王道パターンで転生することになりました
大学を卒業して就職。だが職場の人間が余りにも働かなさすぎるクズっぷりを見事に発揮してくれちゃって、その尻拭いやらなにやらをやっていた俺はある日突然倒れた。
そしてそのまま死んだ。
享年二十八歳。三十路手前、未婚、彼女なし。大変つらい。
何が悲しくてやりたいことをほぼ出来ずに死ななきゃいけないんだ。しかも、あんなクズの皆さんのために。俺の人生はそんなもののためにある訳じゃないはずだろう。と、めちゃくちゃ恨み辛みを垂れ流したのだが、蘇生できるわけもなく俺は空へと登っていったとさ。完。
『うんうん、しんどい第一部だったね。それじゃあ楽しい第二部いってみようか』
お空を登りきると、俺の目の前にスーツを着た眼鏡の冴えないおっさんが現れた。
誰……。
いや、なんとなくこの展開は知っている。これはアレだ、社畜し過ぎて過労死した哀れな主人公を神様が異世界に転生させてくれる感じのやつだ。そういうの、何冊か読んだぞ。割と好きだった。
『えー? なんだ、物分かりがいいじゃないか。そういうことだ。哀れな君に幸せな第二の人生を謳歌してもらおうと思ってね』
ナチュラルに心を読んでくるおっさん。
あ、本当にそのパターンなんだ、と思うと同時に、なんで神様が冴えないおっさんなんだと突っ込みたい気持ちが沸々とわいた。こういうのって女神様的なおっぱいの大きいおねーちゃんとか、無駄に神々しい光を放つ人物とか、最早姿が見えなくて世界の声的なのが導いてくれるとかじゃないの?
『そういうのでもいいんだけどさぁ……それよりもほら、元の世界に馴染みのある姿の方が落ち着くじゃない? 僕としてはリラックスした状態での希望を聞きたいんだよね。後々『こんなはずじゃなかった!』とか言われても困っちゃうしさぁ』
な、なるほど……神様も神様で苦労してるんだな……。見た目が冴えないおっさんのせいで余計に同情心がわいてしまう。上司に理不尽な思いさせられてないか? 大丈夫か?
『わはは、自分が他人のせいで死んだって言うのに、他人に気を使うなんて君は随分とお人好しなんだねぇ。心配されて悪い気はしないけど、君のそういうところが君自身を潰してしまったんだよ? ……ま、それは君の長所でもあるからね。あんまり咎めるのもよくないね。
それじゃあ、本題に移ろうか。君はもう理解してくれているけど、これから君には異世界へ転生してもらう。で、その転生に関して君の要望をできる限り聞いてあげるからなんなりと言ってくれ。そのために僕は君と話しているんだ』
ふむ……異世界への転生に関する要望か……。
漫画だとありきたりなのが不老不死だったかな。確かに、夢半ばで死ぬ心配がないのは嬉しいよな……。
『ふんふん、不老不死ね。オッケー』
え、軽ッ!
そんなノリで要望叶えた転生になるのか!? こりゃあ迂闊なこと考えられないぞ……下手すると『僕の考えた最強の勇者』が誕生してしまう。それだけは絶対に避けたい……。
でもそう考えると難しいな……要望って言われても分からんし。というか、これが実際の出来事なのかも分からんし。異世界転生ってワード自体が信憑性無いんだよなぁ……。
だけど本当の本当に異世界転生を果たしてしまうのだとしたら、絶対に避けたいことが一つだけあるな。
「世界を救うとか、なんか悪いやつと戦うとかそういう展開は絶対に要らない!」
誰かを守るために命を賭けるとか、この最強の力を振るって云々とか、そういうのは娯楽として読んで楽しむからいいのであって、自分がそうなるのは絶対に嫌だ。早々に第二の人生を終わらせたくなると思う。
『声が出るほど嫌なんだね。分かったよ。じゃあ君にはスローライフを送ることができる世界に転生させてあげよう。あとはそうだな、戦わなくとも鍛えられる身体にしてあげよう。君自身が戦いたくなかったとしても、そういう世界である以上やっぱり戦いは起こるかもしれない。そういういざというときに力は必要になると思うからね』
ほう……。中々親切な神様だな。転生してからの俺のことまで考えてくれるのか。
でも戦わずに鍛えるってどういうことだ? 筋トレすればめちゃくちゃ強くなれるってことか?
『これ以上は今の君に聞いてもダメかな。疑問ばっかり浮かんじゃうし、サプライズがないとつまんないよね。転生前の君の要望から良さげなのを適用しておくよ』
なにやら恐ろしいことを言うおっさん。
ちょっと待て、生前の俺の要望ってまずどんなのだ。ロクなのないんじゃないのか? ハーレムは要らないぞ! 修羅場はごめんだからな!
