「終わり」
【あらすじ】
舞台は現代日本のとある地方都市。
「原初の魔女」は自らの悲願を達成するために禁断の儀式に手を染める。彼女は自身の魔力と魔法を二十二枚のタロットカードに分割し、何も知らぬ少女達へと投げ渡した。カードを手にした少女は魔女となり、互いに殺し合う宿命を背負う。勝者が絶大な魔法の力を手にするバトルロイヤルが始まった。
【第一章】
タロットカード「Ⅹ 運命の輪」を手にした女子高生、日野崎麻衣の視点で物語は幕を開ける。
【第二章】
物語の中心はタロットカード「ⅩⅠ 力」を手にした千尋沙織へと移った。
熾烈を極める戦いの中、悲劇は連鎖する。
【第三章】
魔女のゲームは半ばを過ぎ、残る魔女は半数以下となった。
そんな中、「Ⅱ 女教皇」のカードを持つ中学生、緒方早月が暗躍する。
【第四章】
名も無き十三番目の魔女が動き出し、物語は終幕へと向かう。
【第五章】
ゲームエンド。勝者は1人。
初夏はあっという間に過ぎ去り、本格的な夏がやってきた。
あたしは学校の屋上にレジャーシートを敷いて寝転び、ぼーっと空を眺めていた。
澄み切った真夏の青空は誰が見てもおんなじ色をしているけど、それを見て何を思うかは人によって違う。テンションが上がる人もいれば。下がる人もいると思う。どちらかというと、あたしは後者だ。
「寂しいなあ、もう」
他の人はどうなんだろうね。今度、クラスの子たちに聞いてみようかな。
「その寂しさをボクちゃんでまぎらわせるのはやめて欲しいんだけどな」
「いいじゃん。似合ってるよ、その服」
あたしはゴロリと転がり、隣に座っている女の子に声をかけた。女の子座りをしているその子の膝に頭が触れる。
その子はちょっと変わった外見をしていた。髪は黒で、目は金色。水色のキャミソールにオレンジ色のミニスカート。目の色だけちょっとアレだけど、そこさえ除けばまあ普通の女の子だ。でも、その子には普通の子とは明らかに違うところが二つある。
一つ、顔の脇にある耳が、人間のものじゃなくて猫みたいなのになってること。
二つ、ミニスカートの中からスラリと長い猫みたいな尻尾が生えていること。
猫みたいな耳と猫みたいな尻尾は両方とも真っ黒で、なんとなく黒猫を思わせる。
「ボクちゃんを妹の代わりにするのはいいけどね。そこから得られるものは何もないよ?」
「んー。別に代わりだなんて思ってないよ。春ちゃんは春ちゃんだし、あんたはあんた。共通点はあたしのかわいい着せ替え人形ってことくらい。ホントによく似合ってると思うよ、その格好」
「……まあ、猫の姿でいるよりかは幾分かマシだとは言っておくよ。なんだかんだ言ってあの姿は不便だったからね」
「そう。気に入ってくれたなら良かったわ」
頭を持ち上げてその子の膝にのっけようとしたら、ススッと避けられた。
残念。春ちゃんなら膝枕くらい喜んでさせてくれたのにな。ついでに耳掃除のサービスまでついてきて、まさに至れり尽くせりだったよ。なつかしいな。
あたしはまた空に視線を戻す。
真っ青な空からはやっぱり寂しい印象を受ける。
春ちゃんだけじゃない。小金井もあたしを残して消えてしまった。あたしのことを大切に思ってくれる妹と親友はもういない。
父さんと母さんももういない。二人とも、少し前に起きた連続殺人事件に巻き込まれて死んでしまった。そういえばあの事件、解決したのかな。
口では否定したけど、あたしってばやっぱりこいつを春ちゃんの代わりにしている。
「ねえ、耳掃除してくれない?」
「やだよ。なんでボクちゃんがそんなことしなくちゃならないんだ」
「あたし、一応あんたのご主人様なんだけど」
「ボクちゃんの主人は今もあの方だけだよ。ボクはあの方のことを心から敬愛していたんだ。その気持ちは今も変わらない。あの方は最後まで信頼してくれなかったけどね」
「そりゃそうよ。あんた、言ってることが嘘っぽいもん」
「うわ、ひどい。いくらボクちゃんだって、傷つくときは傷つくんだよ?」
どうでもいい会話を続けながら、あたしは空を見つめ続ける。
あたしが高校を卒業するまであと半年。受験のこととか考えなきゃいけないんだけど、どうにもそういう気になれない。あんなことがあった後だから当たり前だけど、あたしはもう普通の人生を歩むことなんて出来ない気がする。
あたしがそうしたいと思っても、周りの環境がそれを許してくれならそうだ。
