第四章「ⅩⅢ 」 九日目
【あらすじ】
舞台は現代日本のとある地方都市。
「原初の魔女」は自らの悲願を達成するために禁断の儀式に手を染める。彼女は自身の魔力と魔法を二十二枚のタロットカードに分割し、何も知らぬ少女達へと投げ渡した。カードを手にした少女は魔女となり、互いに殺し合う宿命を背負う。勝者が絶大な魔法の力を手にするバトルロイヤルが始まった。
【第一章】
タロットカード「Ⅹ 運命の輪」を手にした女子高生、日野崎麻衣の視点で物語は幕を開ける。
【第二章】
物語の中心はタロットカード「ⅩⅠ 力」を手にした千尋沙織へと移った。
熾烈を極める戦いの中、悲劇は連鎖する。
【第三章】
魔女のゲームは半ばを過ぎ、残る魔女は半数以下となった。
そんな中、「Ⅱ 女教皇」のカードを持つ中学生、緒方早月が暗躍する。
【第四章】
名も無き十三番目の魔女が動き出し、物語は終幕へと向かう。
あの日。
変な髪形をした女の人が家に来たあの日から、今日で一週間になります。
一週間待っても何も起きなかったので、あたしは動くことにしました。じっと部屋にこもっていても、何も変わりません。のそのそとベッドの中から這い出て、ブカブカの部屋着を脱ぎます。
そうだ、今日は制服を着てみましょう。
でもその前に下着ですね。あたしはクローゼットを開けて、いつものように下着を取り出します。でもサイズが合いませんでした。
下着なんてなくてもいいですよね。
あたしは気にせず制服に着替えます。アイロンをかけたばっかりなので、とてもピシッとしてます。やっぱりサイズがブカブカですけど、我慢します。
スカートだけはそのままだと落ちちゃうので、ベルトでキュッと締めます。結構ミニのはずなのに、今は膝下まで丈があります。ちょっとダサいですけど、我慢します。
あと靴だけはどうしようもないので、いつものローファーを履きます。ちょっとアンバランスな感じがして、これもちょっとダサいです。でもこれも我慢します。
玄関で息を整えます。
大丈夫です。昨日もあたしはお外に出て、悪い人をやっつけました。
だから今日も平気です。
あたしは日野崎麻衣。一人でもちゃんとお外に出られます。
あたしはドアを開け、夜の街に飛び出しました。
今日の月はちょっとだけ欠けた満月です。ちょっと欠けてるのがひどくバランスが悪く見えて、なんとなく不安になります。
夜の街は暗くて薄気味悪いです。
怖いのを我慢して歩きます。
……いいえ、嘘です。
あたしはこんなの怖がりません。あたしは怖くもなんともありません。今日は街の中心部の方から匂いがします。あたしはその匂いに引かれて、フラフラとそちらへ向かいます。
昨日は同じ匂いが街外れの方から漂ってきました。
そっちへ行ったら悪い人と会いました。その人は剣をブンブン振ってきてとても怖かったので、ざっくりやっちゃいました。
あと、もう一人悪い人がいました。その人はずっと部屋の中にいたので、その前で出てくるのを待ちました。出てきたところを、やっぱりざっくりやっちゃいました。
これで悪い人はあと一人です。
その人もざっくりやっちゃえば、もうあたしの邪魔をする人はいなくなります。
あたしは夜の街を歩きます。
いつも手を引いてくれたあの人はもういません。
だから、あたしがあの人になって、あたしの願いを叶えます。
あたしの願いはただ一つ。
「みんな、みんな、みんな死ねばいいんです。こんな世界、滅んじゃえばいいんです」
そう、あたしの願いは世界を滅ぼすことです。
「そんな格好で外に出るなんて、君は変態かい?」
街灯の下に一匹の猫さんがいました。全身真っ黒で、目だけが金色に輝いてます。黒猫さんはなぜか人間の言葉をしゃべります。この黒猫さん、最近よく見かける気がします。
