「始まり」
【あらすじ】
舞台は現代日本のとある地方都市。
「原初の魔女」は自らの悲願を達成するために禁断の儀式に手を染める。彼女は自身の魔力と魔法を二十二枚のタロットカードに分割し、何も知らぬ少女達へと投げ渡した。カードを手にした少女は魔女となり、互いに殺し合う宿命を背負う。勝者が絶大な魔法の力を手にするバトルロイヤルが始まった。
初夏のとある日の夜。
時刻は午後十一時半。
西の空では少し身を肥やした三日月が早くも沈もうとしている。
「……いい夜だ」
私はただ一人、とある神社の境内に立っていた。
時間が時間だけに、周りに人の姿は無い。シーンと静まり返った境内は月明かりに照らされ、なんとなく神秘的な雰囲気を醸し出している。
いや、そもそも神社とはは神秘的な場所であるはずだ。残念ながら神秘を侮る愚か者どものせいで、すでにその役割を果たしているとは言えないだけのこと。
だが、今こうして深夜に訪れる限りにおいては、この神社は本来あるべき姿を取り戻していると言えた。私がこれからしようとしていることを考えると、これ以上ないくらい好都合だ。始まりにはこの程度の静寂がふさわしい。
せっかく長年の悲願を叶えるための最後の一歩を踏み出そうというのに、それを薄汚い街角でやってしまっては興醒めだ。少しくらい雰囲気があった方が好い。
心地よい静けさにしばし身を任せる。本当にいい夜だ。
「ねえ、今さらなんだけどさ。ホントにやるつもりなのかい。こんな馬鹿げたこと」
背後から軽やかな声が聞こえた。
人がせっかく高揚感に浸っているというのにまだそんなことをいうのか。この愚か者は私をそんなに苛立たせたいのか。
私はローブの長い裾を翻して振り向いた。そこには一匹の黒猫がいた。闇に紛れて見逃してしまいそうな真っ黒な猫だ。
「今さら何を言うか。くだらない質問をしている暇があったら、オマエはオマエのやるべきことだけしていろ。この愚か者め」
叱責を加えるものの、こやつの涼しい顔はまったく動かない。
まあ、当然と言えば当然だろう。猫に表情などあるわけがない。しかし、それにしても彼奴はふてぶてしい。私の力を知ってなおこんな態度を取るヤツなど他にいない。
本当ならこんな奴の力など借りたくはないのだが、今回ばかりは仕方が無い。なにしろ魔法の持ち主である私自身もゲームに参加する以上、その進行は誰かに委ねるしかないのだから。
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。言われたとおりにしてきたよ。あとは貴女の意思ひとつで『ゲーム』は開始されるよ」
「きちんと候補者を見繕ったのだろうな?」
「ボクちゃんを何だと思ってるんだい? きちんと選定してきたよ。貴女の魔法を使うのにふさわしい子たちをね」
「貴様のやることに信頼などおけるはずがないだろう、愚か者。オマエは道化だ。場を面白くするためにならどんな悪戯をするかわかったものではない」
「でもボクちゃんを使ってくれるってことは、信頼はしてなくても信用はしているってことだよね。理想と現実の境界線を行くあたり、貴女らしいや」
「……もういい、少し黙れ」
私は黒猫から目を離し、再び境内の方へと向き直った。この愚か者と話していても埒が明かない。こやつは捉えどころのない戯言を適当に吐いているだけだ。己の職分は果たしてきたようだから好しとしよう。
ふっと目を瞑る。
さっきまでのくだらない会話で途切れた高揚感が、再び私の胸に込みあがってくる。
もうすぐだ。もうすぐ私の願いが叶うのだ。
それなのに、どうして落ち着いてなどいられようか。
私は一度大きく深呼吸をした。こみ上げる熱い思いをぐっと抑えつつ、右手を左の袖の中に差し込む。そして、袂の中からゆっくりとソレを取り出した。
タロットカード。
二十二枚の大アルカナと五十六枚の小アルカナで構成される原初のカード。
今手の中にあるのは、そのうちの大アルカナだけだ。
すなわち。
『 愚者』
『Ⅰ 魔術師』
『Ⅱ 女教皇』
『Ⅲ 女帝』
『Ⅳ 教皇』
『Ⅴ 皇帝』
『Ⅵ 恋人』
『Ⅶ 戦車』
『Ⅷ 正義』
『Ⅸ 隠者』
『Ⅹ 運命の輪』
『ⅩⅠ 力』
『ⅩⅡ 吊るされ人』
『ⅩⅢ 』
『ⅩⅣ 節制』
『ⅩⅤ 悪魔』
『ⅩⅥ 塔』
『ⅩⅦ 星』
『ⅩⅧ 月』
『ⅩⅨ 太陽』
『ⅩⅩ 審判』
『ⅩⅩⅠ 世界』
この二十二枚である。
これらのカードはゲームにおける切り札であるとともに、占いにおいて最も大きな運命を示す。今、これらのカードには私の持つすべての魔法、力、知識を移し変えてある。私が数百年かけて培ってきたものすべてが、この古びて今にも擦り切れそうな紙切れに集約されているのだ。
私は今回の儀式を行うにあたり、自身の持つ力を以下の四つに大別、厳選した。
十三分割された魔力の杯 「カップ」
人智を超えた発動魔法 「ワンド」
魔女の身を守る護符 「ペンタクル」
