表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第19章 新規募集(2016年5月30日月曜)
97/487

96手目 暗号解読

 はまだ かんじで書くと?

 

 んー……分からん。

 私は腕組みをいた。風切かざぎり先輩へ視線をむける。

 先輩は椅子にもたれかかって、天井を見上げるようなかっこう。左手には、例の暗号が書かれた紙切れがあった。

「目星はつきましたか?」

「ん? ……まぁな」

 え? ほんと? ……予想してない返事だった。

「教えてもらっても、いいですか?」

「そうあせるな。三宅みやけたちの調査を待とう」

 その途端、廊下のほうで足音と会話が聞こえた。

 風切先輩は姿勢をもどして、紙切れをテーブルのうえにほうり投げた。

 がらりとドアが開いて、三宅先輩が顔をのぞかせた。

「調べ終わったぞ。1年生のハマダは全部で6人だ」

 三宅先輩はメモ帳を風切先輩にむかって投げた。うまくキャッチする。

 私は椅子をよせて、中をのぞきこんだ。

 

 1611081 浜田一平 人文社会学部社会学科

 1621033 濱田良介 法学部法学科

 1631005 浜田佳織 経済学部経済学科

 1631099 浜田隆司 経済学部経済学科

 1652017 濱田勇雅 理工学部電気電子工学科

 1661101 浜田郁子 健康福祉学部看護学科

 

 思ったより少ないわね。私は、ヒントになりそうな情報をさがした。

 一方、風切先輩はちらっと眺めただけで、あまり興味なさげな様子。

「先輩、予想通りでしたか?」

 私の質問に、ほかのメンバーも風切先輩のほうを見やる。

「ああ、予想通りだ……このなかに目当てのやつはいない」

 私たちは顔を見合わせた。三宅先輩は、

「ない? まだハマダはいるってことか?」

 と心配そうだった。

「三宅、これは暗号なんだ。ハマダって名前のやつが犯人とは限らない」

 それはそうだが、と三宅先輩は答えた。

「たった3文字だし、漢字で書けってヒントがあるじゃないか」

 そうなのよね。ハマダを漢字で書いたら、浜田か濱田しか思いつかない。

「『かんじで書いたら』だろ。『漢字』で書けとは書いてない」

「ん? どういう意味だ?」

 風切先輩は、椅子をくるりと回した。ホワイトボードにキュッとインクを走らせる。

 

 換字

 

 かんじしき……あ、そういうことか。

 私はポンと手をたたいた。

「カンジはカンジでも、漢字違いってことですね」

「そう、ヒントは暗号の種類だったのさ。例えば、シーザー暗号だな」

「シーザー暗号?」

 私たちは首をひねった。風切先輩は、ホワイトボードにひらがなを6文字。

 

 ひべわすひれ

 

「これは、なんだと思う?」

 私たちは分からないと答えた。

「ヒント、人名」

 ひとの名前? 6文字だから、普通にありそうではある。

 だけど、1分考えても思い浮かばなかった。

「ヒント2、有名な棋士の名前」

 ここまで言って、穂積ほづみさんがアッと声をあげた。

「分かりましたッ! 羽生はぶ善治よしはるッ!」

「正解」

 え? 羽生さんなの? ……あ、そういうことか。私も分かった。

 松平まつだいらも解けたっぽくて、

「もしかして、1文字上にずらす、ですか?」

 とたずねた。風切先輩は、これにも「正解だ」と答えた。

「50音表を使って、それぞれのひらがなをひとつ上にずらす」


 はぶよしはる

 ひべわすひれ

 

「こういうふうに、ある文字を別の文字に置き換える暗号を、シーザー暗号と云う。古代ローマのカエサル、英語読みでシーザーが使った暗号だからシーザー暗号だ」

 ふむふむ、ようするに【字】を【変換】してるから換字式暗号なわけか。

 だんだん分かってきた。

 三宅先輩もうなずきながら、

「ってことは、【はまだ】をべつの文字に置き換えればいいわけか。シーザー暗号だとすると……しかし、選択肢が多すぎるな。1文字上にずらすのは【のほぞ】、1文字下にずらすのは【ひみぢ】……特に意味はなさそうだ」

「シーザー暗号には応用版もあって、『◯文字目の数だけ上にずらす』とか、『左右交互にずらす』とか、いろいろあるからな。暗号化の組み合わせは無限だ」

「だったら再現は不可能じゃないか? ひらがな3文字の苗字なんてザラにいる」

 風切先輩は、少しだけ口の端に笑みを浮かべた。

「三宅、それが守屋もりやの狙った先入観だ」

「先入観?」

「俺たちは【はまだ】と聞いて、最初になにを考えた? 人名に違いない、と思ったはずだ。人を紹介すると言われたし、じっさい人の名前に見える」

 三宅先輩は、昨晩のできごとを思い出すように、顎に手をあてて黙考した。

「……なるほど、よく考えてみたら、人名だ、とは言われてないな」

「そう、それが第一の罠だ」

「人名じゃないとなると、ますます可能性が広がらないか?」

 たしかに。住所かもしれないし、出身地かもしれないし、所属学部かもしれない。

 3文字になる単語なんて、それこそ無数になる。暗号化されたら終わりだ。

「まあ待て。守屋も入る気はあるんだ。解けないクイズは出さないだろう」

「つまり、個人特定できる、と?」

 風切先輩は首を縦にふった。どうやら暗号は解けているらしい。

「風切、答えはいったいなんなんだ?」

「三宅、このクイズを出されたとき、文字数が少なすぎると思わなかったか?」

「文字数?」

「3文字で個人が特定できると思ったか、って質問だ」

「いや……ストレートに人名だと仮定しても何人かはいるな、と思った」

 風切先輩は、左手のひとさし指と中指で2という数字をつくった。

「だから俺は直感した。ひらがな1文字につき2文字以上の情報が入ってる、ってな」

 ひらがな1文字につき2文字以上の情報?

