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第一章「Ⅹ 運命の輪」 一日目

【あらすじ】

舞台は現代日本のとある地方都市。

「原初の魔女」は自らの悲願を達成するために禁断の儀式に手を染める。彼女は自身の魔力と魔法を二十二枚のタロットカードに分割し、何も知らぬ少女達へと投げ渡した。カードを手にした少女は魔女となり、互いに殺し合う宿命を背負う。勝者が絶大な魔法の力を手にするバトルロイヤルが始まった。


【第一章】

タロットカード「Ⅹ 運命の輪」を手にした女子高生、日野崎麻衣の視点で物語は幕を開ける。

 あたしは日野崎麻衣、十七歳。

 私立葡萄ヶ丘高校に通う高校三年生。

 トレードマークは腰まで届くロングポニーテール。高い身長と合わせてよく「日野崎さんって本当に馬みたいですよね」って言われることもある。もっとも、そんな失礼なことを言ってくる奴はこの世に一人だけだけど。

 あと自分で言うのもなんだけど、顔立ちはそれなりに整ってる。身長も含めて、ビジュアル的には結構恵まれてる方なんじゃないだろうか。よく羨ましがられる。

 趣味は散歩と昼寝。あとはせいぜい映画鑑賞くらい。ようは無趣味ってことね。

 友達はほどんどいない。クラスに仲の良い友達が一人いるけど、他の子とはおしゃべりすらしない。別に困らないからいいけど。

 将来の夢は特に無し。もう三年生だというのに、高校を出たあとのことはまだ何も考えてない。そのときが来たらきっとなるようになるんじゃないかなって思ってる。

 そんなあたしの座右の銘は「なるようになるさ」。この言葉が日野崎麻衣という人間のパーソナリティを良く表している。だから正直なところ、どうしてあたしがこんなものに選ばれたのかは良くわからない。こういうのはもっとこう、ギラギラしている眼をしている人にこそ向いているんじゃないかなって思う。

 あたしは手の中にある一枚のカードを見詰めながら、心からそう思っていた。

「そんなことはないさ。君は選ばれるべくして選ばれたんだよ」

 今あたしがいるのは、自分の家の自分の部屋にある自分のベッドの上。曲げた両足の真ん中にお尻を落とす、いわゆる女の子座りの状態でくつろいでいる。

 そんなあたしの目の前、枕元の電灯の上に、一匹の黒猫がちょこんと座っていた。

「いやいや、ボクちゃんが選んだんだから間違いないよ。君はそのカード、『運命の輪』の持ち主に誰よりもふさわしいのさ。少なくとも、この街の中ではね」

「んー、とは言ってもねー、あたしってば占いとか全然興味ないからタロットなんて全然知らないんだよね。このカード……『運命の輪』だっけ? これってどんな意味のカードなの? あたしには変な妖怪みたいのが輪っかを回しているように見えるんだけど」

「『運命の輪』はその名の通り、人間の運命を象徴しているカードだよ。左右で輪を回しているのが善悪の象徴で、上に座っているのはスフィンクス。人の運命を見守ってくれている守り神だ」

「あーあー、ちょっとストップ。あたし、そーゆーのよくわかんないからパス。興味ないことに頭働かないの、あたし」

「そうは言っても、きちんと理解はしておいた方が良いとは思うよ。なにせ、君はもうこちら側に足を踏み入れてしまっているんだから」

「クーリングオフとかできない?」

「生憎とボクちゃんは受け付けてないね。魔女になった者はもうその運命から逃れることはできないよ。何があってもね」

 黒猫は茶化すような口調で言った。でもあたしにはわかる。冗談で言ってるわけじゃないってことがわかる。きっとこの子はこういう口調でしか話せないんだと思う。

「んー、じゃあ諦めるしかないのかぁ……。ずいぶん短い人生だったな、あたしの一生。もうちょっとやりたいこととか見つけておけばよかった」

「おいおい、ちょっと待ちなよ。君はボクちゃんの説明をちゃんと聞いてたのかい? 誰も君が死ななきゃいけないなんて言ってないじゃないか」

「だってさ、魔女になったからには他の魔女の子と殺しあわなきゃいけないんだよね? あたし、そういうの苦手だから無理だよ。ケンカなんて春ちゃんともしたことないもん」

 ちなみに、春ちゃんってのはあたしの妹の名前だ。仁春と書いて「にはる」って読む。

 二歳年下のかわいい妹。不出来な姉に代わって日野崎家の一切の家事を任されている、本当に出来の良い妹。ケンカなんてするわけないよね。

「だから無理。あたしの人生はここで終わりってことなの」

「君は随分と諦めがいいんだね。本当ならもうちょっと抵抗してもいいと思うんだけど」

「え? そーかなあ。だって抵抗したってなんにも変わんないじゃん。あたしが一生懸命ここで抵抗したって、いつかあたしが死ぬことに変わりはないよ。それが早いか遅いかってだけで」

 別に口から出任せじゃない。あたしは物心ついた頃から、どうして周りの人たちが無駄な努力を続けるのか理解できなかった。高校生になった今でも、まったく理解できていない。

 だって、あたし達はいつか死ぬんだよ?