『さて……そろそろ君は転生するわけだけど……まだ実感もわかないだろうし、転生したあとも何をしたらいいのかわからないだろうから、ちょっとだけアドバイスをしておこう。
君がこれから転生する世界で、君は『キョドノ王国』という国で暮らすことになる。ああ、勿論出たかったら出てもいいんだけどね。
その国には僕のお気に入りの人物がいてね……名を『フィンス・ヴァルツェ』と言う。物凄く面白い奴だし、出会って損はないだろうから、もしこれからの長い人生の中で気が向いたら彼を探してみてくれ』
フィンス・ヴァルツェ……。
人の名前を覚えるのは苦手だけれど、頑張って記憶の片隅には残しておこう。神様がイチオシするんだ。相当面白いのだろう。
おっさんが言い終わると、徐々におっさんの姿が薄く、周囲の白い光が強くなっていく。最後に『良い旅を』手を振るおっさんの姿が見えて、俺は一度意識を失った。
目が覚めると俺は森の中にいた。
木漏れ日が射す気持ちのいい森だ。どこからか鳥のさえずりも聞こえてくる。
立ち上がって周囲を見回してみると、背後に大木があった。そして、その木には扉と窓、それから外階段がついている。どうやら家になっているようだ。
家の扉に近付くと、貼り紙が目に入った。そこには『今日からここが君の家だ』と書いてあり、あのおっさんからのプレゼントだということがすぐにわかった。本当に気前のいい神様だな。
俺の家だというので遠慮なしに入ってみる。中にはキッチン、テーブル、椅子、棚、ベッド、鏡が揃えられていた。これ以上のものは自分好みのものを自分で揃えればいいのだろう。別になにもしなくても暮らせるという点が最高だ。キッチンの奥にはまだ扉があるので、そこにいけばもしかしたら水回りも完備されているのかも知れなかった。
「さて……」
家具をなんとなく眺めながら、俺はベッドの横に置かれた姿見の方へ向かう。まだ自分の姿を見ていないのだ。手足があるので人間であることは間違いないと思うのだが……。
「……耳?」
鏡に映った自分の姿を見てみる。
銀色の肩ぐらいまでの髪。髪と同じ色をした三角形の決して人間のものではない耳。金色の瞳。女の子らしい顔つき。服に隠されているが、ほんの少しだけ存在を主張する胸。尻の辺りから生えた髪と同じ色のフサフサの尻尾。
「人間じゃないーッ!?」
人型だけどどう見ても人間じゃない。口をあけてみると犬歯が発達して牙のようになっていた。八重歯がチャームポイント、とかいえばいいのだろうか。
っていうかそもそも女になってる! 俺!
なんとなく股間を探って胸を揉んでみたけど明らかに女だった。なんてこった!
彼女が出来るどころの話ではなくなってしまった! でも嬉しい! 生まれ変わったら女になってみたかったので悪い気はしない。でもナンテコッタ!
「まあ……いいか……」
総合的に可愛かったので文句はなかった。ビックリしたし、俺は一体なんの種族になったのかという疑問が生まれないでもないが、まあ大して支障は出ないだろう。戦わないでいいわけだしな、俺。
さて、容姿の確認が済んだわけだし、次は能力の確認か? 家の中でやるのは万が一が怖いので、家から出て試してみよう。
とはいえ。
「魔法が使えるかどうか以前の問題だったわ……」
魔法ってどうやって使うんだろうか……。
折角の異世界だし、なにか簡単な魔法でも試し撃ちしてみようと思ったわけだがやり方がさっぱり分からなかった。漫画のようにはいかないな。
魔法がダメならあと試せそうなのは身体能力か?
「よっ」
軽く跳んだ後に跳躍。壁ジャンプをイメージして、近くの木を蹴りさらに上を目指してみる。高校のときにやってみたことがあるが、二回目で上手くいかなかったのをよく覚えている。
「っほ? ほっ! ほぉッ!?」
が、ここは異世界。驚くほどに身体が軽い! めっちゃ動く! 壁ジャンプも何のその!
気づけば俺は木の天辺に登っていた。決して低い木じゃないんだけどな。
登ってみたら次は降りなければ話にならない。ちょっと、というか大分恐怖心があるが、俺には不老不死があると心の中で言い聞かせながら地面に向かって飛び降りる。
「おッ!? おぉ……」
飛び降りる最中で俺はいつの間にか空中で一回転を決め、その後綺麗な着地を決めていた。体操選手に負けてない身のこなしだな。
「……いいな、異世界……」
予想を遥かに越えた身体能力の高さに感動する俺。正直、この身体能力さえあればどうとでもなるんじゃないか? 何て思いながら、俺は異世界での暮らしをスタートさせることにするのだった。
さ、まずは食料を探さないとだな……。