「ねえ、ヘンリエッタ。下の様子はどうだったの?」
ヘンリエッタは面白く無さそうに答えた。
「ああ、この建物はすっかり包囲されているね。蟻の這い出る隙間もないさ。教会の奴ら、ボクちゃんたちをこの場で始末する気満々だよ」
「迷惑な話だよね。あたしはなんにも悪いことしてないのに」
「文句があるならあの方に言っておくべきだったね。これだけの騒ぎを起こしたら教会の奴らに嗅ぎつけられるのは当然だ。どうするんだい、運命の魔女。彼らは魔女殺しの専門家だ。このままだとなぶり殺しだよ?」
あたしはゆっくりと立ち上がった。
「その呼び方はやめてって言ってるじゃん。せっかくあたしはあんたのことを名前で呼んであげてるんだから、あんたもちゃんと名前で呼んでよね。ヘンリエッタ」
「うーん、とは言ってもねえ。相手を名前で呼ぶのはボクちゃんの性に合わないんだ」
「じゃあ、ご主人様って呼びなさい」
「断る」
「つれないなあ。じゃあ、他に気の利いた呼び方を考えてよ」
「そうだねえ」
ヘンリエッタも立ち上がり、あたしの横に並んで立った。そしてひとしきり頭をひねったあと、ポンと手を叩いて言った。
「そうだ、こう呼ぼう」
首をあたしの方に向けて、ヘンリエッタは言った。
「お姉ちゃん」
「……却下よ、却下。それはダメよ」
あたしはヘンリエッタの耳を引っ張ろうとしたけど、スルリと避けられてしまう。
「いいや、決めたね。ボクちゃんはこれから君のことはお姉ちゃんって呼ぶことにするよ。お姉ちゃんだって嬉しいよね?」
小首をかしげて、あたしの顔を覗き込んでくるヘンリエッタ。
その姿を見て、不覚にもかわいいと思ってしまった。
「……まあ、いいわ。好きにしなさい」
「わかった。好きにさせてもらうよ、お姉ちゃん」
まったくもって悪趣味だ。
あたしはローファーを履き、屋上の端に立った。下をのぞき込むと、グラウンドに何台もの軽トラックが止まっている。その周りには明らかに普通とは思えない男が立ち並んでいた。その手にあるのは剣、槍、銃……。
「さて、どうするんだい。ヤツらはもうまもなくここへやって来るよ」
「そんなの、決まってるじゃない」
ローファーのかかとで床をトントンと叩く。
「とりあえず逃げよっか」
あたしは左手をヘンリエッタに差し向けた。
ヘンリエッタは少し躊躇したあと、そっと手を重ねてきた。
「本当にいいのかい? ボクちゃんをこんなに自由にさせておいて」
「何が?」
「ボクちゃんだって魔女の端くれ。お姉ちゃんの寝首をかくことくらいのことはしてみせるよ? それに、ボクちゃんはあの方の悲願を打ち砕いた君は許しちゃいないよ」
「まあ、別に? アンタごときがどうしたところで、今のあたしには全然関係ないもん。……それに、ね」
「なんだい?」
「やっぱり一人は寂しいんだ。誰かが一緒にいてくれなきゃ、寂しいよ」
あたしは右手を振るった。
傍らに、くるくると回転する車輪が出現する。
「あたしの車輪は運命の糸を繰る糸車。なんなら、運命の糸の根源がどこにあるのか、たどってみるのも楽しそうね」
「……お姉ちゃんは本当に変わってるね。初めて会ったときから普通じゃないとは思っていたけど、ここまでとはね。ホントに恐れ入るばかりだ」
「そういえば、最初に会ったときあんたはあたしが勝者にふさわしいとかなんとか言ってたわね。あれは予言のつもりだったのかしら」
「まさか。ちょっとしたリップサービスさ。全員に同じことを言ってるよ」
「ま、そんなこったろうと思ってたわ」
屋上の入り口の法からバタバタと足音が聞こえる。
「おしゃべりしてる余裕はなさそうだよ、お姉ちゃん」
「わかってる。それじゃあ行こっか、ヘンリエッタ」
あたしはたぶん、もうこの学校に戻ってくることはないだろう。
長い旅路の果てに何が見えるのかはわからないけど、とりあえず考えるのはあとだ。
運命に身を委ねて、前に歩いていけばいい。
「それじゃ、跳ぶよ。心の準備はおっけー?」
「好きにしてくれ。ボクちゃんはお姉ちゃんについて行くしかないんだからさ」
あたしはもう一度だけ、空を眺める。
世界は、今日もこんなにも美しい。
あたしはそれだけ思って、跳んだ。
どこまでも高く、どこまでも遠くへ……。
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