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竜の翼ははためかない8 〜竜骨よりも堅いモノ〜  作者: 藤原水希
第一章 またまた来ました召集令状
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チャプター1

〜王都・コッペパン通り〜



 王都の南に位置するコッペパン通りは、名前の通り食堂やパン屋など、食に関するお店の多い通りだ。住人たちは連携を取り合い、強い絆でお互いの商売を支えている。

 『竜の紅玉亭』も、もちろんそんな輪の中にしっかりと入り込んでいた。魔族の襲来からふた月余り、都の北側はまだまだ復興のための建設ラッシュが続いていたが、被害が少なかった地域ということもあり、以前と変わらぬ賑わいを見せている。エルリッヒは、意外なほど客足が変わらないことに少し戸惑いつつ、それでも忙しいのはいいことだと自分に言い聞かせ、くるくると働いていた。

 未だ、”人間ではないこと”でいつか迫害される日が来るのではないか、という不安を拭い去れないでいた。だから、忙しければ忙しいほどそういう不安を忘れていられるのだ。一人になってしまうと不意に去来することもあったが、それでも、閑古鳥が鳴くよりはよほどわずかな時間で済んでいられた。

 それに、客足が途絶えないのは、それだけ街の仲間として認めてもらえている証拠でもある。そう思えばこそ、危ういバランスに立っている心の有り様を、前向きな方向に傾けることができていた。

 つまり、『いつも通り』が、とっても嬉しかったのである。


 けれど、中には『いつも通り』とはいかない相手もいるようで……

「いらっしゃいませー……なんだ、二人か。しばらく来ないから見限られちゃったのかと思ってた」

 来客に思い切りの営業スマイルを向けて出迎えた直後、愛想のない表情に切り替える。やってきたのは、ゲートムントとツァイネの二人だった。

 先日も1ヶ月近く顔見せていなかったが、それからまた1ヶ月ほど空いていた。やはり、来店頻度が以前よりはるかに少ない。他の客ならよそよそしさを感じてしまうのだが、さすがにこの二人に限ってそれはないだろう。だから、鎌をかける意味でも、冗談めかして素っ気ない態度を取ってみた。

「ちょ! ちょっと! 俺たちに限ってそんなわけねーじゃん! 他のお客さんが減ったらちゃんと説明すっから!」

「そうだよ! そんな冷たい目をしないでほしいんだけど!」

「その言葉、信じられる? なーんてね、大丈夫だよ。なんかまた事情があったんでしょ? ゆっくり聞かせてもらうから、入って入って」

 本当に、常連のこの二人が来てくれて、嫌なわけがないのだ。再び笑顔を作り、店内に招き入れる。混んではいるが、相席ならどうにでもなるだろう。

 適当な席に座ってもらうと、再び接客に戻る。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「で? 今回はなんでご無沙汰だったの? 事と次第によっちゃ、私は悲しみの涙を流します」

 お昼の営業が終わり、お客が全員帰った後、片づけをしながら残っている二人に問いかけた。二人には、せっかくなので店内の清掃を手伝ってもらうことにした。まかないを作って食べ、夜の仕込みまでのわずかな時間はとても貴重な休憩時間なのだ、そこに踏み込む以上、たまには手伝ってもらっても天罰は下るまい。

 突然の質問に、二人は手を止めてしまった。驚きのあまり、エルリッヒに詰め寄る。

「ちょっと、何言ってんの! いつもの修行だよ、修行。行くとなると1ヶ月くらいかけて色んなところを回るんだよ。前にも言ったけど、俺たちあの戦いで自分の無力さを痛感しちまったからな、もっと上を目指さなきゃって思って。幸か不幸か、ちぃっとずつ外の魔物や獣も強くなってきてるし」

「ということで、俺たち前よりはまた強くなったよ! それと、今日来たのはそれだけじゃないんだよ! エルちゃん、俺たちが思ってるよりもずっと長く生きてるんでしょ?」

「そりゃ、まあね。具体的な年数は教えないけど」

 急に男達の目が輝きだしたのを、エルリッヒは見逃さなかった。だから、ついつい身構えてしまう。

「な、何? 私が長生きしてることが何か関係あるの?」

「いや、そうじゃなくてさ、こいつがエルちゃんに色々訊きたいって言い出したんだよ」

「だって! すごいことだよ! 俺たちが生まれるよりずっと前からのこの世界を知ってるんだ! 魔王がいた時代、みんなが魔法を使えた時代、勇者が冒険してた時代、魔王が倒されてから今まで! おとぎ話でしか知らないような世界をその目で見てきたんだから、こんなにすごいことはないよ! だから、色々教えて欲しくて!」

 そういうことか、と納得する。確かにエルリッヒは今この地上で暮らす全ての人間よりはよほど長くこの世界にいる。竜人族の古老にはもっと長く生きている者もいるかもしれないが、決して身近な存在ではない。古い話を聞きたいと思う者が現れても不思議はなかった。

