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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第19章 新規募集(2016年5月30日月曜)
96/487

95手目 乗ってきた囲碁部

 いやぁ……これは、ちょっと……。

 私たちが引いているのをよそに、穂積ほづみさんは、

「それじゃ、勧誘に行きましょ」

 と、コンクリートの壁からとびおりた。

 そう、私たちはサークル棟をめぐる壁から、1階の部屋を覗き込んでいるのだった。

 我ながらよくバレないわね。

「あれ? 先輩たち、どうしたんですか?」

 穂積さんは、風切かざぎり先輩と三宅みやけ先輩に話しかけた。

 風切先輩は、三宅先輩をちらりと見やる。

「三宅……どうする?」

「なんというか……囲碁部はちょっと……」

 ふたりの返事に、穂積さんは腰に手をあてて怒った。

「私の紹介が気に入らないって言うんですか?」

 これには、三宅先輩が困った表情を浮かべた。

「囲碁部から引き抜くのは、あとあと問題になりかねない」

「問題?」

「体育会系で引き抜いたときと同じトラブルというか……」

 同意――理由はうまく説明できないけど、陸上部を野球部が引き抜いたりするときと同じトラブルになりそう。私の高校でも、そういう事件があった。本来的には移籍は生徒の自由だと思う。でも、スカウトされるってことは、だいたい優秀なのよね。

 穂積さんは、あきれ顔になった。

「そんなんじゃ、世の中、生きていけませんよ。契約違反じゃあるまいし」

「おまえ、法学部なのに強気だな」

 三宅先輩に同意。

「法と道徳は違うんですってば。初歩の初歩です。違法じゃなければよしッ!」

「とりあえず、勧誘の対象は、あのなかの誰なんだ?」

「髪の毛が長いちょっと暗そうな感じの男子です」

 私たちは、もういちど壁に這い上った。

 髪の毛が長い男子……あ、あれかな。奥のほうで盤を挟んで対局している。猫背で暗そうな感じだし、ほかに該当する子はいなかった。袖が長めのチェック柄の長袖で、下のほうはスラックスを履いていた。

 私たちはふたたび地面に降りて、協議。

「5月末に部室にいるってことは、定着してるんじゃないのか?」

 と三宅先輩。

「定着してるからこそ『引き抜き』って言うんですよ、先輩」

「まいったな……囲碁部の部長とは微妙に知り合いなんだ。学部が一緒で」

「そんなの無視すればいいじゃないですか」

 いやいやいや、穂積さん、その感覚は将来、苦労するわよ。

「風切は、どう思う?」

 風切先輩は慎重なタイプだから、しばらく思案した。

「とりあえず、名前は?」

守屋もりやらしいです。下の名前は分かりません」

「……棋力はどれくらいか分かるか?」

 穂積さんは、知らないと答えた。

「だいたいも分からないのか? そもそも将棋が指せるのは確実なのか?」

「4月の頭に、『将棋部はないのか?』って訊いて回ってたらしいです」

 あ、それは有力な情報――でもないような。

 将棋がぜんぜん指せなくても、最近のブームなら見学に来てもおかしくはない。

 風切先輩も不十分だと思ったらしく、

「ひとまず、どれくらい指せるか調べたい。いいアイデアはないか?」

 と尋ねた。けれども、穂積さんは、

「初心者でもいいんじゃなかったんですか?」

 と異議を唱えた。

「初心者でも問題はない。ただ、囲碁より将棋が強いなら、引き抜きはしやすい」

「あ、なるほど……風切先輩、頭いいですね」

「あいつと知り合いはいないんだな? だとすると、口実が必要になる」

 んー、どうしましょ。1年生の仕事な気がする。

 2年生から話しかけたら、警戒されると思う。

「三宅、囲碁部の部長と知り合いなんだろ? 間接的にアプローチできないか?」

「俺が将棋部の部長になったことはバレてる。あやしまれるぞ」

「そうか……俺はどうも口が下手だから、1年生、だれかやってくれないか?」

 やっぱりね。風切先輩の頼みに、大谷おおたにさんが反応した。

「拙僧と裏見うらみさんで将棋を指して、注意をひきつけるというのはどうですか?」

「大谷と裏見か……大谷は着替えたほうがいいな」

「着替え? なぜですか?」

 お遍路さんのかっこうじゃ、だれも近づいて来ないからだと思う。

 と、本音を言うわけにもいかないので、風切先輩は機転を利かせて、

「そのかっこうだと、見覚えがあると思われるからな」

 とごまかした。大谷さんも、すんなり納得した。

「これ以外の服はあまり持っていないのですが、用意してきます」

「決行は、明日の5時にしよう。今日は解散だ」

 

  ○

   。

    .


 翌日――大谷さんは、いつもと全然ちがうかっこうで現れた。

 白黒の水玉もようが入ったTシャツに、デニムジーンズ。

 か、かっこいい。穂積さんも、見違えた大谷さんを観察して、目を丸くしていた。

「そういうの普段から着れば?」

「これは、しぃちゃんと遊ぶときしか着ません」

「しぃちゃんって?」

「拙僧の友人です。今は東京に……」

「おい、来たぞ」

 私と大谷さんは、サークル棟の玄関前のベンチに座った。

 丸テーブルが並べられていて、ランチなんかに使うスペースだ。

 さっそく、将棋を指し始める。

 

 パシリ パシリ パシリ


「ねぇねぇ、将棋してるの? 俺も経験あるよ?」

「ふたりとも、どこの学部? 1年生?」

「喫茶店に新しいメニュー入ったらしくてさ、今から食べに行かない?」

 だーッ! 関係ない連中が釣れてるじゃないですかッ!

