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記念すべき日

数瞬の間とはいえ、戦闘中に気を取られていたのは痛恨のミスだ。


「ぐぅ――――ッ!?」


男の左拳が闘真の腹を抉るように突き刺さり、軽々と吹き飛ぶ。地面を転がっていき、道から外れて畑に落ちてやっと止まる。


「がは……ッ! ……くそっ! 化物かよ」


血を吐きながら、起き上がろうとするが、あまりの痛みに起き上がれない。腹に穴でも開いたんじゃないかと思うような一撃だった。恐る恐る手を伸ばし、殴られた所を触る。表面的には問題はない。だが一撃でこれだと、これ以上受けるのはまずい。


脂汗を流し、痛みに顔を歪めながら何とか立ち上がる。しかし、まだダメージが大きく残っていて、足ががたつき、体がふらつく。たった一撃でこの様とは情けないものだ。ナイフを手放さなかった事は、よくやったと自分を褒めてやりたい。闘真が回復するまで待ってくれるはずもなく、男が歩いてくる。


状況は悪くなっている。ナイフを奪ったが、男の拳は十分凶器だ。しかも、ナイフを持っていた時より、両拳で攻撃してくる今の方が手数は単純に倍だ。自分より強い相手に長期戦をやっても、時間が経つほど、怪我が増え、体力を削られ不利になるだけだ。


やるなら短期戦しかない。それも次の一撃で決める気でいかないと。普通なら、逃げ出すような場面だが、無様に敵に背を向けて逃げて死ぬなんて、俺は死んでも御免だ。そんな格好悪い死に方をするくらいなら、どれだけ絶望的でも敵に立ち向かって死ぬのを選ぶ。


うまくいく確率は低い。そもそも人間じゃないかもしれない化物みたいな奴をどうやって殺せばいいかわからない。それでも、やるしかない。自分の命を賭けての大勝負だ。


「ふっ、ははっ。いいぜ、死ぬのは俺かお前か、やってやろうじゃないか!」


不敵に笑いながら言い放ち、道路に上がり男へと一直線に駆ける。男は右腕を上げると、空気を引き裂くような拳を放ってくる。最小限の動きで躱し、拳が顔の横を掠める。男に身を寄せて、両肩を掴み、左足で男の右足を払う。バランスの崩れた男の体を頭から地面に落とす。


ガツンッと男の頭が鈍い音を響かせる。闘真は馬乗りになると、左手で男の右肩を抑えながら、右手に持っていたナイフを振り上げ、男の眉間に振り下ろす。


刃はすっと刺さるが、眉間の数ミリ上で止まっている。男の左手に阻まれ、全体重を掛けているのに、圧倒的力の前にそれ以上一ミリも進まない。暴れる男を必死に抑えながらナイフに力を入れるが、段々と押し返されて、ナイフが男の眉間から離れていく。


不意に下に力を掛けていた手が滑り、斜め下へと、男の胸に刺さった。男の左手を切り裂いたのだ。その瞬間、天啓のごとく、男の弱点を見破った。こいつ力を強いけど、体は結構脆い!


男の胸からナイフを抜き振るう前に、半ばで切れた男の拳が頬を殴る。目の前が真っ白に染まる中、感でナイフを振るうと確かな手ごたえを得る。視界が回復した闘真の前に肘から先を失った左手を掲げる男がうつる。


「――これで、終わりだッ!!」


今まで以上に暴れる男に、抑えきれなくなる前に止めを刺すべく、今度こそナイフを振り下ろした。刃は何の抵抗もなく、男の眉間に根元まで刺さる。


男の体は急に力を失い、体中から黒い煙を出す。闘真は男から離れて様子を見ていると、全身から黒い煙を出して、体が崩れていき塵一つ残さず消えた。男がいた後には、一本の剣だけが残っていた。


しばらく様子を見るが、何も起こらない。闘真は安全を確認すると息を吐く。


「……ふぅ。やっと、終わったか。マジでやばかった、本当良く勝てたよなー」


落ちている剣を拾おうと、一歩踏み出そうとしたら、不意に体から力が抜けその場に膝をつく。両手を地面について何とか倒れることは防いだが、体を支えている手が震えている。


「思っていたより、疲れているみたいだな。これは、休憩しないと駄目だな」


すぐに倒れて寝たいが、こんな道路の上で無防備に寝ていたら、またさっきの男みたいなのに襲われるかもしれないから駄目だ。ふらつきながらも立ち上がり、剣を拾い上げる。剣は思っていたより軽くて驚いた。


そのまま道路の端まで行くと、腰を下ろして座る。膝の上に置いた剣は、長さ的に片手剣だ。親切な事に鞘に入っている。鞘から抜くと、白い刀身が現れる。軽く振ってみるが、小枝でも振っているかの如く難なく振るえる。鞘にしまってこの剣について考えてみる。


この剣は男を倒したら、その場に落ちていた。……ドロップアイテムってことか? まさか、ゲームじゃあるまいしとは思うものの、さっきの男の消え方を見た後だと、それもありえる。


考えながら剣を指で叩いていたら、剣の上に半透明の四角い画面があるのに気付く。


<中級>

筋力 +28

敏捷 +17


……これは、剣のステータス画面か? 益々ゲームっぽいな。中級ということは、一番下ではない。そこそこという事だ。剣が軽いのは筋力が上がったからか。最初触った時は出てこなかった。もしかしてと思い剣を指で叩くが、何も起こらない。トトンと二度叩くとステータス画面が消えた。


もう一度、二度叩くとまた出てきた。……なるほど。二度指で叩くとステータス画面がでてくるのか。試しに左手の甲を二度叩くとステータス画面が出てきた。


桐島闘真


筋力 53

敏捷 47

耐久 27

魔力 0


数値を見ても高いのかどうかわからんな。魔力があるということは、当然魔法がある。だが、魔力が0だから今は使えないか。非常に残念だ。

レベルは書いていないところを見ると、レベルシステムはないのか。

剣を離してもう一度ステータスを見てみる。



桐島闘真


筋力 25

敏捷 30

耐久 27

魔力 0


これが素のステータスという事か。筋力が倍になっているのはすごいんじゃないか。


普通にステータス画面とか出るし、もうこれ完全にゲームだろ。いつから現実にゲームシステムが加わったんだ? そんな大型アップデートの話は聞いたことはないが。


これが夢などと馬鹿な事は考えない。殴られたときの痛みは本物だったし、これは紛れもない現実だ。じゃあ、なぜこんなことになったか? そんなものは考えてもわからないし、重要な事ではない。


重要なのは、敵が現れ、ゲームみたいなシステムがある現実。退屈でくそったれな日常が終わり、刺激的でわくわくする日常が、今日この日から始まったという事だ。


「……くっ、ははははははっ! 最高じゃないか! これこそ、俺が求めていたものだ! ああ、本当に今日まで生きてきて良かった。変わってしまった、この素晴らしき世界に感謝を!」


歓喜に胸がいっぱいになり、空に向かって両手を広げて、恍惚の表情を浮かべ叫ぶ。


今日という日は多くの人々にとっては、悪夢のような日々の始まりだが、桐島冬真にとっては、望んだ世界になった記念すべき日になる。


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