 死ぬ前にやるべきことをやってから死にたいってのならわかる。やり残したことがあると気持ち悪いもんね。それはわかるんだ。でも、ほとんどの人はそうじゃない。みんな死にたくないからがんばるんだ。

 それがあたしには理解できない。人はいつか死ぬ。それが運命だ。運命に抵抗したところで、それは時期がちょこっとズレるだけで結果は同じだ。やり残したことが終わったら、とっとと抵抗をやめて身を委ねればいいのに。運が良ければ長生きできて、運が悪ければ早死にする。人生とはそういうものだ。

 黒猫はあたしのことをじっと見詰めている。そして、おもむろに口を開いて言った。

「うん、やっぱりボクちゃんの目に狂いはなかった。もう一度言うけど、君は他のだれよりもこのカードを持つにふさわしいよ。この『運命の輪』を扱えるのは君しかいない」

「ふーん、そーなんだ。まあ、それならそれでいいけどね。もらえるものはもらっとくのがのがあたしの主義だし。なんかいろいろ出来て便利なのは分かったし」

「ただ便利なだけじゃないよ。『運命の輪』は街にばら撒かれた二十枚のカードの中で最も使いにくいカードのひとつだけど、その分使いこなせば他のどのカードも圧倒するだけの力を持っているから」

「ま、どっちにしてもケンカになったら勝てないとは思うけどね」

「やってみなければ分からないさ。ともかく、そのカードに手を触れた時点から君は立派な魔女になった。魔女のゲームに参加した以上、いつでもどこでも戦いに巻き込まれると思っておいた方がいいよ」

「うん、わかった。遺書くらいはあらかじめ書いとけってことね」

「……まあ、どう取るかは君の自由だ。ボクちゃんは伝えるべきことはちゃんと伝えたからね。もしまた疑問や質問とかがあったらいつでも呼んでくれ」

「うん、わかった。たぶん呼ばないと思うけど」

「あー。そうそう。君はタロット占いについては詳しいかい?」

「いーや、全然。カードのことを知りもしないのに分かるわけないじゃん」

「そりゃそうだね。なら一応教えておこう。タロットカードの大アルカナ二十一枚にはすべて『正位置』と『逆位置』が存在している。カードをまっすぐ置いたら正位置で、上下を逆さに置いたら『逆位置』だ」

「ふーん。それで? それって何か変わるの?」

「大いに変わるね。例えば君の持つ『運命の輪』は、正位置ではどちらかというとプラスの結果となる。幸運、出会い、定められた運命ってとこかな。極論を言えば君はその車輪を構えているだけであらゆる事象をねじふせることが可能だ」

「みたいだね。なんかそんな感じに理解しているよ」

「ただし、一度でも逆位置に回転したらカードの効果は逆転する。『運命の輪』の逆位置での意味は別離、アクシデント、悪い話の到来。ここまで言えば何が言いたいかはわかるよね?」

「道を踏み外したら死ぬってことよね。それくらいあたしにもわかる」

 だからこそ勝ち目は無いって言ってるというのに。自分には過ぎた力だってことくらい十二分に分かってる。

「ま、そこまでわかってるなら問題ない。ねえ、『運命の魔女』日野崎麻衣。ボクちゃんはひょっとしたら君こそが勝者にふさわしいんじゃないかと思うよ。それじゃ、君の健闘を祈ってるね」

 それだけ言い残すと、黒猫はてくてく窓まで歩いていき、そのままひょいっと飛び降りてしまった。

 あたしの部屋、2階なんだけど大丈夫かなあ。どうでもいいけどね。

 とりあえずなんか腹立ったから一言だけ言い返してやろう。

「ふん、嘘つき。あたしが勝つなんて、これっぽっちも思ってないくせに」

 あたしは上半身を後ろに倒して、背中をペタッとマットレスにくっつけた。今度はいわゆるカエルのポーズになる。考え事をするときにこのポーズを取るのは、あたしのちょっとしたくせだ。体の柔らかさには結構自信がある。これくらいの姿勢なら特にツラくはない。もっと変なヨガみたいなポーズだって出来る。