古より伝わる魔器 「スォード」
それぞれの力には小アルカナの名を冠することにした。
なぜこのような面倒をかけるかというと、ゲームの公正さを保つためである。今回のゲームで私の力を得る者には、知恵の回らぬ輩も少なくなかろう。そんな奴らでも等しく戦いに臨ませなければならない。そうでなくては公平な戦いとは言えず、此度の儀式は失費となる。公平であればあるほど、私の大望は叶おうというものだ。
今こうして冷静に考えると、『愚者』が私に問うたことの意味もわかろうものだ。もし私が予定通りに『ゲーム』を始めたなら、これらの力はたった1枚を残してすべて他人の手に渡ることになる。それがこの儀式のルールだからだ。
私とて伊達に『原初の魔女』と呼ばれて恐れられているわけではない。このカードを手にした者は常人では及びも付かない力を得るだろうし、反対に私は盆百の魔女の一人にと身をやつすことになるのだから。
だが、私に恐れは無い。そんなもの、数百年の彼方に置き忘れてきてしまった。
何事にも代償は必要だ。安い賭け金では巨利を得ることは出来ない。私の願いが畏れ多いものであるからこそ、その賭け金は果てしなく跳ね上がる。私という存在の過ごしてきた数百年が私の賭け金だ。
別に問題はない。私の力の大半を他人に明け渡そうとも、その上でそれらすべてを自分の手で打ち砕けばいいだけの話だ。
私はタロットの中から1枚を引き抜いた。
『ⅩⅩⅠ 世界』
卵のような枠に男とも女とも分からぬ人物が描かれたカード。タロットにおける切り札中の切り札。『完全』の意味を持つ、最強の手札。これだけあれば十分だ。あとは誰にでもくれてやる。
私は残りのタロットカード二十一枚をすべて地面へと投げ捨てた。
力を得るためにはまず力を捨てよ。
私はそうやって己に試練を課し、そのたびに新たな地平を切り開いてきた。
これが最後の試練だ。私の悲願を叶えるための、最後の試練。
「始めるぞ、愚か者。楽しくも凄惨なゲームの幕開けだ」
「貴女はやっぱり素晴らしいよ、原初の魔女」
黒猫が私の前へと回ってきて、地面に投げ捨てたカードの上に座る。
「このゲームの勝者が貴女である保証はどこにもない。だけど、できることならボクちゃんはまた貴女に仕えたいね」
「戯言を。くだらないことを言っていないで、とっとと行くが良い」
黒猫はくすっと笑った。笑う猫なんて不吉の象徴でしかない。それを分かった上でやっているのだろう。これだから愚か者は手に負えない。
「それじゃ、また会えることを楽しみにしてるよ」
次の瞬間には、黒猫は闇に溶けるようにして消えたいた。地面に投げ捨てたカードもそれと一緒にすべて消えている。これはつまり、私の手元に残された魔法がたった一つしかないことを意味している。
私の力が篭められた二十一枚のカードは、今頃あの愚か者の手によって選定者の下へと運ばれているはずだ。彼女らはカードに触れた瞬間、新たなる魔女になる。それもただの雑魚ではなく、私の数百年の叡智の欠片を持つ強者となる。
そして、彼女らは殺し合う。最後の一人となるまで。すべてのタロットを集め終わるまで。彼女らはお互いの存在を殺し合う。私も例外ではない。世界最強の『原初の魔女』はついさっき消えた。今ここにいるのは二十二人の参加者の1人に過ぎない。そう、さしずめ『世界の魔女』といったところだ。
「さあ、行こうか。今失ったばかりのすべてを取り返すために」
あの愚か者が去った今、私の言葉を聞き届ける者は誰もいない。暗闇に閉ざされた神社に私の独り言は空しく響く。私はたった一枚のタロットを握りしめ、ゆっくりと歩み始めた。だが、少しだけ歩いてからとあることに気が付く。
「……この服は着替えて方が良いかもしれんな」
三角帽子、地面にひきずるほど長いローブ、先のとがった木靴。
堂々たる魔女の正装。
この格好は巷を歩くには目立ちすぎる。かといって世間の凡俗な輩の目を眩ませることはもうできない。その魔法はさっき持って行かれてしまった。まったくもって不便極まりない。
だが、この不便さも私には快感に思われた。なにせ最後に不便だと感じた経験など、遥か記憶の彼方である。自分の力が及ばないという事実は私の心をさらに高ぶらせる。
「仕方が無い。そのあたりで適当に拝借するとしよう」
こんなスタートでは少々格好が付かないが、それもまた一興。楽しくも凄惨な魔女のゲームの始まりだ。
すべては私の悲願を叶えるため。
遙か昔、私を救おうとしなかった神への復讐を果たすため。
私は最初の一歩を踏み出した。
※『ⅩⅩⅠ 世界』
魔女…通称「シンデレラ」本名、年齢不詳。
ワンド…「世界魔法」 時間と空間を支配し、自在に操る。
ペンタクル…「世界結界」 魔力を持たない人間に認識阻害をもたらす。
スォード…「神殺しの剣」 存在しない神を殺すための剣。レイピア。
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