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笑えよヒーロー

作者: むぎちゃ

初投稿です。むぎちゃと申します。

なさそうでありそうな、ちっぽけな話を書いてみたかったので……!


楽しんで頂ければ幸いです。

 某日のことである。


『訃報が入りましたのでお伝えします。

 つい先ほど__』


 車の免許を取ったのは去年。

 やっと初心者マークは外れたが、やはり車の運転は緊張する。


 整備された、とは到底言えない道をのろのろと進んでいると 心做し寂れた公園が見えた。

 ふと その公園で遊んだことを思い出して、周囲をぐるりと回ってみる。


「懐かしいなあ……」

そう呟いた時、運良く電波を拾ったのか 聞き慣れたアナウンサーの声が耳に入ってきた。

 ハンドルを握っていた手に自然と力が入る。

 僕は車を止め、先ほどまで耳障りな音を発していたラジオのボリュームをそっと上げた。


 ……まあ、当たり前か。

 なんせ、彼は僕が生まれるずっと前から色々なものと戦い続けてたんだから。

武器なんてないのに、世界を蝕む悪とか偽善とか__そういうものを倒してきた。一言で言えば、僕の憧れの人。


「へえ、そうなんだ……」

 その日、僕のヒーローが死んだ。



 祖父母の家に着くと、近くに住んでいた少女__今になってはもう大人だ__が僕に話しかけた。

「ねえ、私の話聞いてた?」

 何を、と訊き返す前に彼女は目を細めて言う。

「ヒーローが、死んだって」

「……寿命だろ」

「そりゃあ、そうだけど……」

「変な話すんなよ、僕はヒーローなんて__」

 興味ない、なんてことは死んでも言えなかった。

 ただ、彼女は僕の意図を汲んでくれたらしく「そうだね」と笑う。

 その笑みがどこか僕を責め立てるみたいで、嫌だった。

「じゃあ、私はもう行くから」

 早く準備しなよ、と僕を気遣ったのか 彼女は荷物を持って去っていく。

 畳の香りのする空間に、俺は一人取り残された。



「ねえ、ヒーローって知ってる?」

 そんなことを尋ねてきたのは彼女だけだった。

 大きな声で僕の気持ちを代弁してくれた。

 兄弟どころか、小学校の頃からずっと一緒に居た友達にも言えなかった 僕の本音。

『ヒーローを信じてる』

 それはあまりにも馬鹿馬鹿しくて、大人ぶっていた僕は素直に口にできなくて。


 そんな時 彼女が問いかけてきてくれたから、一人じゃないんだと思えた。

「あの人が好きなんでしょ。憧れなんでしょ?」

 私よりずっとずっと、彼のことを見てたんでしょ。

 中学生だった頃の雰囲気が抜けないままの彼女が笑う。

「だから、そのことがアンタの心に深く刺さってるんじゃないの?」

「だってさ__」

「そんなの、言い訳だよ」

 応えて。

 彼女のきつい言葉から逃れようと僕は背を向けた。

「ヒーローが死んだなんて、そんなの……」

 信じたくは、なかったから。



 ヒーロー、なんて呼ばれていたのは 幼い頃僕らの家の近くに住んでいたおじさんである。

 売れない漫画家だったらしく、彼の家に遊びに行くと いつも変な道具が散らばっていた。

 彼は絶対に『忙しい』なんて口にしなかった。

 僕らに面白い遊びを考えてくれる、優しくてすごい人だった。休日になると、仕事に出ていく両親の代わりに僕と遊んでくれる。

 彼の生み出す玩具は、決して僕を退屈させなかった。



 中学生の頃、僕は学校帰りにおじさんの家に寄って ヒーローが出てくる作り話をした。

 これは僕とおじさんだけの秘密だったはずだけど、いつの間にか彼の姪である浜中も知っていた。



 そして、高校一年の秋。

 おじさんの名前は『僕のヒーロー』という題名の漫画によって、世間に広まった。

 それは、僕がおじさんのために書いた物語が元になっている。

 武器を持たず、たった一人で悪い奴らに立ち向かったヒーロー。

 かっこよくて、誰もが憧れるような典型的な正義の味方。

僕とおじさんが生み出した、子供達のためのヒーローだった。

 ヒーローは強くてかっこよくて、子供に優しい__おじさんのような人だと思う。

 このことがきっかけで、僕はおじさんのことを『ヒーロー』と呼ぶようになった。



「叔父さんに会いに行かないの?」

「浜中だって忙しいんだろ?」

 年末だし、と付け足せば不満げな顔をされる。

 お線香くらいなら平気なのに、と文句を言う彼女の誘いを断り、僕は自分の部屋に篭った。

 どんな姿で会えばいい? 僕はその時に笑っていられる?


