第三章「Ⅱ 女教皇」 六日目
【あらすじ】
舞台は現代日本のとある地方都市。
「原初の魔女」は自らの悲願を達成するために禁断の儀式に手を染める。彼女は自身の魔力と魔法を二十二枚のタロットカードに分割し、何も知らぬ少女達へと投げ渡した。カードを手にした少女は魔女となり、互いに殺し合う宿命を背負う。勝者が絶大な魔法の力を手にするバトルロイヤルが始まった。
【第一章】
タロットカード「Ⅹ 運命の輪」を手にした女子高生、日野崎麻衣の視点で物語は幕を開ける。
【第二章】
物語の中心はタロットカード「ⅩⅠ 力」を手にした千尋沙織へと移った。
熾烈を極める戦いの中、悲劇は連鎖する。
【第三章】
魔女のゲームは半ばを過ぎ、残る魔女は半数以下となった。
そんな中、「Ⅱ 女教皇」のカードを持つ中学生、緒方早月が暗躍する。
今日は土曜日。週休二日制のおかげで中学校はお休みです。
ありがたや、ありがたや。文部科学省に感謝しないとですね。
普段なら休みの日は一日中家でゲームをやってるところですが、今日はちょっと趣向を変えて外出してます。朝から公園の芝生に座って、一日中お空を眺めてました。
魔女のゲームが始まって今日で六日目。さすがにちょっとお疲れモードだったので、心のデトックスをしに来たんです。
休日だからもちろん私服。あんなダサいブレザーなんて学校の無いときには死んでも着たくないです。本当は学校に着ていくのも嫌なんですけど、そこは仕方ないから我慢してます。世の中そういうものです。
今日着ているのは、お気に入りの青いチェック柄のワンピース。この前ショッピングに行ったときにゲットしてきた新作です。かわいいから早速着てみました。
さらに日射病対策のムギワラ帽子。
さらにさらに、少し気が早いですけどビーチサンダルまで履いてます。こういう夏っぽい服装をしていると、心も夏って感じになってきますよね。自分で言ってて意味分からないですけど。
今はちっちゃなレジャーシートの上に座って、素足は芝生の上に投げ出してます。素足に芝生って反則的に気持ちいいですよねー。学校の先生とかが見たらお行儀悪いとか起こりそうですけど、今は周りに誰もいません。休みの日くらい、ちょっとはリラックスしたって罪にはならないですよね。
私はその姿勢のまま、ぼーっとしながらお空を眺め続けます。
空を行く雲の流れをずーっと眺めていると、日頃溜まってるストレスから解放される気がします。どろりとした黒い感情がすーっと体から抜け出てく感じ。
学校でもギューギュー締め付けられてるものですから、私も疲れているというわけなのです。いやはや、最近の中学生も楽じゃないです。
そういえば、喉が渇きました。
隣に置いてあった水筒を手に取り、キュッキュッとフタをひねります。外したフタを右手に持ち、左手で水筒を傾けてお茶を注ぎます。
コポッコポッ……コポっ……。
「残念、空っぽでした!」
自分で自分にツッコミを入れている私はもしかしたらかわいそうな子かもしれませんけど、今日は気にしません。休みの日ですから。
仕方ありません。フタの半分に満たない量の紅茶をくいっと飲み干します。
「お茶もなくなっちゃいましたし、帰りましょうか」
よく見たら、時計はもう五時を回ってました。ここに来たのは朝の八時くらいだったから、なんと九時間もここにいた計算に。我ながらびっくりって感じです。
この季節だから外はまだまだ明るいですけど、良い子は家に帰る時間。
……私、別に良い子じゃないですけどね。まあ、たまには良い子を気取ってみるのも悪くないかもしれません。
今日は寄り道しないで、まっすぐ家に帰りましょう。
誰も待つ人のいない、我が家へ。
「おやおや。『真理の魔女』ともあろう者が、今日は何もしないつもりなのかい?」
……何か聞こえた気がします。まあ、たぶん幻聴ですよね。
とりあえず帰り支度をば。レジャーシートの上に置いてある水筒やお弁当箱、文庫本にハンドタオルをナップザックの中に詰め込みます。このちっちゃな緑色のナップザックは小学生の頃から使ってるんですけど、使いやすいから今でも重宝してます。
「おーい。ボクちゃん、無視されるとちょっとだけ悲しいんだけどなー?」
……幻聴です。何も聞こえません。
すくっと立ち上がって、芝生の上に移動。素足の裏に触れる草の感触とも今日はお別れです。名残惜しいです。そのまましゃがんでレジャーシートを四つ折りに畳みます。芝生の上はあんまり汚れないから安心です。泥だらけになるのはちょっと勘弁ですから。そのままナップザックにしまいます。
「あのー、もしもーし。返事くらいはしてよ、真理の魔女」
……幻聴は幻聴です。無視します。
そばにそろえて置いておいたビーチサンダルに足を入れます。やっぱり夏は素足にビーチサンダルが一番。これに慣れるともう靴なんて履いてられません。学校指定の革靴なんてもう絶望的に嫌になります。
「よいしょっと」
ナップザックを背負って、私は芝生を後にします。
「ふーん、そっちがそういう態度なら仕方ない。……えいやっ!」
スタスタと公園の遊歩道を歩く私。
その目の前を、突然黒い猫が横切りました。
しかも一匹じゃありません。二匹……三匹……四匹……たくさんの黒猫が延々と長い列を作って私の前を横切っていきます。
……これは何かの嫌がらせでしょうか?
