なんで……?
主人公がくたばっているので、東郷視点になります。
――少し前
東郷がやることもなく暇を持て余していた時、外からすぐ近くで雷が落ちたような轟音が鳴り響いた。
「なっ、なに……!?」
突然の爆音に驚いて飛び上がる。窓から空を見るけど雲一つない青空があり、雷が落ちることはない。そうなると、今のは魔物の仕業に違いない。
でも、何の意味もなくそんなことしないだろう。おそらく、誰かと戦っている。いや、誰かなんてわかっている、桐島君しかいない。
さっきの戦いでも凄い爆音がしていたけど、今のはその比でない。
心配になって玄関へと向かい、扉のノブに手を掛けて押し開く。
手すりに掴まり身を乗り出すように見ると、街の一角で煙が上がっているのがすぐに目につく。一直線に家が何件も破壊され、その威力を想像するだけで身震いしてしまう。
破壊痕の始まりには、周囲の家々より遥かに大きな生物がいる。あまりファンタジーなものに詳しくない東郷にもその魔物がドラゴンだとわかる。
遠くから見ているだけだと言うのに、その存在感に身が竦む。あんな恐ろしい魔物と戦っているの? 遠くから見ただけで足が震えるのに……
その場に佇んでいたドラゴンが首を回して辺りを見ると、四枚の翼で羽ばたき飛び立つ。
飛び立ったドラゴンと破壊された街に胸の騒めきが止まらなくなる。
もしかして……桐島君は、もう……
しかし、暗くなっていく視界に映るドラゴンの行動を見て、考えを否定する。
ドラゴンは破壊された街の周囲を旋回している――まるで、何かを探すように。
桐島君がまだ生きていると感じ、安堵の息を吐く。しかし、人の心配をしている場合ではないとすぐに思い知らされる。
しばらく旋回していたドラゴンが急に動きを変える。東郷がいるマンションへ向かって。
「え……?」
予想外の事態に思考が回らない。マンションから出なければ安全と思っていた。今まで大丈夫だったから勘違いをしていた。
「…………っ、…………っ」
迫りくるドラゴンから逃げようとするが、足は震えるばかりで一歩も動かない。息が苦しくなり、あまりの恐怖に悲鳴も出ない。自分の身体なのに、まるで他人の身体みたいに言う事を聞かない。
逃れられない死に全てを諦めようとした時、一筋の光明が差す。火球がドラゴンの注意を東郷から逸らし
た。火球が飛んできた方向に首を回して、東郷から離れていく。
死の危機が去ったこと、まだ生きていることがわかり、身体から力が抜けその場に座り込む。まだ震える身体を両手で抱きしめる。
また轟いた爆音に身体が縮み上がる。連続で鳴り響く爆音に怯えながら、段々と小さくなる爆音に気付く。幾分か落ち着き思考が回るようになる。そうすると、理解できてしまう――私を助けるために、桐島君がドラゴンの注意を引いたことを。
事実を確かめるために、震える手を伸ばして手すりに掴まり、足に力を入れ弱弱しくも立ち上がりその光景を見る。
ドラゴンが何かを追って、東郷から離れるように飛んでいる。ドラゴンが攻撃をする度に、家々が吹き飛び瓦礫が舞う。そんな中を走る人がいる。小さくてよく見えないけど、誰だかわかる。
「なっ、なん、で……? 私、を……たす、けたの……? ……桐島、君」
震える声で問いかけるように呟くが、その問いに答えられる者は死地にいる。
私が出てこなければ、桐島君は逃げられたかもしれないのに、軽率な私の自業自得なのに、なんで……?
私なんて狙われただけで、恐怖で身体が動かなくなるのに、どうして桐島君は立ち向かえるの?
もし、私を見捨てていれば、今頃桐島君はドラゴンの脅威から逃れられていた。なのに、私を助けた性で、
命の危機に瀕している。
彼の事を考えると胸が苦しくなる。私の性で戦っている彼を思って心配しているのか、それとも死にゆく彼を思い悲しんでいるのか……自分でもよくわからない。
わかっているのは、このまま桐島君と会えなくなるのは嫌。
悲鳴のような咆哮が聞こえ、俯いていた顔を上げる。ドラゴンが頭を何度もアパートにぶつけている。何をしているのかわからないけど、苦しんでいるように見える。
桐島君が戦っている、私にはとても真似できない。だからこそ、自分より遥かに強い相手に立ち向かえる桐島君を凄いと思う。
「……嘘……倒した、の……?」
暴れていたドラゴンの体が消えたのを見て信じられないように呟く。でも、現実だと認識すると、
「~~~~~~っ!」
その場で飛び上がって自分の事のように喜びを露わにする。我に返り、あまりに無邪気に喜ぶ姿に恥ずかしくなり、誤魔化すように咳払いをした。
「本当に、良かった。……桐島君が帰ってきたら、お礼をしないと……」
ぽつりと呟くように言い、部屋に戻ろうとしたところで、一抹の不安が頭をよぎる。
本当に桐島君は帰ってくるの……? あのドラゴンと戦って無傷で済むはずがない。東郷の脳裏に狼との戦いに負けて怪我をしていた姿が思い出される。
もしかしたら、酷い怪我をして意識を失っているかもしれない。そんな無防備な状態で魔物に襲われたら……
考え出すと不安が無視できない程膨れ上がり、居ても立っても居られなくなる。急いで部屋に戻ると救急箱を手に取り、小さめのリュックに入れ、魔物に襲われた時のために包丁を持っていく。
私が助けに行って何になるのか、と思わないでもない。はっきり言って、桐島君のところに辿り着くより前に魔物に殺される可能性が高い。それに、怪我をしていても自力で帰ってくるかもしれないし、途中ですれ
違うかもしれない。
今から私がやることは無意味なのかもしれない。ただ死にに行くだけかもしれない。それでも、待っているだけなんて嫌。私は桐島君を助けに行く――