 特撮とかアニメとか、そういうヒーローを信じていたのはだいぶ前のこと。

 今はもう、そんなかっこいい正義の味方なんていないことを知っている。

 彼は僕の夢を叶えてくれた。かっこいいヒーローが悪に立ち向かっていく姿を、僕に見せてくれた。

 ……じゃあ、僕はおじさんに何を返せばいいんだろう。

 高校を卒業した後、おじさんと一度も会うことはなかった。僕の頭には幼稚な僕自身が居座っていたけれど、それを忘れるくらい大学生活は充実していた。

 幼稚な僕は、ヒーローの強さをなんだと言っていただろうか。

 それすら思い出せない。



 そして、僕はヒーローを忘れた。

 大好きだったものを、どこかに置き忘れてしまった。

 おじさんが愛した漫画の主人公は、僕にとって邪魔でしかなくなった。



「最近流行りのあの漫画、なんて言ったっけ?」

「ああ、作者が結構な歳いってるっていうあの__」

「あいつ__死んだって?」

 その声が僕を嘲笑っているように思えて、携帯端末をぎゅっと握りしめる。


 人気漫画家が死んだ。

 子供が憧れるヒーローが、また一人消えた。


 僕らをを照らす光が暗闇に呑まれたような喪失感に苛まれながら、僕はネットのニュースを見た。

「肺癌、か……」

 その作者は元々ヘビースモーカーだったらしい。

 中学生の頃に煙草がどれくらい危険なものかを知っていてよかった、と思う。


 煙草は毒! と叫んでいる小さな講師の先生が頭に浮かんで消えた。



 懐かしい匂いのする部屋に寝転がっていたら、いつの間にか寝ていたらしい。

 縁側から入る光は弱く、だんだん日が落ちてきていることを知る。

 いっそのこともう一度寝てしまおうか、そう考えた時 スマホの画面が明るくなった。

「……ん? 浜中?」

 見覚えのある名前が表示されるも、僕がそれに触れる前に消えてしまう。

 大した用事でもないんだろう、と思って自分の部屋を見渡した。


 本棚には、おじさんの描いた漫画や 人気作家の小説がぎゅうぎゅうに詰められている。

 作品の主人公達全てが、僕のヒーローだった。



 あの作品を書いてた人はもう居ない。

 彼の育てたヒーローも消えてしまった。


 背表紙を眺めながら、僕はひとつひとつ確認していく。ヒーローが居た痕跡を大切に拾いあげていく。

 失くしたものを探すように、丁寧に。

「おじさんも、死んじゃったんだね……」

 僕の大好きなヒーローに、そっと語りかけてみた。



 大切なものってのは、近くにあるほど気づけない。

 僕はそれを、おじさんが死んでから知った。

 遅すぎた別れの挨拶も、墓参りも。

 おじさんは求めてないんじゃないか、と思う。

 ……これは勝手な憶測だけど。

 だから僕は、死んでいった彼らに手を合わせることなく 前を向いた。



 争いや暴力がこの世界から無くなることはないけど、僕がそれを減らせるんじゃないか。

 声を張り上げて、「これは間違ってる」って言う人がきっと必要で。

 おじさんや死んだヒーロー達がやっていたことを、僕が受け継がなくちゃいけない。

 少しでも平和になればいい、と僕はヒーローを演じる。


 今度は忘れないように、失敗しないように。

ヒーローって色々考えさせられるな、と思うんです。

強い敵と戦う姿とか、争いを無くしたいと思う気持ちとか。

子供達がヒーローに憧れるのは単なる『かっこよさ』だけが理由じゃないのかな……と感じました。

閲覧ありがとうございました……!

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