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竜の翼ははためかない8 〜竜骨よりも堅いモノ〜  作者: 藤原水希
第三章 フォルクローレかく語りき
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チャプター10

〜コッペパン通り・エルリッヒの自宅〜



「それじゃ、ごちそうさまでした。ゲートムントは責任持って送って行くから」

「本当に帰るの? 一階の床でよければ泊まってっていいのに」

 夕食の後、片づけを終えるとツァイネは眠りこけるゲートムントを抱えて帰ると言いだした。そこでエルリッヒが提案したのが、床の解放である。

 しかし、床で眠るのではむしろ疲れてしまう上、掃除をしていても衛生面は気になる。嬉しい提案ではあったが、さすがにここは断ることにした。

「いや……さすがにねー」

「変なことしないなら遠慮しなくていいのに」

 嬉しいことは嬉しいが、その申し出はやんわりと断り、外に出た。ゲートムントを抱えて歩くのは大変だが、トレーニングだと思えば幾分気が楽だ。

「気をつけてね」

「もちろん。というか、俺を誰だと思ってるのさ。大丈夫だよ」

 屈託のない笑顔を残して、ツァイネは自宅へと帰って行った。




〜翌日・昼時〜



 この日もいつも通りの繁盛っぷりだった。昨日夜中に漬けておいた野菜や肉の塩漬けが思いの外好評で、噂が噂を呼びてんてこ舞いになっていた。

「ありがたいけど、こりゃ大変だ〜!」

 フライパンを振るいながら、うれしい悲鳴を上げる。いつものように、昼間から酒を飲むものもいるが、まさに酒のアテにちょうどいいということで、大喜びで注文してくれた。もちろん、頼むのは塩漬けだけではなく、他のメニューも注文してくれるので、忙しさもひとしおだった。

 そんな折、勢い良く扉が開け放たれた。

「はーい! いらっしゃいませ〜!!」

 料理の手を止めることなく元気良く声を上げて、現れた来客を迎えるが、そこにいたのは見知った顔だった。

「やっほー! エルちゃん、遊ぼ〜!」

「……」

 それは来客ではなく、フォルクローレ。本来ならフォルクローレも客かもしれないのだが、開口一番「遊ぼう」と言われては、客ではないと認定するしかなかった。

 あくまでも、「友人」の来訪である。

「あー! 何その顔! なんでそんな冷たい顔をしてるのさ!」

「あのさ、この忙しさ、見ればわかるよね。そもそもこの時間を狙ってくるんだから、わかってやってるよね? それなら、手伝ってよ。あとでご飯おごるから」

 フライパンを持ったままで軒先のフォルクローレに言い放つと、そのまま厨房に戻って行った。

「あー、エルちゃん、冷たい」

 こちらも表情を崩したまま、一言つぶやいただけで厨房に向かった。エルリッヒが忙しいのをわかって訪れたのは事実なので、言い返す言葉もない。

 しかし、まるでイベントだとでも言わんばかりに店内は湧き上がった。時折手伝いに現れるフォルクローレは、すでに常連たちの間では人気になっていたのである。

「フォルちゃん、また調合に失敗したんじゃないのか?」

「それとも、大口の依頼で大金でも入った?」

「いやいや、あれはきっと徹夜明けで何も食べてないんじゃねーかな」

 などと、客たちは口々にこの場に現れた理由を推測し合っている。錬金術士として職人通りで腕を振るっていることはすっかり知られているので、推測される理由もそれを考慮したものが含まれている。

 とはいえ、まだまだ調合に失敗して盛大に爆発することがあるため、相変わらず地域では変人扱いされているのだが。

「ねえエルちゃん、みんなひどくない? あたしのことなんだと思ってるのかね」

「好かれてるってことでしょ? ちゃーんと、錬金術士の事情も組んでくれてるじゃん。いい人たちだと思うけどねー。ほら、ヴァイツェンシュニッツェル完成。二番テーブルに運んでくれる?」