この前、家に来た変な髪形の人も。昨日あたしがやっつけた悪い人たちも。もうどこにもいない、あの人も。みーんな、黒い猫さんを連れていました。流行ってるんでしょうか、黒猫さん。
とりあえず、とってもイヤなことを言われたので反論しておきます。
「あたし、変態じゃないです」
「いやー、どうだろうねえ。明らかにサイズの合っていないブカブカの制服に、制服には不釣合いな革のベルト。しかも下着をつけてないときたもんだ。こんな格好をしてる君を変態って言わずになんて言うんだい?」
あたし、イラッとしました。ざっくりやっちゃいましょう。
黒猫さんの胴体に刃を入れたら、体の真ん中あたりで二つに裂けました。
でも黒猫さんはしゃべるのをやめません。体が半分になっちゃったのに、何事も無かったかのようにしゃべり続けます。上半身だけの猫さんがしゃべっている様子はどう見てもホラーです。
「いやはや、君がそうだとはね。ボクちゃんも全然気付かなかったよ。さすがは呪われた十三番目だけあるね。大した存在感の無さだよ」
「なに言ってるの?」
黒猫さんが何の話をしているのか、あたしには全然わかりません。
「運命の魔女も罪作りだね。彼女の周りは魔女だらけじゃないか。一体どれだけ運命の糸に恵まれていたのか。考えただけで恐ろしくなってくるよ」
恐ろしいのは、胴体を半分に割られても生きている黒猫さんの方です。
そう言おうと思ってやめました。いつの間にか、黒猫さんの体はくっついていました。元通りです。ボンドや接着剤じゃこんなにキレイにくっつかないと思います。
「ただ、やっぱりその格好はいただけないな。ボクちゃんは意外と女の子の貞操観念にはこだわりがある方なんだ。年頃の若い女の子がそんな格好してちゃいけないよ」
「……? でも、あたしはいつもと同じ服を着てるだけです。いつもと同じです」
「何を言ってるんだい、君は。それは君の服じゃないよ。呪われた十三番目の魔女。それは君の服じゃない」
「何言ってるんですか? これ、あたしのですよ」
あたしは自分の服をしげしげと見つめる。そう、これはあたしの服だ。
これはあたしのだ。あたしが毎日学校に通うために着ていく服だ。
「狂ってるね、君は」
「あたし、狂ってなんかないです」
「いいや、狂ってるね。もし君が狂ってないと言うなら、自分が狂っていることに気付けないくらい狂っているってことだ」
「……初対面の人に失礼です。だいたい猫さんに服装についてとやかく言われる筋合いはありません」
「おっとこれは失礼。そういえば、君には名乗ったことも姿を見せたこともなかったね。失敬、失敬。ついうっかりしていたよ」
黒猫さんはピシッと姿勢を正しました。猫なのにピシッっとしておかしいです。
「ボクちゃんのことは愚か者、とでも呼んでくれたまえ。名も無き魔女のお嬢さん。それで、ボクちゃんは君のことをなんて呼べばいいのかな?」
ちょっとニヒルな感じの自己紹介をする黒猫さんでした。
名乗られた以上、あたしも名乗らなければなりません。
「あたしは日野崎……日野崎麻衣、です」
「……ふーん、なんだ。そういうことか。そういうつもりなんだね、君は。本当にどうしようもないくらいに狂っているわけだ」
「あたし、怒ってもいいですか?」
ざっくりやっちゃいますよ?
私はまた黒猫さんに刃を向けます。
「おっと、真っ二つになるのはもうごめんだよ。ボクちゃんだから冗談で済むけど、君のその鎌で切られたら普通はひとたまりもない。もうちょっと気をつけて使って欲しいな」
「……鎌?」
「そうだよ。君はずっと握っているじゃないか。とてつもなく大きな鎌を。罪人を処刑するための畏怖すべき凶器をその両手で持っているじゃないか」
あたしは自分の手を見ました。なるほど、確かに大きな鎌がありました。
いつの間にこんなの手に入れたんでしょうか?
