生還
「……っ、う……」
小さく唸って、闘真は目を開けた。霞む視界には、本日二度目の天井がある。一度目との違いは日が落ちたのか暗くなっている事だ。光源は夜空で輝く月と星々だけだ。段々と意識が覚醒していく中で、何があったのかを思い出した。
ドラゴンとの激闘に勝利はしたが、そのまま気を失って……何故か東郷の部屋にいる。
とりあえず起き上がろうとベッドに右手をつこうとしたが、右手が動かない。眉をひそめて、左手を動かそうとするが、左手も動かない。どころか何かで縛られているみたいで全身が動かない。
闘真には自分の身体の状況が見えないが、全身を包帯と湿布だらけになって、まるでミイラのようになっている。
何度も叩きつけられたのだ、酷い有様なのは容易に想像できる。でも、回復魔法を使えばすぐに治る……あれ? 魔法が発動しない。……ああ、装備を外しているのか。それだったら、魔法が使えないのも納得だ。
盾を探すべく少し動く首を回すと、ベッドの傍の椅子に座って寝ている東郷がいる。闘真は声を掛けようとしたが止めた。少し俯いて静かに寝息を立てている東郷を月明かりが照らしている。闘真は、その幻想的な美しさに思わず見惚れていた。
いやー、美少女だとわかっていたけど、こうして改めて見てきれいだと再認識させられる。学校でも一番の美少女だという話も納得せざるを得ない可愛さだ。
今までは、俺には縁のない高嶺の花だと思って気にしていなかったけど、実は好みドストライクなんだよな。それが今、手の届く所に居る。思わず手を伸ばして触れようとする……手を動かせないことを忘れていた。うん、今のは危なかった。このまま見続けていたら変な気分になりそうでまずい。
「ん……」
東郷が小さい声をもらし、ゆっくりと目を開ける。完全に目覚めていないみたいで、ぼうっと辺りの様子を見回して、その視線が闘真を見て止まる。
「――あっ……良かったぁ……本当に、良かった」
闘真が目を覚ましたのを見て、東郷は心底安堵したように言い、ほろりと涙がこぼれる。
どういうこと!? 何で泣いているんだ!? こういう時、どうしたらいいかわからねぇ……
闘真は突然泣き出した東郷にあたふたと慌てるばかりで何もできない。
「突然ごめんね……安心したら、何か勝手に出てきて」
「い、いや、別にいいけど……」
ん、んん……!? 何故かはわからないが、これは……好感度が上がっている!? 特に何もしていないと思うんだが、むしろ素っ気ない態度をとっていたはずだが……うむ、わからん。まあ、良いことだし、いいか。
「東郷、悪いんだけど、盾取ってくれないか」
「――何言ってるの!? 自分の身体がどうなっているかわかっているの!?」
身を乗り出して叱りつけるように言う東郷に、思わず身を縮める。
「……い、いや、あの、怪我を治そうと……」
「怪我を治す……? それと、盾が何か関係あるの?」
疑わしげに見てくる東郷に説明する。
「ああ、盾があれば回復魔法が使える。こんな怪我すぐに治る」
「……わかった」
応じると、身を屈めて床から白い盾を拾い上げる。
「これ、どうすればいい?」
普通に渡せばいいと思うだろうが、包帯でぐるぐる巻きにされて両手が使えない。
「手の上に置いてくれ、それで使えるはず」
東郷が手の上に盾を置いたのを確かめ、回復魔法を使う。薄暗い部屋に淡い光が灯り、いつもより時間はかかるが治療が終わる。起き上がり包帯を取っていくとその下から怪我が嘘のように治った身体が現れる。
「ほら、すぐに治っただろ?」
「うん、すごい…………!」
感心して見ていた東郷が目を背ける。
疑問に思い自分の身体を見下ろすが特におかしなところはない。傷一つない肌があるだけだ……ん? 上半身裸? ……そういえば、ドラゴンのブレスで服がボロボロになっていたからなあ。
「着られるような服ってあるか?」
「うん、あるよ。ここに――――っ!」
椅子から立ち上がって机の上に置いてあるジャージを取ろうとして小さくうめき声をもらす。
「おい、大丈夫か」
「うん……いや、本当はちょっと大丈夫じゃない」
そう言って、ズボンの裾を上げると包帯が巻かれた細くすらりとした足が現れる。
「――! これ、どうしたんだ!?」
「そのー、ちょっと狼に噛まれて……」
「は……? ……っ!」
何を言っているんだと思ったが、それがどう意味かわかる。そもそも目が覚めた時に気付くべきことだった。ドラゴンとの戦いで気を失った俺が、気が付いたら東郷の部屋にいたのは、気絶した俺を東郷が運んだからだ。
魔物溢れる外にステータスを強化していないまま行くなんて、死にに行くようなものじゃないか。
「……なんで、俺を助けたんだ? 自分が死ぬかもしれないのに」
「それは……、……先に助けてくれたのは桐島君だよ」
微妙に答えになっていないが、俺がドラゴンから東郷を助けたから、自分もってか? 少し無茶な理由だが、おかげで助かったんだし文句は言えない。