始まる前の物語
その日、僕は実家の物置小屋を物色していた。祖父が亡くなって以来誰も寄り付かなくなった小屋は埃やクモの巣だらけで入りたくもなかったが、なんとか明日までに借金を一部返済しなければならない。
しかし探しても探してもガラクタばかりである。お宝がなくても、祖父のへそくりくらい出てくるんじゃないかと期待していたが出てくるのは古い教科書のようなものやノート。ボロ切れと化した洋服など、一円にもならなそうなゴミばかりである。
奥まで進み諦めかけたとき、目の前に扉があることに気づいた。クモの巣でわかりにくくなっていたが、明らかに扉だ。取っ手がある。
裏口なんてあったかなと不思議に思ったが一刻も早く外の空気を吸いたかった僕は迷わず扉に手を掛けた。
この時、扉の先に別の世界が広がっていて、僕の人生を180度変えてしまうなんて知る余地もなかった。
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僕こと、須藤茂介は今年30になる痩せ型非力な男である。
この日、僕は残り僅かになった20代をいかにして過ごすか考えていた。
候補①金持ちになりたいな…。ギャンブルしかないか。
候補②彼女が欲しいな…。彼女いない歴=年齢という不要な経歴を消し去りたかった。
中学生の時、進路なんてなにも考えず唯一の友人だった男に誘われ、なんとなく工業高校の化学科に進んだのが運の尽き。
そこに待っていたのは男、男、男。密かに思い描いていたスクールラブ要素は何一つなかった。
元々化学への興味もなかった僕は、つまらない高校生活を送った。友人もできなかった。
僕を化学の道に引きずり込んだ唯一の友人はというと、受験に失敗し私立の普通科の高校に入り、入学初日に女子と「おはよう」という会話をしたと嘯いていたので絶交してやった。
文字通り僕はぼっちになってしまった。
相変わらず興味はなかったが試験を受けずに推薦で入れるというので大学も化学を専攻することにした。
なんとか卒業はできたが就活は全滅。仕事が決まらないままバイトを転々とし、生活していた。
そんな20代最後の目標は少しでも可能性のある「候補①金持ちになる」に決定した。
それがいけなかったのだ。元々僅かであった収入は全てギャンブルで使いきった。
まずは近所のパチンコ屋に入ってみた。よくわからないまま玉を打ち出すと、よくわからないまま当たっていた。
「楽勝じゃん」
これが罠だと気づけるはずもなく。自分の生まれ持った才能なのだと信じ込む。
その日の勝ち分は次の日には消え、その次の日には財布が空になっていた。
次に手を出したのは競馬だ。こっちの方が一攫千金の可能性がある。夢を買っているのだと自分を説得しお金を注ぎ込んだ。
貯金も底をつくと親の金にも手をつけ始める。のめり込めばのめり込むほど見境がなくなり、親にバレる頃には危ないところからお金を借りた後だった。
実際に借りたのは10万程だったと記憶しているが、請求が来たとき0が1つ増えていた。
そんなバカな話があるかと文句を言いに行ったが当然ボコられ脅された。…0がもう1つ増えてしまった。
親の金に手を出したことは親父にこっぴどく怒鳴られて終わったが、この借金のことがバレたらいよいよ絶縁されてしまう。ホームレスとして生きていく自信はなかった。
祖父が生きていたらきっと僕のことを庇ってくれただろう。
そんなことを考えていたとき、あの物置小屋のことを思い出したのだった。