最後まで油断しない
体を動かすから程々に腹を満たし、お茶を飲んで一息ついたところで魔物を発見する。人間大の鎌切に似た魔物で、堅そうな緑の甲殻で全身を覆い、二本の鋭い鎌を持っている。どうやらあちらも食事中だったみたいだ。
両鎌で死体を持ち、頭からムシャムシャ食べている。
食事中だろうと関係なくやらせてもらう。剣を抜き、右手に片手剣、左手に短剣を持ち一気に鎌切との距離を詰める。幸いな事に鎌切は後ろを向き食事に夢中だ。
気付かれる前に終わらせるべく剣を振り上げた瞬間、鎌切の体が捻じ曲がり目が合った。構わずに剣を振り下ろすが、何かに弾かれてしまう。短剣で追撃の突きを放つが、また弾かれてしまう。しかし、二度目は短剣を弾いた瞬間が微かに見えた。鎌を目にも止まらぬ速度で振るい闘真の剣を防いでいるのだ。
想像以上の速さに一旦距離を取りたいところだが、それは愚行だろう。今、鎌切は体を捻じ曲げた不安定な体勢で鎌を振るっているのだ。距離を取ってしまえば、折角のチャンスを棒に振るう事になる。
残念だが、このままやり合うつもりはない。見えない程の高速の斬撃を相手にまともにやり合えば負けが目に見えている。
今、鎌切は左に体を回して後ろを向いている。流石に体を捻じって一回転することはできないだろう。だからそこにつけこむ。
片手剣と短剣で体を守りながら、斜め右に踏み込んで行く。そうはさせじと鎌切が鎌を振るう。顔や腕を裂け血が飛ぶが致命傷ではないならいける。右に回り込むとそれ以上は体が曲がらないみたいで、攻撃が一時的に止む。
千載一遇の好機を見逃さず、体を回転させる鎌切の背に抱きつくように飛びつく。鎌切が次の行動に入る前に左手に握った短剣を、唯一甲殻の無い首に一気に突き刺し、その細い首を刎ね飛ばす。
首から黒い煙を噴き出す鎌切から離れて、片手剣を鞘に納めようとした時、何かが閃き、反射的に体を庇うように剣を動かす。剣に衝撃が襲いかかり、手から離れ剣が飛んでいく。
前を見ると、鎌を振り上げた首のない鎌切がいる。その鎌はまるで死を宣告する死神の鎌のようだ。闘真が短剣を構えるより早く、死神の鎌は闘真の命を刈り取るのがわかる。
死を間際にして、後悔が残る。戦いの果てに死ぬのはいいが、まだ敵が死んでいないのに戦いが終わったと油断して殺されるなんて格好悪い最後は嫌だな。まだ、楽しい事はこれからだっていうのに、こんなところで死ぬなんて本当に情けない。と思っても既に自分にできることは残されていない。
ゆっくりと迫る鎌が、首に触れ、表皮を裂き、刃が肉に埋まっていく瞬間――
鎌切の全身は、鎌は、黒い煙となって消えた。
「………………」
恐る恐る首に触れると、皮膚の肉の感触を感じる。首はちゃんと繋がっている。傷も浅く血が少し流れているだけだ。
「はぁ――――……」
大きく息を吐くとその場に胡坐をかいて座り込み、両手を後ろについて空を見上げる。霧が晴れてどこまでも青い空が続いている。しばらくそのまま、ボーっとする。
不意に上体を起こし、立ち上がると、気合いを入れるように掌に拳を叩きつける。
「反省することはあるが、終わり良ければ全て良しだ。一度だけの人生楽しんでいかなきゃな!」
前向きに行こうと決め、戦利品を確認する。刃渡り一メートルちょいある長剣だ。
<中級>
敏捷 +35
耐久 +10
桐島闘真
筋力 58
敏捷 82
耐久 37
魔力 0
やっぱり中級はあるか、でも上級じゃないんだな。耐久が初めて上がった。体が丈夫になったのか? あまり実感がないけど。
上がっているのを見ると、魔物を倒していけば確実に強くなっていくんだなあと改めて実感する。だからといって、確実に勝てる魔物だけを狩るんじゃ面白みに欠ける。
やっぱり、勝てるかどうかわからない敵との命の取り合いこそが刺激的で面白い。だが、死ぬのだけは勘弁してほしい。死んだら何も楽しめないからな。
鎌切にやられて血を流しているのを放置するわけにもいかないので、近くの家に入って救急箱を見つける。軽く治療をし、包帯を巻いておく。剣を振り動き回っても多少痛むだけで、動きに支障はない。
左腰に長剣、右腰に片手剣、後ろに短剣差している。
このまま武器が増えていったら、ベルトに差しておけなくなりそうだ。それまでに何か用意しないといけないなあ。
そんなことを思いながら、魔物や人がたくさんいるだろう駅周辺には行かない。
まだ弱い内にたくさんの魔物がいるだろう所に行くのは自殺行為だから、魔物を倒して強化していくのだ。
ゲームなら、適正レベルに達していないといけないような高レベル地帯でも、現実ではいくら弱くてもどこでもいけるからな。道中で死ぬかもしれないが。どこに強い魔物が出るかわからないし、弱い敵から順番に出てくるなんて都合のいいことはないだろう。ゲームみたいになっても現実は厳しいねえ。
にしても、人にあまり会わないなあ。死体ならそこら辺に転がっているのに。家の中かどこかに引き込まっているのか、それとも現実難易度が高すぎて、もうほとんどの人が死んでいるのか。生きた人に会ってどうなっているのか話を聞きたいなあ。
とりあえず高校にでも行ってみるか。まだ誰も登校していないような時間に魔物が襲撃してきたから、いたとしても先生くらいだろう。それでも、避難してきた人がいるかもしれない。
ここからなら歩いて五分で着けるが、敏捷の上がった今ならもっと速く行ける。今の自分の速さを確かめるために走る。風を切って走る速度は、既に人間が出せない領域にまで足を踏み入れている。