 そんなのありえない――と思った私の脳裏に、ある方法が閃いた。

「ローマ字で書けば、HAMADAで6文字になりますねッ!」

「お、裏見うらみ、なかなかいい勘をしてるな」

 やった。褒められた。

「が、今回はまちがいだ」

 ととと、フェイントをかけられてしまった。

「アルファベットじゃ学生は特定できない」

「でも、ひらがなじゃないんですよね? 漢字は文字数が減るだけだし……」

「数字だよ、数字。50音表を思い出せ」

 私は50音表を脳内に再現してみる。


挿絵(By みてみん)


 あ、今度こそ分かった。

「「学籍番号ッ!」」

 ぐわぁ、穂積さんとかぶった。私のほうがコンマゼロ秒早かったはず。

「正解、守屋が教えてくれたのは学籍番号だ」

 

 16(は=縦1横6) 17(ま=縦1横7) 014(だ=濁点0縦1横4)

 

「2016年度入学、第17学科、出席番号14番」

 うーん、なるほど。【だ】は【た】の特殊系だから、【た】が表す14に何かを付ける記号だ。014か140の可能性が一番高い。うちの大学は都立で1学科に140人もいないから、014ということになる。

「先輩、よく気づきましたね」

 私は素直な感想を述べた。

 風切先輩はまんざらでもないようすで、ポニーに結んだうしろがみをくるり。

「暗号理論は数学者のたしなみだ」

 なんですか? 風切先輩、けっこうかっこつけですか?

 そこへ水を差すように、三宅先輩が首をひねった。

「第17学科って、どこだ? 知り合いにはひとりもいないぞ?」

 ん、言われてみると――なんか変な番号ね。

 さっきの浜田・濱田姓の一覧をみても分かるけど、うちの大学は3つ目の数字が学部、4つ目の数字が学科になっている。私の場合は2016年度入学の経済学部(2)、経済学科(1)の12番だから、1621012だ。3つ目が1、4つ目が7ということは、人文社会学部の7番目の学科ってことになるけど……この番号には出会ったことがない。

「あ、拙僧、その番号を知っています」

 ここで大谷おおたにさんが挙手。三宅先輩は納得顔で、

「そうか、大谷は人文社会学部だったな」

 と確認した。

「はい、東洋文化学科なので、拙僧は16です」

「で、17は?」

「外国人専修日本文化学科です」

 

  ○

   。

    .


 【都ノ大学総合体育館】

 

「Força!! Lara!!」

「Direita!!」

 褐色肌の少女が、バスケットボールを巧みに操る。

 少女は背の高い白人少女のサイドを抜けて、盛大にジャンプした。

 

 ガコン

 

 見事にダンクが決まる。相手陣営はバック。

 少女はほかの子たちとハイタッチをした。

「留学生……だと?」

 三宅先輩はそう言いながら、体育館の入り口から頭を引っ込めた。

「1617014は、あの得点した子でいいのか?」

「はい、拙僧が国際交流センターで確認したので、まちがいないかと」

 学籍番号は個人情報だと思うんだけど。事務員の腋が甘すぎでは。

「ララ・ミナミ。都ノ大学外国人専修日本文化学科1年生、ということまでしか教えてもらえませんでした。名字がミナミなので、日系4世あたりではないかと思うのですが」

 大谷さんのコメントに、三宅先輩は困ったような表情。

「ブラジル移民の子孫ってことか……だれか、ブラジル語できないか?」

「先輩、ブラジルはポルトガル語です」

 穂積さんのつっこみ。うちの大学の法学部だけあって、地頭と教養があるわね。さっきの暗号も解くのが早かったし。あ、私のほうがコンマゼロ秒早かったわよ。

「ポルトガル語? ……そんなの無理だぞ」

「待て、三宅。守屋はララを誘ったんだろ? だったら日本語が通じるはずだ」

 風切先輩、ナイス推理。もちろん、守屋くんが英語ぺらぺらだったら終わり。でも、私たちに紹介したってことは、そういう意地悪ではないはず。それに、日系なら日本語を上の世代から教えてもらっている可能性もある。

「Hallo」

 ん? ふりかえると、さっきの少女がこっちを向いてにっこりしていた。

「Você finalmente chegou」

 あわわわッ! 見つかっちゃったッ! 私たちはてんやわんやになる。

「あ、あいあむ……」

 しどろもどろになる三宅先輩。がんばれ。応援。

 すると、ララさんはバスケットボールを指のうえで回しながら、

「アハハハ、ごめんごめん、日本語でOK」

 と大笑いしてから、

「やっと来たね。待ってたよ」

 と啖呵を切って来た。三宅先輩は眉をひそめた。

「待ってた? 俺たちを?」

「思ってたよりは早かったかなあ」

 ララさんは指をパチリと鳴らした。

 それまでバスケに興じていた留学生が、私たちを取り囲む。

「Sinto muito, mas……それじゃ、始めようか。種目は何がいい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