第三章「Ⅱ 女教皇」 八日目
【あらすじ】
舞台は現代日本のとある地方都市。
「原初の魔女」は自らの悲願を達成するために禁断の儀式に手を染める。彼女は自身の魔力と魔法を二十二枚のタロットカードに分割し、何も知らぬ少女達へと投げ渡した。カードを手にした少女は魔女となり、互いに殺し合う宿命を背負う。勝者が絶大な魔法の力を手にするバトルロイヤルが始まった。
【第一章】
タロットカード「Ⅹ 運命の輪」を手にした女子高生、日野崎麻衣の視点で物語は幕を開ける。
【第二章】
物語の中心はタロットカード「ⅩⅠ 力」を手にした千尋沙織へと移った。
熾烈を極める戦いの中、悲劇は連鎖する。
【第三章】
魔女のゲームは半ばを過ぎ、残る魔女は半数以下となった。
そんな中、「Ⅱ 女教皇」のカードを持つ中学生、緒方早月が暗躍する。
あれから何時間経ったのでしょうか。時間の感覚はとっくに消え失せています。
正直、いまだに意識が途切れていないのは奇跡に近いです。極限状態に置かれた人間の心理とやらを今私は味わっています。すべてを投げ捨てれば楽になれるのに、ほんのわずかな希望にすがって生き抜く浅ましさ。私は自分にもそんな感情があったことに驚きを覚えます。これではアレのことを笑えません。
まともな感情なんて、七年前にすべて無くしたと思っていたのに。
こんな状況でそれを思い出すなんて、冗談にしても酷すぎるのではないでしょうか。
私は最後に残された希望を口にします。
今夜何度目かわからない、その呪文をまた呟きます。
「スォード」
足元に本が出現しました。手で支えることは最早かないません。バタンと音を立てて、本は床の上に落ちます。音が外に聞こえるかどうかなんて、もうどうでもいいです。
「『正義の魔女』について」
私はかすかに残された希望を口にしました。残されたタロットカードの中で、その図柄に剣が描かれているのはたった一枚。『正義』だけです。もし敵の魔女の正体が違っていたら、そのときは潔く諦めるつもりです。
何度も何度も、数え切れないくらい発した言葉。
その度に私は空白のページをめくりました。そのたびに心を絶望が襲いました。
しかし、今回は違いました。
私がノロノロと左手でめくったページは、文字によって埋め尽くされていたのです。
日付はすでに変わっていたのでした。
「……あ」
もう涙は枯れ果てたと思っていたのですが、乾いた頬に一筋の線ができました。
これは奇跡です。永遠とも言える長い時を越え、私は奇跡を手にしたのです。
私は開いたページを足で押さえ、左手で懐中電灯を構え、夢中になって本にしがみつきました。これさえ読めば、これさえ読めばなんとかなるはずです。
奇跡を起こした私にもう不可能はありません。『正義』だろうと『世界』だろうと、どんな相手も私の前にひれ伏すでしょう。そんな全能感に浸りながら、私は必死に文字を追います。
『正義の魔女』の名は楠城菜穂、十九歳。
自らの正義を信じ、それを執行する者。
相手の罪の意識に呼びかける『断罪魔法』によって、世の正義をその一身において表現する異色の魔女。
その正体は……最近巷を騒がせている連続殺人の犯人、と書かれています。そんなものを私は相手取っていたのですか。薄れてきた恐怖が、また少しだけよみがえってきます。
魔女よりも殺人鬼の方が恐ろしいということを、私は今になって知りました。
それにしても、殺人鬼が『正義』のカードを持つなんて皮肉にも程が有ります。
さらに先を読み進めていきます。
略歴のところには彼女が起こした殺人がつらつらと並べられています。中には新聞で見たものもありますが、そのほとんどは見覚えがないものでした。
当たり前です。もし表に出ているようなら、この魔女はとっくの昔に人間の手によって裁かれているはずですから。闇から闇へ渡り歩いてきたのでしょう。
私はそこから先を読み飛ばし、略歴の最後に目をやります。
そして、自分の目を疑いました。
そこにはこう書かれていたのです。
『名も無き魔女』に襲われて死亡。
享年、十九歳。
私が恐れていた敵は、すでに死んでいたというのです
日付は……昨日の夜七時半。
つまり、私がこの建物に逃げ込み、この部屋に立て篭もったちょうどその頃、『正義の魔女』こと楠城菜穂は別の魔女と戦い、すでに死んでいたのです。それなら敵が追ってこなかったことも納得できます。
私がこの建物に逃げ込んだことを知っているのは正義の魔女だけ。新たに現れた三人目の魔女が私の存在を見逃す可能性は十分にあります。
そんな奇跡のようなことがあっていいのでしょうか。
絶体絶命のピンチから、偶然によって生き残ったのです。
私は思わず立ち上がりました。左手で懐中電灯を持ち、部屋の外へと向かいます。途中で棚に右腕をぶつけてしまい、脳に激痛が走りました。でもそんなのまったく気になりません。私は助かったのですから。
この状況を生き残ったのですから。
私は懐中電灯を握ったまま、左手でドアを開け放ちます。暗闇に鳴れた目に、月明かりが射し込んで来ました。
そういえば、今夜は満月でした。
ただの月がこんなにも愛しく思える日が来るなんて!
私は感動に打ち震えました。
そして。
「え?」
自分が何か大切なことを見落としていたことに気付きました。
名も無き魔女。その名が何を示しているのかを。
タロットカード二十二枚の中で唯一名前が印字されていないカード。
最も忌み嫌われる「死」と「破滅」を意味する十三番目のカード。
目の端に紫色の制服が映りました。あの色は葡萄ヶ丘高校の制服のものです。
私の首にひんやりしたものが触れます。
それが鎌であることに気付いたときにはもう手遅れでした。
ザクリ。
最期にそんな音が聞こえました。
※「Ⅷ 正義」
魔女…楠城菜穂。19歳。
ワンド…「断罪魔法」 信仰心の乏しい対象を断罪する。
ペンタクル…「信仰の鎧」 非常に強固な鎧を魔力で編み上げる。
スォード…「熾天使の剣」 預言者がミカエルに授かった剣の複製品。
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