 肝心の少年は、チラッとこちらを見ただけで、サークル棟に入ってしまった。

「ここで桂馬を跳ねたら?」

 王手飛車になるでしょッ! ふざけるなッ!

「おいッ! 裏見をナンパするなッ!」

「あ? なんだおまえ?」

 もうめちゃくちゃ。私は松平まつだいらの襟首をつまんで、そっこうで退散した。

 

  ○

   。

    .


「すみません、失敗してしまいました」

 大谷さんは、90度お辞儀をした。私もちょっとだけ謝る。

 風切先輩は嘆息しつつ、

「いや、作戦にムリがあったな。正攻法で行こう」

 と言うことで、囲碁部からの帰りを待ち伏せることになった。

 

  ○

   。

    .


 深夜――これ、声かけが難しくなったのでは。囲碁部の活動時間、長すぎ。

 穂積さんはベンチに寝そべって、なにやらパズルゲームをしている。

 大谷さんは読書。私はのこりの男子と作戦を練っていた。

「あ、出てきた」

 三宅先輩は、守屋くんが出てきた方向を指差した。

「おい、風切、どうやって声をかけるんだ?」

「他のメンバーが去るのを待つしかないだろ」

「いや、帰り道がおなじだったら、どうす……ん?」

 三宅先輩は会話を中断した――って、守屋くん、こっちに来るじゃないですかッ!

 私たちはパニックになった。

「こんばんは」

 守屋くんは冷静に夜のあいさつをしてきた。

「こ、こんばんは」

「みなさん、僕のことツケてますけど、なにか用ですか?」

 バレバレ。私たちは三宅先輩に助け舟を求めた。

「えーとだな……率直に言おう、将棋部に入らないか?」

 率直すぎる勧誘に、守屋くんは「はぁ」と答えた。

「僕が囲碁部だっていうのは、ご存知なんですよね?」

「うむ……知ってる」

 守屋くんは鞄をベンチに下ろした。丸テーブルを囲む。

「えーとですね、なんというか、すごい唐突な印象を受けます」

 あ、はい。

「が、率直に言うと、部を変えるのは、まったくかまいません」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 三宅先輩も聞き間違いかと思ったのか、慎重に尋ね返した。

「囲碁部を辞めて将棋部に入部してもいい……ってことか?」

「はい、僕としてはまったく。じつは僕、囲碁だと初段なんですよ」

「つまり……将棋のほうが強い?」

「いえ、将棋は1級です」

 話が見えてこない。三宅先輩は、先をうながした。

「うちの囲碁部は、初段じゃレギュラーに入れないんです。最低でも3段はないと。これだけ勧誘に熱心ってことは、将棋部は人手不足なんですよね?」

 むむむ、痛いところを突かれた。けど、これは僥倖だ。

 三宅先輩も話がはずんできた。

「ああ、レギュラーがまったく足りてない」

「僕自身は団体戦にも出たいので、だったら将棋部に移籍します」

 なんか、いきなり話が進展した――と思いきや、守屋くんは条件をつけてきた。

「団体戦は出られるくらいの人数なんですよね? そこは大丈夫ですか?」

「7人出場だから、足りてる」

 守屋くんは、私たちの人数を目で追った。イヤな予感。

「6人ですけど、ほかに何人いるんですか?」

「……ひとりだ」

 守屋くんは、視線をちらりと街灯のほうへそらした。

 あたりは真っ暗で、ちらほらと虫が飛んでいる。

「それだと、話は変わりますね……」

「なんでだ? 春は昇級を決めたし、欠員が出てるわけじゃないぞ?」

「現時点ではそう言えても、将来的に7人を割る可能性は否定できませんよね?」

 三宅先輩は、「いや、そんなことはないぞ」と断言した。

 私たちが比較的付き合いが長い関係なこと、春の団体戦をがんばって乗り切ったこと、王座戦出場を目指すやる気のあるメンバーなことを滔々とうとうと伝えた。

「なるほど……分かりました。こうしませんか」

 守屋くんは学生手帳をとりだしてメモ用紙の部分を1枚破り、三宅先輩に渡した。

 

 はまだ かんじで書くと?

 

「なんだ、これは?」

「じつはですね、僕、4月のはじめに将棋部を作ろうとしてたんですよ」

 さすがに意外すぎて、私たちは声をあげた。

 守屋くんは、まあまあと両手で制する。

「僕を含めて3人しか集まらなかったので、あきらめました」

 三宅先輩は、

「なんで合流してくれなかったんだ? 噂くらいは聞いてただろ?」

 と、若干毒づいた。

「4月の第1週の話です。事務に聞いたら『廃部になった』ということで、これはダメだと思い、解散してバラバラになりました。そのときのひとりが、そこに書いてあります。その子を勧誘できたら、もうひとりも教えてさしあげます」

「ちょっと待ってくれ。漢字で書くと、っていうのはなんだ?」

 守屋くんは、ピッと三宅先輩の顔をゆびさした。

「これは僕からのクイズです。両方解けたら、3人目として僕も入部します」

「クイズ形式にする理由は?」

「僕が教えたと思われたくないんです。みなさんで捜してください」

「……分かった。この情報は、ありがたくもらっておく」

 すごい……一気にツテができた。当たって砕けろ、大成功。

「では、がんばって解いてください。さようなら」

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