黒猫が目の前を横切ると不吉なんてよく言いますけど、そういうレベルの問題じゃありません。黒猫の列は延々と続きます。黒猫が一匹、黒猫が二匹。トコトコと延々と歩いています。気持ち悪いですね、ええ。
まあ、疑問に感じるまでもなく、完全無欠に嫌がらせだと思います。私にはこんな嫌がらせをする相手に心当たりがあります。なにせ、さっきから構って欲しそうにこちらを見ていますから。
……仕方ありません。
本当に本当に心の底から嫌なんですけど、仕方ありませんね。
私は足を止め、目の前の黒猫の列に向かって言い放ちます。
「どいて下さい。通行の邪魔です。というか、蹴りますよ?」
優しく注意をしてあげました。いきなり蹴らないところが私の優しさです。
声をかけるのと同時に、並んでいた黒猫が一斉にこちらを向きました。普通に見かけたら結構怖い光景だと思います。でも今は特に何も思いません。
だってコレは猫じゃありません。ただの化け物ですから。
その証拠に、黒猫のうち一匹が私に向かって人間の言葉で語りかけてきます。
「やっと反応してくれたね『真理の魔女』。いやはや、ボクちゃんのことを毛嫌いしている魔女は君くらいだよ。他にはもう1人か二人いるかいないかだ」
マジですか。みんな心が広いんですね。
「私、その一人か二人とはお友達になれそうです。今度紹介してください」
「ボクちゃんはこのゲームのマスコット的存在なんだし、もうちょっとかわいがってくれてもいいと思うんだけど?」
「マスコットっていうのはもっと萌えるモノです。秋葉原あたりで萌えを勉強してから出直してきてください」
「モエ? モエって何のことだい?」
「それが分からないならマスコットとは認めません」
「君は本当に独特の感性の持ち主だね。たとえば『正統たる魔女』は君に近い感じがしたけど、君よりはだいぶマシだったよ。ちゃんとボクちゃんのことをなでてくれたし」
「そんな人、私は知りません。どっか頭でもおかしいんじゃないですか、その人」
「……やれやれ。君は本当にボクちゃんのことが嫌いなんだね」
「はい。大嫌いです」
私は断言しました。この黒猫のことを信用も信頼もしてはならない。その理由を私は他のどの魔女よりもよく知ってますから。みんな無知だからコレに甘いだけなんです。
私は黒猫の列にツカツカと歩み寄り、さっきまでしゃべっていた一匹を右脚で思いっきり蹴り上げました。
黒猫の柔らかいお腹に私の爪先が突き刺さり、その黒猫は二メートルほど遠くへ吹き飛びました。我ながら腰の入った良い蹴りです。
あら。うっかりしたことにビーチサンダルまで飛ばしてしまいました。まあ、気にしないでおきましょう。
少しだけ溜飲が下がりました。
「いいキックだねえ。パンツが丸見えだよ?」
「別に気にしません。今日穿いてるのはお気に入りのやつですから。クラスのバカな男子どもなら泣いて喜ぶんじゃないですか」
さっきとは別の黒猫が話しかけてきます。最初はドン引きでしたけど、コレの正体を知っている私はもうなんとも思いません。コレはそういうものです。
僭越ながら私はかなり可愛い女の子なので、男子にはすっごくモテます。月に一度くらいのペースで告白とやらを受けますけど、全部丁寧にお断りしています。
理由は簡単。誠意がないからです。
本気で私と男女としてのお付き合いがしたいと言うなら、まずはきちんと段階を踏むべきですよね。たとえば、私がゲーム好きなのは周知の事実なわけですし、それに合わせてゲームの一本や二本をやり込んでくるくらいの努力はしてもいいと思います。なのに、私に告白してくる男子はどいつもこいつも私の外見しか見てません。
私、誠意の無い人は大嫌いなんです。
この黒猫もそうです。コレの言葉には誠意の欠片もありません。コレの過去を知った私には分かっています。コレは私たちはもちろん、主人であるはずの元々の魔女に対しても誠意を持っていません。だから大嫌いです。
私はさっき飛ばしたビーチサンダルを拾いに行きました。幸い、地面に着ける方が下になって着地していました。洗う必要は無さそうです。運が良かったと思います。
「ねえねえ、そろそろ教えてくれないかな。『真理の魔女』緒方早月ちゃん。君はこの戦いの果てに何を望むんだい? 君以外は全員ちゃんと教えてくれたよ?」