そういえば、これで父親と母親や悪い人たちをざっくりやった記憶があります。さっき黒猫さんをざっくりやったのもこれでだった気がします。
「……痛っ!」
急に頭痛がしてきました。鋭い痛みと一緒に、頭にモヤがかかったようになります。なんだかよくわからなくなってきました。アタシはダレで、ココはドコで、モクテキはナニか。ぜんぜんわかりません。
「あはははは。君はどうしようもないなあ。ボクちゃんが何を言ったところでもう君の耳には届かないんだろうねえ。せいぜい己の運命を呪うがいいさ」
うるさいです。
目の前の黒いモノをざっくりやりました。今度は真っ二つじゃなくて、縦と横に二回ずつ、計四回切って十六個に分解しました。
でも、黒いモノはしゃべり続けます。これはもう化け物です。
「しかしまあ、これは面白くなってきたぞ。ガラにもなく興奮してくるね。もし君があの方を殺せたなら、ボクちゃんは力を取り戻せるかもしれない」
黒いモノはゆっくりと溶けて、何かの破片からグニュグニュしたよくわからない塊へと変わっていきます。なんだかコーヒーを飲み終わったあとに底に溜まってるドロドロのに似てます。
「せいぜい健闘を祈るよ、『名も無き魔女』の日野崎仁春ちゃん」
いつの間にか黒いモノは消えていました。
次に会ったら訂正しないといけません。あたしは日野崎麻衣です。
頭が良くて、運動神経が良くて、意志が強くて、しかも優しくい人。
あたしは……あたしは、春が大好きなお姉ちゃんです。
こんな世界滅べばいいんです。
お姉ちゃんのいない世界が存在するなんて、春には耐えられません。
あたしは一歩、また一歩と街の中心部へと進みます。なぜだかは分かりません。でも、そこに行けば何かが待ち受けている気がします。その何かの先にあるもの。
それは滅び。
この世のお終わり。
ただ世界を滅ぼすために。
ただ世界に死をもたらすために。
あたしは、あらゆるモノの死を司る十三番目の名も無き魔女。
欠けた満月がお空の真上に達する頃、あたしは街の中心にたどり着きました。この街に中心にあたる場所。そこは古びた神社です。毎年、初詣のときにはココに来ます。でも、それ以外のときに来たことはないです。
門を越え、境内に入ります。石畳の道がお賽銭箱まで続いています。左右には白いジャリが敷き詰められていて、それが月明かりを反射して光っています。
もしかしたら幻想的でキレイな光景かもしれません。あたしにはもうよくわかりませんけど。
お賽銭箱の前に一人の女の子がいました。
長い金髪と赤い目の女の子。背の高さはあたしと同じくらいかもうちょっと下です。小学生にしてはおっきいですから、中学生くらいでしょうか。あたしとおんなじです。着ているのは白い半袖のパーカー、水色のキャミソール、デニムのホットパンツ。なんだかオシャレです。全然魔女っぽくないです。雑誌の読者モデルさんとかみたいです。
「このゲームも今宵で終わるか。長かったような短かったような」
女の子はあたしに向かって話しかけているんでしょうか?
まあ、他に人はいませんし、きっとそうなんでしょう。とりあえず自己紹介でもしておきましょうか。
「あたしは日野崎麻衣です。あなたは?」
「ふん。壊れかけのクズに名乗る名前は無い。正直なところ、私は失望している。まさか貴様のような奴がここに来るとは思っていなかったよ、名も無き魔女」
この子、あたしのこと嫌いなんでしょうか?
イヤです。嫌われたくないです。もう、誰かに嫌われるのはイヤです。
「あたしは日野崎麻衣です。あなたは?」
もう一回聞きます。
お願いだから、あたしのことを嫌いにならないでください。
ホントに、ホントにお願いします。あたしはそーゆーの、もうイヤなんです。
「だから貴様に名乗る名なぞ無いと言っている。まったく、どういう基準で選んだらこんなクズが生き残ることになるのだ、愚か者め」
あ、ダメみたいです。
この子、あたしのこと嫌いみたいです。やっぱりそうなんですね。あたしのことを嫌いにならない人はやっぱりいないんです。大好きなお姉ちゃんしか春のことを好きでいてくれないんです。
こんな世界、滅びればいいのに。
「そう言われてもねえ。結構がんばったんよ、ボクちゃん」
黒猫さんがまた現れました。神出鬼没ってやつです。
「ふん。こんなことなら貴様なんぞに任せるのではなかった。時間をかけて私自らが選定するべきだったな。興ざめもいいところだ」
「どのへんがお気に食わないので?」