 だが、よりにもよってその相手がツァイネだとは。

「う〜ん……」

「やっぱ、嫌だった? 無理にとは言わないけど……」

「ほら、エルちゃん腕組んで考えこんじまったぞ? 俺が言うのもなんだけど、そういうのはデリカシーってやつじゃないのか?」

 二人は好き勝手言っているが、いいとか悪いとかの話ではなかった。

「いや、あのさ、ものすごーく地味な話だから、ツァイネの知的好奇心を満足させる自信がない」

「い、いや、それでいいから! 何か教えて欲しいんだけど! ダメ……かな」

 時に力強く、時に控え目に懇願される。こんな態度を取られては、断るに断れない。本当に、語りたくない過去があるわけではなく、ただただ地味なだけなのだ。

 この世界に長くいるだけの小娘の話など、参考になるとは思えない。それでもいいと言われればそれまでなのだが、がっかりされるのも悲しい。

「本当に、地味な話だけど、それでもいいの?」

「もちろん!」

 伏し目がちに聞いてみるが、やはりツァイネの返答は変わらない。これはもう、腹をくくるしかない。少々大袈裟だが、そう心に誓った。

「じゃあ、何の話から訊きたい? 当たり前だけど、私が知らないことは答えようがないからね?」

「わかってるよ。それじゃあ最初は……魔王! 魔王が倒された時のことを教えて欲しいな!」

 まるで小さい子供のようにキラキラとした表情で質問してくる。そうなのだ、この幼子のような一面を持ち合わせているのが、ツァイネなのだ。いくらか大人びて見えるゲートムントと違い、どことなく可愛い。

「魔王が倒された時、ねぇ。ちょっと待って、今思い出すから」

 腕を組み、過去の記憶を必死に辿る。あの時、自分はどこで何をしていたっけ。そして、周囲の様子はどうだったっけ。人間よりはるかに長く生きている分、いろいろなことを経験し、記憶してきた。けれど、人間より記憶力がいいかと言われれば、それは人並みとしか答えようがない気がしている。

 それでも、訊いてくるのは印象的な出来事が中心だろうから、まだ思い出すのは楽かもしれない。

「あの時、あの時私は森の奥の農村にいて、畑作と料理を学んでたんだよ。そんな村だからね、魔物が襲ってくるよりも獣が迷い込んじゃうことの方が多かったくらいで、魔王討伐の報せが届いたのも、結構後になってからだったと思うよ。お城の兵士が全ての町や村に、魔王討伐の話を伝えに来てたんだよね」

「へ〜、そりゃすごい! ちなみに、伝説の勇者様御一行を見たことはあるの? それと、その村って、どこの村? ここから簡単に行けたりする?」

 やはり来たか。一つ教えてあげれば、そこから派生していくらでも質問事項が浮かんでくるのに違いないと思っていたが、予想通りだった。

 少なくとも、自分が同じ立場でも質問攻めにしているだろうから、これは妥当な行動なのだ。それに、勇者の話が出れば、ゲートムントも少しは興味を示すに違いない。さっきまでの眠そうな表情が、今は違って見える。

「なーんにもない田舎町には、勇者なんて時の人は来なかったよねー。正直、見たことのない人の方が多かったと思うよ? そこはほら、今回の魔王復活で勇者の末裔って人が討伐に立ったって噂があるから、二人なら会えるんじゃないの? 王様にお願いするとか、何ならこの国に来た時に仲間に加えてもらうとか。っとと、話が逸れた。その村の今の話だったね。少なくともこの国じゃないから、今も残ってるのかどうかは、わからないねー。もし現存してても、当時の知り合いはみんな死んじゃってるから、訪ねたところで悲しくなるだけだけど。とりあえず、こんなところでいい? 納得してくれた?」

「うん、とっても興味深いよ。それじゃあ、次の質問なんだけど……」

 ますますキラキラと身を乗り出して次の質問を投げかけようとしたその時、ドアをノックする乾いた音が響いた。

「ん? お客さんかな。ちょっと待ってて」

 音の様子からすると、ドアの向こうにいる相手は鎧を着ている。なんとなく、嫌な予感がする。

「はーい」

 とはいえ、それを気取られるのも癪だ。努めて明るく返事を返した。とりあえずこれで不在ではないことくらい伝わるだろう。

 少しだけドアを開けると、そこにはお城の兵士が立っていた。案の定、である。

「あの、なんでしょう……今は営業時間外なんですけど」

 体を半分だけ出して応対しつつ、外の様子を伺う。兵士は全部で五人。なにやら豪奢な馬車も停まっている。もしかしたら、身分の高い人がいるのかもしれない。

 だとしたら、何の用だろうか。この間みたいに、一部の貴族連中が又しても捕らえようとしているのか。それとも、王様の気が変わったのだろうか。

 ついつい、眉間にしわがよる。

「竜の紅玉亭店主、エルリッヒ殿ですね? 国王陛下のお召しです。お城に来ていただきます」

「あー、やっぱりそういうことですか。……はぁ」

 またこのパターンかと、呆れ半分のため息が出た。平穏な日々は、またしても崩されそうになっていた。




〜つづく〜

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