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のほほん村人ライフ①~水ってなんで凍るの

 朝目覚めると身体中の痛みですぐには布団から起き上がれなかった。


 先日、扉を蹴破ったり、丘を登ったり、走り回ったりと慣れない運動をしたせいで全身筋肉痛だった。

 しかし、今一番痛むのは左頬だ。

 あの日、本来の目的であった借金返済のことなどすっかり忘れ、自分達が1つの村を救ったという、なんとも言いがたい満足感に酔いしれながら布団に埋もれていた。


 そのあとのことが走馬灯のように浮かんでくる。実家にやってきた借金取りにおかんが対応。その夜、親父襲来。僕に右フック、右フック、右ストレート。


 結局、両親に借金を肩代わりしてもらった。

 親父の昔のツテとやらで理不尽にも膨大に膨れ上がっていた借金は利息なし、借りた分だけ返せばいいということに収まったらしい。親父やるなぁ。


 ただ借金返済の肩代わりする代わりに、僕の自立という条件を言い渡された。要は実家を出ていけということだ。


 猶予を1ヶ月もらった。金はない。しかし、行き先は決めていた。


 物置小屋を抜け、あの日駆け抜けた埃小屋へと向かった。まずは掃除からだ。埃の絨毯は拭き応えがあった。

 蹴破った扉から光が射し込み、小屋の内装を照らし出す。そこは高校の実習室の一角を思い出した。大きな作業台があり、そこにフラスコやビーカーなどが無造作に置かれている。壁際の棚を見ると、薬品の入ったビンがきれいに並べてあった。それぞれラベルが貼ってある。HCl(塩酸)H₂SO₄(硫酸)NHO₃(硝酸)など、学校に置いてあるようなものは全て置いてあった。

 少し気になる点もある。この小屋に置いてあるもの全てに言えることだが、劣化が少ない。

 ここに溜まった埃の量から考えると何年も放置されていたはずなのに、埃を払ったら新品のような輝きを見せる。これも魔法の力が働いているのだろうか。


 こうして小屋の掃除をしている間にも毎日村に顔を出していた。初めは辛かった村への道のりにも次第に慣れ、鈍りきっていた僕の足にも力が入る。そうしてわかったことがいくつかあった。


①この世界は僕の生きてきた世界とは違う場所にあり、なぜか実家の物置小屋と繋がっている。

②この世界では皆魔法を使えて当たり前。(僕とマリー以外)

③魔法で出せるもの、操れるものは大きく分けて4種類。出せるもの→火、水。操れるもの→土、風。

 などなど。



 過去、就職活動にて全敗中だった僕だがこの村ではすぐに仕事が決まった。

 マリーからこの前の出来事を聞いた両親が僕に家庭教師を依頼してきたのだ。

 魔法は教えられないが、前回、マリーは化学式を教えただけでそれを作り出した。この村の人たちは化学という言葉すら知らないようだったので、この仕事は僕にしか出来ない。そんな使命感が初めて僕のなかに生まれた。

 何より、これでマリーと一緒にいられる口実が出来るのだ。



 「さて、始めよう」

 「はいっ!先生っ」

 ビシッと手を上げるマリー。先生という立場になった僕に敬語を使うようになった。ダメ口も捨てがたかったのだが。


 「昨日の原子と分子の話は覚えてる?」

 「はいっ!すいへーりーべ~~~」

 

 まずは、皆が使える魔法を彼女にも使わせてあげたい。しかし土や風を化学式で表すのは無理がある。まずは水から教えよう。


 テーブルを挟んでの勉強会に区切りをつけ、実習と称し訓練場へと足を運んだ。高い石壁に囲まれ、自然豊かな村のなかで唯一異様な雰囲気を醸し出していた。

 中では魔法が飛び交う。小さな火を一生懸命出している子供。水を自在に繰り出す男など、何人もの村人がいた。その様子を隅で眺めていた村長がマリーに気付きこちらをじっと見つめている。「魔法ではない」その言葉が頭をよぎった。


 地面にH₂O()と書きこれが水だとマリーに教えると彼女は嬉しそうに言う。

 「水素と酸素の化合物ですね!」

 「よくできました」

 

 確かめるように自分でも地面にH₂Oと書き、手をつき出した。


 手から水が吹き出し、30メートル先まで届いた。先程、水を繰り出していた男と同レベルと言っていいだろう。

 

 しかし、これがマリーの全力ではないことを僕は知っていた。


 (2H₂+O₂→2H₂O) 

 今度は反応式を書き、説明をする。

 マリーが手をつき出す前に、男が近づいてきた。

 

 「マリーのくせにやるじゃん」

 先程の男だ。名はケンタというらしい。男としては小柄なそいつはマリーと同い年で、ことあるごとにマリーをバカにしてきていたらしい。


 「じゃあ、これは出来るのかよ」

 ケンタはそういうと氷を繰り出した。手から出た冷気が一度地面に落ち、這うように進み最後は地上に見事な造形物を出現させた。勝ち誇ったようなケンタの顔がこちらを向く。かなり高度な魔法なのだろう。


 さて、この喧嘩を買ってやろう。マリーは別に気にしている様子はないが、僕は許さない。

 

 物質の三態についてもマリーには教えてあった。

 「あれは水が凝固したものですか?どうすれば…」

 

 常温で水を凍らせる方法は無くはないのだが、マリーの場合別に水を凍らせる必要はない。常温で凍るほど融点の高い物質を出せばいいのだから。


 例えば純度の高い酢酸(氷酢酸)の凝固点は16.7℃。冬場なら過冷却により液体であるが刺激を与えると一瞬で凍る現象が起きる。

 そこで、酢酸ナトリウム水溶液を作り出すことにした。

 

 (C₂H₃NaO₂)(H₂O)

 

 マリーが両手をつき出すと、液体が吹き出した。液体は刺激を受け一瞬で凍りつきこちらも見事な造形物を作りだした。ただ、この氷は冷たくはない。


 「ふん」と鼻を鳴らしケンタは去っていった。マリーは今日地面に書いた文字をメモ帳に書き残している。


 その様子を見ていた僕は村長がすぐそこまで来ていることに気づいていなかった。

 村長は僕の耳元で呟いた。

 「あとでわしの家に来なさい」


 

 マリーを家まで送り届けた頃には外は薄暗くなってきていた。

 村長の家は村の最北にあった。あの人は、きっとなにか知っている。

 ノックをして中に入ると薄暗い部屋の中、小さな炎に赤く照らされた白髭の村長が鋭くこちらを覗いていた。

 

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