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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第19章 新規募集(2016年5月30日月曜)
98/487

97手目 オタク少年、華麗にダンクを決める?

「俺たちを待ってた? ……どういう意味だ?」

 三宅みやけ先輩は、けげんそうにたずねた。

 ララさんはバスケットボールを指先で回しながら、

「だって、わたしと戦うんでしょ?」

 と、質問を質問で返した。

「戦う? なにを?」

「バスケで勝負して、わたしが負けたら将棋部に入部、勝ったら拒否」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え? なにそれ?

 三宅先輩も目を白黒させた。

「ちょっと待て。なんの話だ? いつそんな決まりになった?」

「電話でそう言われた」

 三宅先輩は、だれからの電話かとたずねた。

聖生のえる

 ララさんは、聖人の聖に生活の生だとつけくわえた。

 この子、日本語が完璧ね。大谷おおたにさんが言ってたように、日系っぽい。

聖生のえる? ……聞いたことない名前だな」

「さあ、わたしと勝負しましょ。種目は5人制バスケ。15ポイント先制したら勝ち」

 ちょっとちょっと、聞いたことない名前だって言ってるでしょ。

 三宅先輩も反論した。

聖生のえるなんてやつは、俺たちと関係ない。ここには交渉に来ただけだ」

「ダメだよ。お金もらっちゃったし」

 将棋部との勝負を受けるかわりに1万円もらった――と、ララさんは告げた。

「話がめちゃくちゃだろッ!」

「それはこっちのセリフ。あなたたちと聖生のえるの関係は知らないけど、わざわざ勝負の場を設けたんだよ。感謝してちょうだい。Sou gentil」

「そいつに会ったこともないんだぞッ!」

 三宅先輩がヒートアップしてきたので、私たちはなだめた。

 風切かざぎり先輩が前に出る。

「悪いが、仕切りなおそう。こっちにも選択権はあるはずだ」

「選択権はナシ。勝負を受けなかったら、将棋部の負け。それが聖生のえるとの約束」

「マジで言ってるのか?」

真剣まじ

 お金をもらった以上、約束は破れない。それがララさんの言い分だった。

 風切先輩はひっこんで、私たちと相談を始めた。

「どうする?」

 どうするもなにも、状況が意味不明すぎる。

 守屋もりやくんが裏切ったんじゃないかしら。

 穂積ほづみさんもおなじことを考えたらしく、

聖生のえるは守屋じゃないんですか? あいつに連絡したら分かると思います」

 と提案した。

「そうだな。守屋の連絡先は、だれが押さえてる?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 完全にやらかしてますね、これは。

