非力でも
通路から桐島君がいるところをもう一度確認する。普通に歩いて行けば十分ぐらいで着くだろう。階段を下りて周囲を警戒しながら歩いて行く。魔物が出現してから初めて外に出るけど、上から見ているだけでは気付かなかった現状が嫌でも目に入ってくる。
血生臭いが辺りに充満し、そこら中に惨たらしい死体がある。
「うっ……」
東郷は口を抑えて、ふらつく身体を支えるように塀に手をつく。
こんな酷い光景を見てきても、桐島君は平気そうにしていたけど、私にはまだ慣れそうもない。でも、ここで立ち止まっていられない。早くしないと、桐島君もこうなってしまうかもしれない。死体を見下ろして嫌な想像をしてしまうけど、頭を振って振り払う。
走って駆けつけたいけど、グッと堪えて歩み出す。焦って行動した結果、魔物に見つかってしまえば死ぬだろう。だから、慎重に進んでいかないと。
十字路で顔をそっと出して、魔物がいないことを確認しながら進む。二十分掛けて道のりの半分は来ただろう。魔物を発見する度に遠回りをしているので、どうしても時間が掛かってしまう。
次の十字路を左に曲がる所で覗きこむと、進行方向に鶏頭の魔物がいるのを発見する。リスクを回避するために、来た道を戻ろうと振り返り歩き出したら――
元来た十字路から、鶏頭が二体出てきて、東郷に気付いた鶏頭が手に持った剣を振りあげ走ってきた。
「――――っ!」
心臓が凍りつくような恐怖に襲われる。それでも、身体は動き鶏頭から逃げるように真っ直ぐ走る。十字路に差し掛かったところで、さっきの鶏頭の声が聞こえるが気にする余裕もなくひたすら走る。
次の十字路を左に曲がると、近くの家の敷地に入る。扉は閉まっており、割れた窓から家の中に入る。その時に割れて尖ったガラスで身体を切るが、気にすることなくリビングにある台所の裏に回ると、座り込んで息を潜めて隠れる。
外から聞こえる足音が近づいて来る程に、心臓の鼓動がうるさいほど早鐘を打つ。目をぎゅっと瞑り、早くどこかに行ってくれるように願いながら、時間が過ぎるのを待つ。
足音が遠ざかっていくのを感じ、安堵の息を吐く。どうやら見失ってくれたみたい。
もっと注意していかないと。今回はうまくいったけど、そう何度も運が良く逃げられるとは限らない。
鶏頭がいないことを念入りに確かめて家から出る。また遠回りをしてしまった。逸る気持ちを抑え、細心の注意を払いながら進む。
途中、戦闘の跡をいくつも見つける。家が跡形もなくなっていたり、道路に大穴が開いていたりと、見ただけで戦闘の凄まじさが伝わってくる。凡そ人間が勝てる相手ではないだろう。それでも、桐島君は勝った。彼と一緒にいるためにもこんなところで負けていられない。
マンションから五十分も掛けて、やっとアパートの近くまで来られた。この先の十字路を右に曲がれば桐島君がいる。そう思うと、嬉しくなり走って角を曲がる。道路の上にうつ伏せに倒れている闘真の姿を見て頬が緩むが、すぐに表情が凍りついた――
倒れた闘真を囲むようにして、狼の魔物が三匹もいるのだ。
一匹でも敵わないのに、それが四匹もいたら、勝ち目などあるわけない。
そんな……ここまで来て、それはないよ……。
心の中で呟き、東郷は悔しそうに唇を噛む。挫けそうになった時、ある物が目に入る。縁が
緑色で上腕を覆う大きさの黒い籠手が闘真と東郷の中間ぐらいに落ちている。
もしかして……あれは、ドラゴンのドロップアイテム!?
東郷は目を見開いて黒い籠手を凝視する。もしそうなら、強力な武具に違いない。あれがあれば勝てるかもしれない!
希望の光が見え、すぐに駆けだすが、狼たちが東郷に気付いていないはずもなく、闘真を放って新たな獲物に向かって駆ける。籠手を跳び越して襲いかかってくる狼に地面に身体を投げ出して転がり、狼の下を通り抜けると、すぐ傍にある籠手を掴み取った。
「――やった! …………ッ!?」
喜びも束の間、後続の狼の爪が左肩に突き刺さり、そのまま押し倒される。激痛に襲われながら、右手に持った包丁を出鱈目に振り回す。偶々狼の喉を刃が切り裂き、狼を倒すことができた。急いで立ち上がろうとしたら、右足に激痛が走る。
「いっ…………ッ!」
倒れた東郷に群がるようにしている狼の一匹が右足に噛みついている。力任せに右足を振るうと、肉を抉り取られるも狼の体が飛び解放される。度重なる激痛に涙が出てくるけど、襲いかかる狼たちを近づけまいと包丁を持った手と籠手を掴んだ手を振るう。切られて、殴られた狼たちが距離をとった隙に立ち上がる。右足で地面を踏んだ瞬間、激痛が右足から頭まで突き抜けるけど、歯を食いしばって我慢する。
二匹の狼は東郷の隙を探すように周囲を回る。首を左右に振り狼を警戒するが、常に対角線上にある二匹を同時に視界に納めることができない。生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている緊張から、息が上がり身体が震える。狼はいつまで経っても襲いかかってこない、まるで獲物が弱っていくのを待っているようだ。
東郷は待っていても勝てないと悟り動き出す。塀を壁として利用するために駆ける。東郷の動きを察知した狼が後ろから飛び掛かる。
後ろから聞こえる足音が大きく鳴った瞬間、反転すると同時に身を屈めて頭上を通り過ぎようとする狼に刃を振るう。驚くほど抵抗感なく刃が狼の体を切り裂き、着地する前にその体は黒煙となって掻き消える。
自分のイメージ通りに、いやそれ以上に早く、力強く動く自分の身体に驚いてしまう。その力が籠手を持っているだけで得られるのは不思議だけど、これのおかげで桐島君を助けることができる。
最後の一匹に刃を構えるが、勝てないと思ったのかあっさり逃げっていた。
少し拍子抜けしたが、狼を倒すことが目的ではないので放っておく。血を滴らせながら、足を引き摺って倒れた闘真に近づき、その姿を見て思わず息を呑む。
「…………っ!」
赤く染まった全身に刻まれた傷は無事な所を探すのが困難な程で、手足は曲がってはいけない方向に曲がっている。もし、何も知らない通行人が見れば、怪我人ではなく死体だと思ってしまう程酷い状態だ。
「桐島君、桐島君っ!」
東郷が呼びかけるが反応はない。俯きに倒れた身体を慎重に仰向けにして、息をしているか確認する。息があるのを確認して、一先ず安堵の息を吐く。
とりあえず、応急処置として折れた手足にそえ木をあてて固定する。噛まれた自分の足にも包帯を巻いておく。簡単に治療を終えると、闘真を背中に背負って歩き出す。