チャプター11
〜コッペパン通り・竜の紅玉亭〜
「え……それ、どこで……」
わずかに、エルリッヒの表情が曇った。まだ、あの場に居合わせた二人しか知らないはずだ。誰にも行ってないし、昨日の夜の営業も、臨時休業で乗り切った。一体どこからバレた? 何か、いらないお触れでも出た? 考えると、不安でドキドキする。まだ、平成を取り戻せていないのだろうか。
フォルクローレの顔が上手く見られない。直視した時、どんな表情をしているのだろうかと思うだけで、不安だ。
「誰にも……言ってないはずなのに……」
「ん? あぁ、ゲートムントたちに聞いたんだよ。昨日の午後だったかなぁ。二人が慌てた様子でアトリエに飛び込んできて。エルちゃんがお城に連れ去られたー!って」
大げさな身振り手振りで説明してくれるが、知ってしまえばあっけない。むしろそれは考え得るなしなのに思い至らなかったところに不安を感じてしまう。
いつの間にか、悪い方向に考える癖でもついてしまったのだろうか。
「やっぱダメだねー」
「え、何が? エルちゃんダメじゃないと思うんだけど。そもそも、なんの話? 急に話題を変えた?」
しまった。つい口をついていらない言葉が出てしまった。それもこれも、全ては不当に捕らえられたあの時からか。下手人は捕らえられて然るべき裁きを受けたというのに、自分こそが終わっていないではないか。
「いや、つい悪い方へ悪い方へ考えちゃってて、そういうのはダメだよなぁって思ってね。そういう考え方もだけど、そんな風に考えちゃう自分もさ」
「あぁ、なんとなく察した。なんであたしが知ってたのかってことでしょ? またいらん噂でも立ったんじゃないかって。まあ、あんなことがあったら、悪い方に考えちゃうのも無理はないよね。エルちゃんはもっといつでも前向きな子なんだと思ってたけど、これは意外かも。だけど、大丈夫だよ」
次の瞬間、ふわり、と温かいものに包まれた。思い切り、フォルクローレの胸に抱かれてしまった。
「ちょっと、フォルちゃん?」
「大丈夫、何があってもあたしたちは味方だし、悪い噂があるなら、こないだみたいに全力で何とかするから! 昨日だって、それでアトリエまで来たんだし、あの二人」
優しくエルリッヒの頭を放すと、思い出し笑いをしながら話を続けてくれた。
「もし変な言いがかりだったら爆弾を持って交渉に行きたいから、何かいいのを見繕ってほしい。なんて言っててね。それはただ事じゃないって思ったんだけど、焦ってことを起こしてあの二人が捕まっちゃったら本末転倒でしょ? だから、一旦冷静になれって言ってやったんだ。そしたら、じゃあ、お店の前で待ってる、だってさ。心配の仕方が極端だよねー。不器用なのかも」
「それでも、私には嬉しいよ。あ、でも! 夜にお客さんが来たら臨時休業だって伝えてくれって言づけしてたから、それでかも。だとしたら。悪い事したかもしれないなぁ」
優しい抱擁から解放され、むしゃむしゃと野菜を食べながら考えてみる。昨日、あの二人はどう心配してくれるのが一番良かったんだろうかと。
きっと、気持ちがこもっていれば、何であってもありがたかったとは思うが。
「で、結局のところ何の用で呼ばれたの? あー、この塩漬けセット美味しすぎる!」
「どーも。昨日は結局帰ってきたのが夕方で、営業どころじゃなかったから、臨時休業にしたんだよ。で、使いそびれたお肉や野菜を塩漬けにしたんだ。放っておいたら傷んじゃって、とてもじゃないけど今日には使えなくなっちゃうから。呼ばれた理由、やっぱり気になるよね。昨日も二人に訊かれたんだ」
こちらも味見かたがた塩漬け肉を一口かじる。うん、一晩の割にはよく浸かっている。お肉と塩気の組み合わせは、どうしてこんなにもぴったりとマッチするのだろうか。世の中の仕組みの都合良さに、感謝してしまう。