 集団で交渉していたから、役割分担がおろそかになってしまった。

 だれかがやるだろうの精神、絶対ダメ。

 風切先輩は、しぼりだすようにタメ息をついた。

「とちったな……」

「守屋くんと連絡がつくまで、待ってもらったらどうですか?」

 私のアドバイスに、風切先輩はうなずいた。ララさんのほうへふりかえる。

「ララ、1時間……いや、30分待ってくれないか。聖生のえるを捜してくる」

聖生のえるは、それもダメだって言ってたよ」

「なに?」

「『将棋部が自分を捜すって言い出したら無視しろ』って」

 そんなバカな。先回りが過ぎる。

 冷静になった三宅先輩は、風切先輩の耳元で、

「ララの作り話じゃないか?」

 と囁いた。

「ああ、聖生のえるなんていない可能性も……しかし、証拠がない」

「存在しないってのは、悪魔の証明だ。ララに証拠を出させろ」

「なるほど……おい、ララ、聖生のえるが実在するって証明できるか?」

「どういう意味?」

聖生のえるがほんとに連絡をとってきた証拠は?」

「電話だったから、そんなの残ってない」

「じゃあ、さっきの約束があったかどうかも分からないよな?」

 ララさんは肩をすくめた。

 バスケットボールを両手でセルフパスする。

「疑ってもいいけど、わたしは自分が1万円もらったのを知ってる。それで十分。あと3分で決めて。タイムオーバーしたら、入部はその時点でなし。OK?」

 ララさんは、スポーツ用の腕時計で時間をはかり始めた。

 私たちは大慌てで協議する。

「三宅、どう思う?」

「いったん引くべきだ。風切は?」

「俺は反対だ。引いたらチャンスは来ない。ララは本気にみえる」

 部長と主将で意見が分かれた。一番あぶないパターンだ。

 三宅先輩も2年生同士で議論しないほうがいいと思ったのか、私たちに話をふった。

「1年の意見は?」

 最初に口をひらいたのは、松平まつだいらだった。

「こんなに揉めるんじゃ、どのみち脈なしにみえるんですが」

 一理ある。ララさん、入りたくないだけの可能性も。

 三宅先輩もうなった。

「たしかに……ララは諦めるか?」

 穂積さんが「異議あり」と手をあげる。

「守屋の入部条件は『ほかのふたりが入部したら』でした。ここで諦めたら芋づる式にダメになります。ふたり目の名前も教えてもらえないんじゃないですか。っていうか、相手は全員女子ですよ?」

 たしかに。私たちをぐるりと囲んでいるのは、全員女子――なんだけど、どうみても日本人より体格がいいのが、ちらほら。みんな留学生なんでしょうね。

「5人出すなら、俺と風切と松平と……」

「まだぁ? あと1分、59秒、58秒……」

 ララさんは秒を読み始めた。

 三宅先輩は混乱してきたらしく、頭をかかえた。

「とりあえず俺と風切と松平、それに大谷と裏見でいいな?」

「あれ? みんななにしてるんですか?」

 いきなり声をかけられて、私たちは一斉にふりむいた。

 体育館の入り口に、穂積お兄さんが立っていた。

「スポーツですか? 僕も入れてもらえます?」

 これには三宅先輩が、

「今はそれどころじゃない。話はあとだ」

 と断りかけた。すると、大谷さんが一歩まえに出て、

「拙僧は辞退します。穂積さんのお兄さんをメンバーに入れてください」

 とお願いした。意外だったけど、口調が強かったのでほかのメンバーは押された。

 ひとりだけ、三宅先輩が反対する。

「いや、大谷は運動部だったんだろ? 穂積の兄貴はどう見ても……」

「三宅先輩、風切先輩、松平さん、穂積お兄さん、裏見さんで。拙僧は出ません」

 なんで勝手に指名してるんですか。大谷さん、暴走。

「10秒、9、8、7」

「分かった分かったッ! メンバーはそれで決まりだッ!」

「OK、そこにゼッケンがあるから、つけてちょうだい」

 というわけで(どういうわけなんだか)、バスケ勝負になった。

 私たちは私服のうえに緑のゼッケンを羽織はおる。

 ララさんたちは赤いゼッケン。背の高いポニテの白人少女と、これまたポニテのアジア系(たぶん韓国人か中国人かな)の少女。4人目は東南アジア系っぽい顔立ちで、最後のひとりは髪を編み込んだ黒人女性だった。全員スポーツには自信があるらしい。ウォーミングアップの動きが場慣れしている。

