第1話
唐突ですが、私には前世の記憶があります。
私の名前は 坪井 花 。高校2年生の普通のJKでした。
そして、私には幼馴染みであり、彼氏でもある 佐藤 隼人 という大切な人がいました。
今も信じがたいことですが、私と隼人はある日、何の前触れもなく事故に巻き込まれました。トラックがガードレールを壊し、壁際に避難した私たちに迫り来た時、彼が庇ってくれようと、私の前に立ってくれたところまでは覚えています。
しかし、それから先が一切思い出せません。その時に死んでしまったからでしょうか。
死んだはずなのに、ふと目を覚ますと私はキトンを着ていて、頭には月桂冠をかぶっていました。
容姿はまったく変わらないのに服装が変わっただけでやけに神秘的な雰囲気を醸し出していて、まるで“女神様”のような姿をしていました。服装よりもそもそも、なぜ泉に足を浸けたまま草の上に直接横になっていたのか理解が出来ませんでした。
私が一人で混乱していると、ふわっと空から羽が落ちてきました。不思議に思い空を見上げると、綺麗な青空に一人の天使がふよふよと浮いていました。
「!?」
「あっ、ようやく起きられましたか。おはよーございます!女神様!」
中性的な格好に、中性的な髪型に中性的な声。
えっ、男?女?
「ちょっとスルーですか!?」
私はブンブン首を振り、口を開けて首を手で触る。
「ん~?あ、女神様の髪の毛ってとても長くて綺麗ですよね!いいなー」
そんな感想は今は求めていない。それよりも声が出ないのだ。再び同じジェスチャーをする。
「あっ!お腹が空いたんですか?」
違う。そろそろ分かれよ。
「でも、女神様って空腹を感じないんじゃ…」
もう諦めようかな。
「ん~…あっ!そうだったそうだった!女神様にお届け物があります!」
天使はにっこりと笑って一通の手紙を渡してくれた。警戒しながらも手紙を開いてみた。
【拝啓 坪井 花 様
突然だが、私は神だ。
君は前世では交通事故で死んでしまったようだな。可哀想なものだ。君のような純粋で心の綺麗な子は女神に相応しい。
よって君を全てを知る女神。すなわち“全知の女神”とする。そして、君は“次期神候補”だ。君の泉や近くの教会に訪れる者の願いを叶え、いずれ神となってくれることを願う。
期待しておるぞ。
P.S.泉から離れるとどんどん体調を崩すから気を付けるように。あと、泉が今日から君の家だから。水の中でも息はできるし、髪や服も濡れぬぞ。安心して過ごすように。】
………は?
いやいやいや……え?
「女神様~?大丈夫ですか?」
フリーズしている私にこの天使は能天気に話しかけてきた。
私は天使の方をじっと見た。
天使は?マークを浮かべる顔をしたあと、にっこりと再び微笑んだ。
「ええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
遠くの方で鳥が飛び立つ音した。
「女神様、動物たちが驚いていますよ。もうちょっと声量を…」
「女神!?私が!?」
「はい。」
「そんなこと言われて大人しく出来ると思う!?」
「大人しくも何も、女神様は女神様ですし。」
「テンション下がったわね。」
「まぁ、そりゃあ…」
とりあえず、落ち着くためにも天使から話を聞くとこにした。
「ねぇ、貴方の名前は?」
「あっ、自己紹介がまだでしたね。私の名前は ニアス です!ここの地域の人々の願いを女神様の元へ届けるという役目を神様から頂きました!私のことは ニアス とお呼びください!」
「あぁ、うん、分かったわ。私は…」
「おおっと!駄目ですよ!」
ニアスは自分の口元に×印を作った。
「女神様は女神様です!名前はありませんから!」
「えっ、いやでも…」
「“全知の女神” これが貴方様の名前であり、位です。」
有無を言わさない強さで言われた。
触れてはいけない雰囲気だし、ここはひとまず引こう。
「あと、女神様は基本敬語です!先ほどまで心の中で考えていたことが敬語になっていたようですが、出来れば外に発する言葉を敬語にしていただけると有り難いです!」
こいつ…心を読めるのか。
ま、いいや。
「では、1つ質問を。なぜ私は先ほど声が出なかったんですか?」
ニアスは私の変な敬語に少し眉を寄せはしたものの、意識を改めたことに納得してくれたようだ。
「それはただのバグです!」
「バグ?」
ゲームやコンピューターを扱う時にしか聞かない言葉だ。
首を傾げる私にニアスは誇らしげに説明を始めた。
「転生直前__本来でしたら女神様になる直前に悪くした部分が上手く引き継がれないことがあります。足を怪我したら足が動かなかったりと。」
「女神様になる直前って、他の女神たちは私みたいに死んだらなる訳じゃないの?」
「正確には、本人に確認をとった上で トリップ という形で女神様は誕生します。ただ、貴方様の場合は若くして事故死で生涯を終えてしまったことを神様が悲しみ、今世は幸せに暮らして欲しい、という願いの元、今回のようなレアケースとなっております!」
要するに、私の場合は最後に喉を怪我した為声が出なかったが、根性で出したと。
あと、私はレアケースでここに存在している。
じゃあ、隼人は?
「ねぇ、ニアス。」
「はい!」
「私と一緒に亡くなった人もいるはずよね?」
「えっ?いや……いませんでしたが…」
「……は?」
隼人は確かに前に立って私を守ってくれた。
守られていた私が死んでいるのに隼人が生きているはずがない。
心配そうにこちらを見つめるニアスに「大丈夫よ」とは言ったものの、私には不安が残った。