お気になさらずに。嫌味ではなく、この屋敷には大抵のものは揃っておりますし、身分の違いもあるのですから。もちろん、我ら使用人一同も、同じく平民ですがな」

 穏やかな笑みには、微塵の嫌味も感じなかった。気を使わなくても大丈夫、ということを伝えたいのだろう。こうして接していると同じ身分とは思えないハインツが、優しく伝えてくれる。

「ありがとうございます」

「さ、このような場所ではなんですから、中へどうぞ」

 久しぶりに屋敷の中に入る。相変わらず、深くて沈みそうなカーペットの上を歩き、案内されるのは応接室ではなかった。これは、エルザの部屋だろうか?

 案内されるまま階段を上り、二階にたどり着いたところで、疑問は確信に変わった。

「エルザお嬢様は、中でお待ちです。私はこれから旦那様を呼んで参りますから、それまでお嬢様とお過ごしください」

「わざわざお気遣い頂きまして……」

 頭が下がる思いをしながら、促されるまま扉をノックした。

「エルザちゃん、私です、エルリッヒです」

 魔物襲撃の折には顔を合わせていたが、それ以来となる。遠慮がちに声をかけた。

『入ってどうぞ〜』

 にっこりと笑うハインツに背中を押され、扉を開ける。

「お、お邪魔します」

「ご無沙汰しています、エルリッヒさん。お元気そうで、何よりです」

 部屋の中に入ると、相変わらずきらびやかなドレスに身を包んだエルザが立っていた。まるで、ずっと待ち構えていたかのようだ。しかし、ここを訪ねる日取りは事前には伝えていないはず。一体どうやって。

「エルザちゃんこそ、お元気そうで何よりです。でも、ずっと待っててくれたんですか?」

「まさか。舞踏会の日でもない限り滅多に来客がないのにハインツの急ぐ足音が聞こえたんですもの、間違いないと踏んでいました。父がお手紙を出したことは、聞いておりましたから」

 それはそれですごいことだと思うが、今は言ってることを信じよう。

「それでは、ごゆるりとお過ごしください。私はこれよりお城に向かいますゆえ」

 ハインツが部屋を出ると、そこは二人きりの世界になった。

「エルリッヒさんのことは、父からあれこれと聞いておりました。お城で捕らえられた時のことだけでなく、その後の噂や陛下のお考えまで……」

「そ、そんなにですか? なんか、恥ずかしいな。でも、そのあれこれを聞いて、それでもまだ友達だと思ってくれてるってことで、いいんですよね?」

 短い言葉には、多くの意味が隠されているはずだ。お城で捕らえられた後のこととなれば、正体の話を避けて通るわけにはいかない。

 ハインツに負けず穏やかな笑みを浮かべる姿も、その時ばかりは動揺したのかもしれないと思うと、心苦しくなる。

「えと、やっぱ、驚かれましたよね。それか、信じられないか」

「竜の王女様、というお話のことですか? お父様は取るに足らない噂話に過ぎぬと言っていましたが、私は信じます! いつの世も、女の子はそういうお話は、大好きですから」

 そんな安っぽい理由で信じてもいいのだろうかと首をひねりたくなるのだが、当然、信じてくれている方が都合が良いし、ありがたい。

 しかも、それを信じてなお友達付き合いをしてくれようというのだから、ひとしおだ。

「それにしても、身分違いの友情だと思っていたのに、そんなことありませんでしたね。まさか、エルリッヒさんの方が王女様だっただなんて、思いませんでした」

「普通に考えたら、信じられることではありませんから。それに、この国ではあくまで平民ですしね。だから、私はエルザちゃんとは今のままでいいと考えてますよ。そもそも、私の本当の姿を見た者は、この国、ううん、この街には、数えるほどしかいないんですし」

 にっこり笑って答えてみせるが、どことなく悲しくなってしまうのはなぜだろうか。やはりまだ、迫害への恐怖があるのかもしれない。

 未体験のことに恐怖が付きまとうのは、仕方のないことだった。

「んー、それは、エルリッヒさんがどうこうではないと思います。なんていうんでしょうか、我々が、信じたいかどうか? ではないでしょうか」

「信じたいかどうか……ですか。それってつまり……どういうことです?」

 なんとなく、頭が混乱する話だ。もしかしたら、深く考えることを拒否しているのかもしれない。

「つまりですね、信じたい人にとっては、エルリッヒさんは街を救ってくれた、ドラゴンのお姫様! でも、信じられない人には、街で暮らす食堂のご主人様! ということです」

「あぁ、なるほど! それなら!」

 それなら、嬉しい。どちらに転んでも好意的な解釈だ。

「これなら、いいでしょう? さてと、お父様はじきに戻ってきます。その格好は、少し着の身着のまますぎますね」

「は、はぁ」

 唐突に格好の話が出た。これはまさか……

「お父様とお会いになる前に、ドレスに着替えてしまいましょう!」

「ええっ!?」

 エルザの表情は、嬉々として輝いていた。




〜つづく〜

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