「これ、勝てるのか?」

 松平のひとりごと。

「気合い入れなさいよ」

 私は発破をかけた。

「気合いじゃ勝てないぞ。策がないと」

「OK、そろったね。審判は体育館のスタッフだから、安心して」

 ララさんはボールを審判に渡した。ミーティングタイムも無しかい。

「それでは、ジャンパーは中央に」

 審判の指示にしたがい、三宅先輩と白人少女が中央に出る。

 ボールがラインの上方へ正確に投げられて、試合は始まった。

「Hey!! Lala!!」

 身長差がありすぎて、三宅先輩はあっさりボールをタップされた。

 サイドで構えていたララさんが飛び出す。

 私はブロックしようとしたけど、あっさり黒人少女にはばまれてしまった。

 ララさん、そのままゴールへ一直線。

「Easy game!! ……ん?」

 ララさんがゴール手前に来たとき、ひとつの影が飛び出した。

 穂積お兄さんだった。

「っと、いい位置にいるわね。サイドが甘いけど」

 ララさんはボールをバウンドさせて、穂積お兄さんの脇を通り抜けようとした。

 その瞬間、パッとボールが消えた。

「……what's?」

「ボールはここにあるよ」

 穂積お兄さんは、ポンとボールを足元でバウンドさせた。

 え? いつの間に? 遠目に見てた私も気づかなかった。

「穂積ッ! パスだッ!」

 ゴールに一番近い三宅先輩が大声を出した。

 ところが、穂積お兄さんはこれを一蹴。

「まあまあ、そう焦らずにさ」

「なに言ってんだッ! おいッ! うしろッ!」

「Chance!!」

 三宅先輩が注意するよりも早く、ララさんの手が伸びた。

 穂積お兄さんは、股下をくぐらせるレッグスルーであっさり回避。

 ララさんの顔色が変わった。

「このひと、めちゃくちゃ上手……」

「Lala!! Move!!」

 ほかの女子もようすが変だと思ったのか、ララさんに声をかけ始めた。

 ララさんは真剣な表情になる。

「本気でいくわよッ!」

 ララさんは右足でフェイントをかけてから、左に急旋回した。

 あわや、というところで、穂積お兄さんはくるりと一回転。ボールをキープ。

 とんとんとんと、フェイントの掛け合いが3回くらい続いた。

「Hey boy!! もう1回する?」

「んー、どうしよっかなぁ……っとッ!」

 穂積お兄さんは、サッと左によけた。

 うしろからこっそり突っ込んで来た東アジア系の女の子が、勢い余ってひっくり返る。

「いやあ、そういう古典的なトラップは、よくないなぁ」

 穂積お兄さんは、その場で軽くジャンプした。

 左手で支えたボールを、右手であざやかにシュートする。

 

 ストン

 

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………うっそ。スリーポイントシュート。

 会場は唖然とした。

「I can't believe it...」

「穂積ナイス!」

 こうして試合は、穂積お兄さんを中心に回り始めた。

 だれがボールを取りに行っても、まったく平気。

 ダンク、レイアップ、リーチバックシュート、逆ステップレイアップ。

 最後はスクープショットまで決めて、あっという間に15点先取した。

「やったッ! お兄ちゃんかっこいいッ!」

 これには妹の八花やつかちゃんも大興奮。

 いっぽう、ララさんは天をあおいだ。

「Nossa Senhora! ……ありえない」

 いやいや、それはこっちのセリフ。

 穂積お兄さん、線が細いからインドア系だと思ってたのに。

 とはいえ、勝ちは勝ち。笛が鳴って、私たちは意気揚々と中央に集合した。

 逆にララさんを囲い込む。

「さーて、入部してもらおうか」

 三宅先輩、強気な態度。

 ララさんは腰に手をあてて、ため息をついた。

「Ok, ok……入部してあげる」

「よっしゃッ!」

 三宅先輩、おおきくガッツポーズ。私たちもめいめい喜んだ。

「で、なにをすればいいの? わたし、そんなに強くないよ?」

「大丈夫、こつこつ練習して、大会に出てくれればいい」

 三宅先輩は、入部届けにサインして欲しいと言った。

 用意がいいわね。ゴネられないうちに、ってことかしら。

「ペンがないから、ちょっと待ってて」

 ララさんは更衣室へとむかった。ほかの子もあとに続く。

 あとに残った私たちは、とりあえず穂積お兄さんをねぎらった。

「お兄ちゃん、ただのオタクじゃなかったんだねッ!」

「ははは、八花、家族のことは、もっとよく知っておかないとダメだよ。でないと」

 穂積お兄さんは、頬に指をかけた。

「でないと、拙者に騙されることになるからな」

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