……幻聴に付き合うなんて、今日の私はずいぶんと人が良いですね。これが日光浴によるデトックス効果ってやつでしょうか。でも少しだけ心が広くなった私でも、さすがにそろそろ面倒になってきました。
言葉を返さず、ビーチサンダルに足を入れます。そのまま遊歩道を歩き出します。
もう黒猫が前を横切るようなことはありませんでした。
「ただいま」
私は家に帰ったら必ず「ただいま」を言います。
家には誰もいないことは分かってますけど、それでも必ず挨拶をします。
「ただいま」だけではありません。他にもいろんな挨拶をします。
朝起きたときには「おはようございます」を言います
家を出るときには「いってきます」を言います
食事を摂るときには「いただきます」と「ごちそうさま」を言います。
夜寝るときには「おやすみなさい」を言います。
昔からずっと続けている習慣は、一人暮らしになってからも変わりません。
……私、緒方早月には身寄りがいません。
唯一の身内だった父が七年前に亡くなって以来、ずっと一人暮らしをしています。
一応、親戚の方はいらっしゃるらしいですが、誰ともお会いしたことはありません。そんな方々よりは父の友人だったという弁護士の先生の方がよほど信用できます。ですから、やはり私には身寄りがいない、という表現の方がしっくりきます。
その弁護士の先生が父の遺産をきちんと守ってくれているおかげで、私は今のところ金銭的には不自由ない生活を送れています。将来的に大学まで進もうなんて考えると、もしかしたら少々厳しいかもしれません。でも、とりあえず明日から衣食住に事欠くようなことはありません。
その弁護士の先生に後見人になっていただけているので、どこかの施設に放り込まれるようなこともありません。父と一緒に暮らしていた一戸建てに、今も変わらず住み続けることが出来ています。
ちなみに、母は私が物心つく頃にはすでにいませんでした。父に聞いても何も教えてはもらえませんでしたが、きっと私が赤ん坊の頃に離婚したんじゃないでしょうか。よくある話です。別に恨むようなこともありません。私は家政婦さんに育てられてきました。
そんな育ち方をしたからかは分かりませんけど、いつからか私はずいぶんと世の中を冷めた目で見るようになりました。何事にも熱くならず、氷のように冷え切った心の持ち主。それが緒方早月という人間です。
そんな私も、今年で十四歳になりました。
亡き父がこんな私の有り様を見たら、果たして何を思うでしょうか。
愛娘がこんな育ち方をしたことを悲しんでいるでしょうか。
それとも、たくましく育ったことを喜んでくれるでしょうか。
もうすぐ父の七回忌です。
細かい仕切りは弁護士の先生がすべてやってくださるので安心です。私はお坊さんの話を聞き、お寺にあるお墓の前で両手を合わせて祈ればそれで終わりです。
こういう儀式のときは、気持ちよりも形式の方が大事なんだと思います。
心の底から亡くなった人を悼んで涙を流すことよりも、「亡くなった人を大切にしていますよー」という自己主張をするための儀式です。
だって、そうじゃなきゃおかしいじゃないですか。
その死を悼むべき父は、お寺のお墓の中には入っていません。
私の住むこの家の床下。そこに掘った穴の中で眠っているんですから。
猫を蹴ったくらいでバチが当たるのだとしたら、私にはもっと酷いバチが当たっているはずです。私はそんなものとは比べ物にならないほどの罪を背負っています。
私が『真理の魔女』となってから殺した魔女は四人。
『Ⅶ 戦車』 征服の魔女。
『Ⅸ 力』 力の魔女。
『ⅩⅤ 悪魔』 堕落の魔女。
『ⅩⅩ 審判』 審判の魔女。
以下の四人の魔女を私のスォードで殴り殺してきました。
それとは別に、私が魔女になる前の普通の人間だった頃。ただの緒方早月だった頃に殺した人間の数は一人。
魔女が魔女を殺すことと、人間が人間を殺すこと。どちらの方が罪深いでしょうか?
私は全然良い子ではありません。
とてもとても悪い子です。
寝る前に一冊本を読み、私は目を閉じました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
当方、こちらのサイトでは初投稿です。
何かと拙い部分があるかと思いますが、何卒ご容赦くださいませ。
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