「決まっているだろう。最後の相手がコレとはどういうことだ。私の悲願を達成する最後の一つのピースがこんなモノであってたまるか。戦いを始める前に、すでに心が壊れているではないか。話もまともに通じんぞ」
「むしろピッタリなんじゃないかなあ。こんな馬鹿げたゲームのフィナーレは間抜けであればあるほどいいような気がするよ」
「……ふん。口を慎め、愚か者が」
なんだか女の子と黒猫さんがケンカを始めました。
あたしは置いてけぼりです。
いつもこうなんです。春、空気が読めないから、いっつも周りの子にイヤな顔されてました。だからって黙ってたら、それはそれで根暗だとかつまらないとか言われて、また置いてけぼりにされるんです。
でも、日野崎麻衣はそんなことにはめげません。
ちゃんと自分の意志を貫ける人です。
だからあたしは大丈夫。気に食わないなら、ちゃんとそう言えばいいんです。
「滅びればいいんですっ!」
「あん?」
「え?」
あたしは叫びました。思いっきり叫びました。
女の子と黒猫さんが同時にこちらへと振り向いてきます。良かったです。二人ともこっちを向いてくれました。春のこと、無視しないでくれました。それだけで春は嬉しいです。
だから、もっと続けます。
「みんな、みんな、みんな、みんな、みんな滅びればいいんですっ!」
まだまだ足りません。あたしの心はこんな言葉だけは表せません。ゆっくりと両手を振り上げ、手の中の大鎌を構えます。そのためにあるのですから。
「……ちっ。本当に興醒めだな。まったくもって不愉快極まりない」
「そうかい? ボクちゃんはあの子のこと結構好きだよ。『代償魔法』を使いこなせるのはああいう子じゃにあのかな?」
女の子は舌打ちしました。
黒猫さんはなにやら楽しそうにお話してます。
二人とも、あたしのことが嫌いなんです。
あたしはざっくりやっちゃうことにしました。
「死ねっ!」
あたしは思いっきり鎌を振り下ろしました。
女の子も黒猫さんもバラバラの破片に……はなりませんでした。
黒猫さんはバラバラです。さっきよりもさらに細かく、三十二分割されてます。
女の子の方はというと、いつの間にかお賽銭箱の前から消えていました。
「あれ?」
あたしは思わず首をかしげます。
さっきまで確かにあそこにいたはずなのに……。
「たわけ。自分の魔法のことは自分が一番よく知っているに決まっているだろう」
耳元で声がしました。
驚いて振り向こうとしたその前に、ザクッという音がしました。急にお腹が熱くなりました。おそるおそる下を見ると、おへそのあたりから、何か細いものが突き出ていました。
今度こそちゃんと振り向くと、あたしのすぐ後ろに女の子が立っています。
「私が十三番目のカードに篭めた『代償魔法』は対価交換の魔法。魔力以外に何の代償も支払わないのであれば、大した脅威にはならんよ」
シュッという音とともに、お腹から何かが抜けた感じがします。その瞬間、猛烈な痛みが春を襲いました。
「あぐっ……痛い、痛い、痛いっ!」
春は後ろに鎌を向けますが、そこには誰もいません。キョロキョロと周りを見渡すと、女の子は賽銭箱の前に立っていました。なんででしょう。春、ぜんぜんわかりません。
春はあまりにもの痛みに、前のめりに倒れました。
「他愛もない。これで終わりとはな」
「貴女は不満なのかい?」
「さっきから不満だと言っているだろう。愚か者、お前は本当に人を不愉快にさせるのが得意だな。先ほどから苛立ちが止まん」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
向こうで女の子と猫さんがまた何かしゃべっています。楽しそうです。春も混ぜて欲しいです。
春、お姉ちゃん以外の人とあんなに楽しくおしゃべりした記憶ありません。
……あれ?
あたしは……春? 誰?
日野崎麻衣はあたしのお姉ちゃんですよね?
春はお姉ちゃんじゃないです。お姉ちゃんは……春の自慢のお姉ちゃんが日野崎麻衣です。
でも、春が春でお姉ちゃんじゃないとしたら、お姉ちゃんはどこへ?
どこへ行っちゃったんですか?
春の大好きなお姉ちゃんは、どこへ行ったんですか?
「お姉ちゃんっ!」
春は叫びました。倒れたまま、力いっぱい叫びます。お腹は相変わらず熱くて痛いですけど、我慢して叫びます。
「どこ、どこにいるのっ。お姉ちゃん、どこにいるのっ!」
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃんっ。
なんで答えてくれないのっ?
どうして? なんで? どこにいるの?