「そっか、二人も訊いてきたか。じゃ、二度も同じ質問をされたら嫌? なら遠慮するけど」
「ううん、別に嫌だなんてことはないよ。大した話じゃないし」
今度は塩漬けの野菜たちをつまむ。うん、こちらも美味しい。ほどよく水分が抜けていて、塩気も強すぎもせず物足りなくもなく、柔らかくなっていて食べやすいし、野菜本来の味もしっかり残っている。一晩でこれだけの味と食感になって、なおかつ日持ちするというのだから、こんなに都合のいい話はない。
もっとも、それなりに貴重な塩をたくさん使うので、早々毎回作れるものでもないのだが。
「昨日なんで呼ばれたかっていうとさ、王様に言われたんだよ、この街を守ってほしいって」
「ふぅん。それってつまり、魔物が攻めてきたらすっごいドラゴン様が返り討ちに合わせちゃうぞーっ! てことでしょ? すごいじゃん! 正直、ゲートムントたちの話を聞いた時から、あたしの爆弾より強そうだったんだよなー。何かの参考になるかもしれないから、今度あれこれ実演して見せてよ。どこまでこの街を守れるのかも知りたいし。あ、そだ! 素材! 角が生え変わったり鱗が抜け落ちたらちょうだいね!」
矢継ぎ早にまくしたててくる。これがフォルクローレの面白いところだ。しかし、さすがにゲートムントたちとは反応が違う。きっと、彼女は王様の提案に肯定的な感想を抱いたのだろう。そして、錬金術士としての目線もしっかりと織り交ぜてくる。
素材ってなんだ。素材って。
「あのさ、言いにくいんだけど、ドラゴンの角って一度生えたら一定のところで成長が止まって、一生そのままなんだよね。しかも、私たち王族は角で特殊な力の数々を制御してるらしいし。だから、角を提供できるのは、私が死ぬ時くらいかなー。普通に考えたら、フォルちゃんの何代後の子孫が受け取るのか。あと、鱗なんだけど、これもねー。こうして人の姿で過ごしてる間は抜け落ちないから、ちょっと提供できないかなー。もし万が一また元の姿に戻る時があって、その時たまたま落ちてたら、それは自由に拾えばいいけど、それを調合の材料にされるのは、個人的にはご遠慮願いたい」
そういえば、ツァイネはまさにその”抜け落ちた鱗”をお守り代わりに所持しているんだった。思い出すだけで、変態のようで少し気持ち悪い。
もちろん、強大な力を持った竜の鱗を拾ってお守り代わりにする、という発想は色んな街に根付いていたので不思議はない。中には、本当にお守りとして販売しているお店もあったのだから。
「えー、嫌? きっと、普通のドラゴンの素材を苦労して手に入れるよりはるかに楽チンだし、絶対普通より強力で可愛い色合いのアイテムができると思うんだよ!」
「それ、確証のある話じゃないでしょ? それに、色合いって。確かに爆弾がピンク色だったら可愛いけどさ、そこ重要? いや、そもそもそういう話じゃないんだけど。それに、話が逸れまくってるけど、大丈夫?」
素材の話はともかく、フォルクローレはあまり重く受け止めていないようだ。自分の話でないのも大きいだろうが、魔物が襲ってくるなら戦えばいい、という程度にしか考えていないのだろうか。
「はっ! こうして興味のあることにはついつい話を枝分かれして話し込んじゃうのがあたしの悪い癖。でも、それが錬金術士の性質とも言えるけどね。んで、エルちゃんは王様の話にどう答えたの?」
「断ったよ」
フォルクローレが金色の髪を揺らしながらあれやこれやと語っているのに、エルリッヒの回答はひどくあっさりしていた。それが若干拍子抜けしたようで、さすがのフォルクローレも一瞬戸惑う。
「え! そう。断ったんだ……」
それは、ひどくニュートラルな空気をはらんだ言葉だった。
〜つづく〜