 会話をしながらも、手は止めない。できあがった料理をお皿に盛り付けると、カウンターに置いて指示を出した。

「はーい。ヴァイツェンシュニッツェルお待たせでーす」

 『竜の紅玉亭』を手伝うとき、フォルクローレの担当はもっぱらウェイトレスだ。彼女自身は料理がほとんどできないため、どうしても任せられるのはフロアーがメインになる。

 それでも、この忙しい時間帯にはどれだけ助かることか。当人も、不慣れな料理で足手まといになるのは嫌だと考えているため、この役割分担には大きな意味があった。

「お、ありがとう。旨そうだ! 今度、フォルちゃんの料理も食べさせてくれるかい?」

「えー? おじさん物好きですねー」

 テーブルでは、おじさんが何やら話している。料理を求められたフォルクローレの表情はまんざらでもなさそうだったが、あくまでも彼女は料理はしない。

 曰く、「錬金術でなら、パイだろうとケーキだろうと、色々作りますよ?」ということで、あくまでも『錬金術』を用いた調理(?)にしか自信がないのだそうだ。

 以前、錬金術で作った料理やお菓子を食べさせてもらったことがあるが、確かにそれは美味しかった。が、何かが違うのである。何か、形容できない違いを感じてしまった。

 それに、ここに大釜をしつらえて調合をやってもらうわけにもいかない。先のことはわからないが、あくまでも、ここは一般的な調理によって作られた料理を出す店なのだから。

「まーったく、時々いるよね、フォルちゃんの料理が食べたいって言う人。女の子がみんな料理上手だったら苦労いらないってのにねぇ」

「まずくてもいいんじゃない? それか、錬金術でこさえたやつを食べてみたいとか」

 一応、錬金術で作られた料理を食べることはできる。フォルクローレのアトリエに依頼を出せばいいだけなのだ。だが、一般市民にとって、錬金術士のアトリエに依頼を出す、という行為はまだまだ心理的なハードルが高いらしく、あまりその手の依頼は来ていないようだった。

「どっちにしろ、物好きな感じがするよ。はい、干し肉と塩漬け肉の盛り合わせとザワークラウト出来上がり。カウンター右端のお客さんに出して」

「はーい。お客さん、お待たせ〜!」

 軽快な動作で給仕をするその姿は、すっかり手慣れたウェイトレスのようだった。




〜午後〜



 いつものように昼の営業が終わると片付けや清掃、それに自分の昼食の時間が訪れる。今日はフォルクローレも一緒なので、少し楽しい。

 昨日は昼食を作るよりも前にお城から使者が来てしまったが、今日はそのような割り込みが入らないことを願いつつ昼食の準備をする。やはり、ここでもフォルクローレには手伝わせるような真似はしない。

 テーブルメイクやフロア清掃などを担当してもらうのが常だった。

「はーい、お待たせ〜。あり合わせお昼ごはんだよー。あと、昨日作った塩漬け肉と塩漬け野菜の盛り合わせもあるよー。たくさんあるからしっかり食べておくれ」

「おおーっ!! 相変わらず美味しそうだよ〜! 職人通りにも食堂はあるけど、エルちゃんの方が腕は上みたいだし、ここまで来る甲斐もあるってもんだよ〜!」

 ただ単に友達を持ち上げてくれているのか本当に自分の方が料理が上手いのかはわからないが、こうして持ち上げてくれて悪い気はしない。

 ついつい高くなりそうな鼻を抑えるのに必死だった。

「ま、まぁ? 伊達に長く生きてないし? 多少は上回ってないと、料理人として名折れじゃん? 努力だって欠かしてないし。こっちだって誇りを持ってフライパン振ってるんだし?」

「そうそう! ほんとそれだよ! それじゃ、食べよう食べよう!」

 言うが早いか早速小皿に取り分け、勝手に食べ始めている。

「あ、ちょっと! そんなに急がなくても……」

「いやー、待ちきれなくってさ。うん、ホント美味しい!」

 「美味しい」の一言がどれだけ励みになるか、きっとわからないだろう。これは、料理人だけがわかる強い思いだ。

「ありがとね。それはそうと、今日は何の用? ホントに遊びに来たわけじゃないよね? この後午後の仕込みがあるから、遊べないよ?」

「わかってるよ。ただ、知りたかったんだ」

 しっかりと塩味の付いた野菜を飲み込むと、急に真顔になり、エルリッヒの瞳を見つめながら呟いた。

「昨日、なんでエルちゃんが呼び出されたのかを」




〜つづく〜

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