「やれやれ、本当に救いようがないな。この夜には不釣合いに過ぎる」
ピチャッという水音が耳元で聞こえました。
顔を持ち上げると、女の子が赤い水たまりの上に立っていました。手には一本の細い剣のようなものを持っています。先が血に濡れています。春、さっきはアレで刺されたんですね。この水たまりは、春のお腹から流れた血でできてます。
「放っておいても死ぬだろうが、それでは私の収まりがつかない。とどめくらいは刺してやるからありがたく思え、クズめ」
「し、ぬ?」
「ああ、死ね」
女の子の振るう剣の切っ先があたしに向かって突き下ろされます。
春、死ぬんですね。
最期に春の脳裏に浮かんだのはお姉ちゃんのことでした。
春は本名を日野崎仁春といいます。
歳は十四歳。一応、市立第二中学校に通う中学校三年生です。どうして「一応」がつくかというと、春は学校には行っていないからです。
中学校一年生のとき、春はイジメに遭いました。
空気を読めない春はクラスの嫌われ者でしたから、クラスのみんなも担任の先生も全員が春が悪いって言いました。
それどころか、父親と母親も春が悪いって言いました。いじめられていたのは春なのに、いつの間にか春が悪者になってました。
その頃、春は本気で死にたいと思っていました。
本当にただの一人も春の言うことを信じてくれる人がいなかったら、きっと春は死んでいたと思います。でも、たった一人だけ春のことを信じて守ってくれる人がいました。
それが春のお姉ちゃんです。
学校に通えなくなった春のことを、みんながみんな責め立てました。
「お前が悪い」「お前に問題がある」「お前がまずなんとかしなさい」
春は学校どころか、お外にも出られなくなりました。そんな春のことをお姉ちゃんだけは守ってくれました。
「学校に行きたくないなら行かなければいいよ」
「あたしと一緒なら外に出られるよね。一緒に買い物に行こっか」
優しい言葉をかけて、春のことを大切に、大切に守ってくれたお姉ちゃん。
春はお姉ちゃんが大好きです。
でも、お姉ちゃんはあの日以来帰って来ません。
その前の前の日から、春はお姉ちゃんの変化に気付いていました。お姉ちゃんは黒猫さんを連れていました。お姉ちゃんは魔女に選ばれていたのです。
春と一緒です。ただ、春は黒猫さんには見つかりませんでした。
たぶん、春の持っているカードが特殊だからだと思います。タロットカードの中で最も呪われた一枚。このカードには名前がありません。だから黒猫さんも春のことを見つけられなかったんだと思います。
次の日、お姉ちゃんはちゃんと帰って来ました。お姉ちゃんが部屋にいないときにこっそり荷物をのぞいたら、カードが二枚になっていました。お姉ちゃんはすごいです。
その次の日、お姉ちゃんは帰って来ませんでした。春はいつも通り、お姉ちゃんの帰りを玄関で待ち続けました。お姉ちゃんは結局帰ってきませんでした。その代わりに、変な髪形のお姉さんが来て、お姉ちゃんのカードを置いていきました。
『運命の輪』のカード。そのカードはお姉ちゃんの遺体でした。
春は泣きました。涙が枯れるくらい泣きました。
その日以来、春はちょっとおかしくなっていたんだと思います。お姉ちゃんの部屋で寝起きして、お姉ちゃんの服を着ていました。自分のことを春って呼ばずに、お姉ちゃんの真似をして「あたし」って呼んでみたりもしました。
でも、春の心は寂しいままでした。その寂しさの中で、いつしか春は思い始めていました。
お姉ちゃんがいないこの世界なんて、滅んでしまえばいいって。みんなみんな死んじゃえばいいんだって、春は思い始めていました。
だから昨日、春は二年ぶりに一人でお外に出ました。お姉ちゃんの服を着ていたから、お外も怖くはありませんでした。
春はお外で、スーツを着た女の人を殺しました。魔女だったからです。そのすぐ近くで、今度は春と同じ中学校の女の子を殺しました。魔女だったからです。しかも、偶然にもその子は春のことをいつもいじめていた子でした。
いい気味です。ついでに復讐もできちゃいました。
そして今日。
春は最後の一人、このゲームのボスを倒しにきました。でもこの人はすっごく強くて、春は負けてしまいました。今まさに殺されようとしてます。
走馬灯。これは走馬灯です。
こんな世界滅んじゃえばいいって言ってたのは嘘です。
だって、お姉ちゃんはいつも口癖のように言ってました。
「今日も世界は美しい」
そんなことをいつも言っていました。そんな風にお姉ちゃんが褒めていた世界を滅ぼすことなんて、春にはできません。
結局、春の願いは最初からたった一つなんです。お姉ちゃんが春のことを守ってくれていたように、春もお姉ちゃんのことを守りたかったんです。かけがえの無い大事な人を守りたかっただけなんです。
お姉ちゃんの声をまた聞きたいです。
お姉ちゃんの笑顔をまた見たいです。
それが春の最期の望みです。
どうかお願いします。
お願いですから、お姉ちゃんに会わせてください
春はそう願って魔法を発動しました。
死の間際、春に与えられた『代償魔法』を発動します。
代償は春の命、魂、肉体。そのほかの春の存在を証明するものすべて。
願うことはただ一つ……お姉ちゃんと会いたい。それだけです。
お姉ちゃん、今まで守ってくれてありがとう。
※「ⅩⅢ 」
魔女…日野崎仁春。14歳。
ワンド…「代償魔法」 自身の存在意義を代償に奇跡を起こす。
ペンタクル…「名無し」 他の魔女に自身の存在を感知されない。
スォード…「錆びた大鎌」 儀式用。本来戦闘には不向き。
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