 さて、と。

 ちょっと今の出来事をまとめてみよっか。

 まず学校から帰ってきたら、ベッドの上に変なカードが一枚落ちてた。なんだこれ、と思って拾い上げてみたらどこからともなく黒猫が登場。あたしは魔女に選ばれて、これから他の魔女たちと戦わなきゃいけないとかなんとか。わけわからないことを言われたものだから、あたしちょっとパニック。そしてこっちがようやく状況を把握したかなってところで、あっさり黒猫は退場。

 あたしの手元に残されたのは一枚のタロットカードだけ。

 寝転がったまま、そのカードを頭上にかかげて眺めてみる。何度見ても変な絵だ。あの黒猫は『運命の輪』って呼んでたっけ。

 なんでも、このタロットにはとある偉大な魔女の力が篭められているらしい。

「うーん、どーしよっかなぁ……」

 不思議なことに、あたしは自分がどんな魔法の力を手に入れたのか全部知っていた。ただ知ってるだけじゃなくて、具体的な使い方とかまで完璧に理解できているのだ。まるで頭の中に別の誰かの知識をそのまま移植された感じ。ちょっとだけ気持ち悪い。まあ、黒猫の話を聞く限りだとこれがきっと『とある魔女』とやらの知識なんだろうね。ありがたいような、ありがた迷惑なような。

 とりあえず間違いなく言えることがひとつ。

 あたしは別に欲しくないんだよね、こんな力。

 過ぎた力は身を滅ぼすって言葉を聞いたことあるし、なんだか突然家に核兵器を送りつけられた気分だ。そんなことあるわけないけど、たとえの話ね。

 やれやれって感じだ。でもまあ、こうなったからには仕方ない。

 あたしはおもむろに立ち上がり、魔法を起動させるための言葉を呟く。

「スォード」

 その言葉を告げるやいなや、あたしは右手にズシッとした重みを感じた。それまで空っぽだった右手が、大きな「車輪」を握っていた。色は茶色に近い黒。偶然だけどあたしの髪と同じ色だ。大きさとか形は自転車の車輪に近いけど、触った触感や重量感は金属とか石とかに似ている。でも、ひょいっと持ち上げて観察してみたら表面に木目が入っていた。もしかしたら木製なのかもしれない。

 よくわかんない材質でできた変な車輪。

 あたしはその車輪を手でくるくる回してみる。最初は両手で回してたんだけど、途中からは勝手に回りだした。手を離しても宙に浮いたまま。あたしの目の前でくるくると回り続ける不思議な車輪。

 これがあたしの魔法。万物の運命を司る善悪流転の車輪。

「んー、なんだかなあ……」

 あたしは大きくため息をついた。

「こんな力、別に欲しくなんてないんだけどな。だって、あたしに殺し合いなんてできるわけないじゃん」

 あたしは右手を当てて車輪の回転を止めた。そのまま車輪の軸のところをちょこんと指で弾くと、車輪は溶けるようにして虚空に消え去った。、

 あたしは諦めの早さには自信がある。何事もある一定のラインまではがんばってみるんだけど、ちょっとでも壁に当たるとすぐに諦めてしまう。それを十七年間の人生でずっと続けてきた。

 日野崎麻衣とはそういう人間だ。だから今もあんまり焦ってはいない。何が起きようともありのままに受け入れ、そして諦めるだけだ。

 だからこそ、あたしに自分の結末がわかってしまう。こうなった以上、長生きなんて出来っこないことが。

 たぶん、あたしは死ぬ。

 この魔法がどれだけ強力だろうと、戦う意志の無いあたしに勝ち目はない。なんにも成したことがないあたしには今さら何も成せやしない。

「まあ、せめて死に方くらいは選びたいかな」

 それがあたしの素直な感想だった。


 ※『Ⅹ 運命の輪』

魔女…日野崎麻衣。十七歳。

ワンド…「運命魔法」 低確率で起こりうる事象を強引に引き起こす。

ペンタクル…「なにげない幸運」 無意識に発動し、自身に幸運をもたらす。

スォード…「シンデレラの車輪」 童話の魔女が起こした奇跡。石の車輪。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


当方、こちらのサイトでは初投稿です。

何かと拙い部分があるかと思いますが、何卒ご容赦くださいませ。


誤字脱字・改行ミスなどありましたら、都度ご指摘いただけると助かります。

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