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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第18章 フレッシュ大学将棋:2日目(2016年5月29日日曜)
93/487

92手目 迷惑防止条例

「やっぱ、こういう大舞台は攻めだよなぁ」

 宗像むなかたくんは、まかないのお茶を飲みほした。6筋に手をかける。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 攻めた。藤堂とうどうさんの予想どおり。

「これでいけるんですか? 駒が足りてなくないです?」

 私の質問に、返事はすぐに返ってきた。

「採算はある。6五同歩に8六歩〜9五歩か8六歩〜7五歩だ」

「9五歩? ……8六歩、同歩、9五歩、同歩、同香、8五歩の継ぎ歩ですか? それは、9二香成、8三飛、8五歩、同桂、8七歩、7七桂成、同桂で収まってるような……それとも、9五歩、同歩、7五歩、同歩、8六歩、同歩、9五香、同香、8五歩、9二香成、8三飛、8五歩、同桂、8七歩、7七桂成で、同桂は7六歩があるから同金を強要するとか?」

「そこまでむずかしく考えなくていい。9五歩、同歩、8六飛だ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 飛車捨て? ……あ、そっか、同飛に6六角があるのか。

 4八の金が浮いてるんだ。

「俺なら、この順は選ばんがな。9五歩のところで7五歩だ。以下、同歩と取るか、それとも6七銀、8六飛、同銀、6六角を甘受するかは先手の選択肢になる。同じように飛車を捨てているが、俺はこっちのほうがいいと思う」

 ふむふむ、どちらにせよ8六飛車の捨てはあるのか。

「馬ができて後手がいいんですか?」

「悪くない。4八角成が桂当たりだから、2四歩の反撃は間に合わんだろう」

 宗像くんが一本取ったかたちかもしれない。

 けど、氷室ひむろくん本人はいたって平静だった。

「なるほどねぇ、あいかわらず恭二は鋭い」

「おまえがトロいのさ」

「だけど、将棋は交互にしかさせないからね。6五同歩」

 8六歩、同歩、9五歩。

「9五歩より7五歩のほうが、わずかにいいと思うよ」

 氷室くんの形勢判断に、宗像くんはプイッとそっぽを向いた。

「どっちを選ぶのかは俺の勝手だ」

「そうだね。いずれにせよ、8六飛は許容しない」


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 むりやり止めた。

「氷室らしい手だ。攻防に利いている」

 藤堂さんは、氷室くんのこともよく知っているらしい。実際のところ、氷室くんのガチンコ対局って、観たことないのよね。風切先輩のときは不戦勝だったし、男子の個人戦は女子とかぶっていたから観ていない。

「時間を使わせるため、ですか?」

「それもあるが、宗像の研究を警戒したのかもしれん」

「ふたりは付き合いが長いとか?」

 藤堂さんは、さあ、とだけ答えた。

「この会話のようすなら、そう判断するしかないと思うが」

 それは、そうなんだけど――なんか変なのよね。どこでつながりがあったのかしら。

 将棋がきっかけの可能性は、一番高い。でも、そこで気になるのが、宗像くんの将棋界デビューはつい最近だってことだ。高校強豪、中学強豪だったら、調べればすぐに分かるし、藤堂さんもそんな見落としはしないだろう。

京介きょうすけは消極的だなぁ。ギャラリーもあきれてる」

「将棋にギャラリーは関係ないよ」

「金のとれない将棋はダメだぜ。5四歩」


挿絵(By みてみん)


 攻めを継続した。藤堂さんは眉間にしわを寄せる。

「これはそうとう怖いぞ。攻めを呼び込んでいる」

「4五歩か2四歩と反撃したいですね」

「2四歩は同歩、2三歩、同金、2五歩、5五歩か。4五歩は7五歩と反撃するスキがありそうだ。しかし、そこで2四歩を絡められるとむずかしくなる」

「むずかしくなる、というのは?」

「パターンが多い。例えば、2三歩、同金は入れなくてもいいかもしれないし、2五歩に8五歩と置かれるか7五歩と突き返されたとき、対応が難解だ。一例としてあげるなら、現局面から4五歩、8五歩あるいは7五歩で……後者のほうがあるか。7五歩、2四歩、同歩、2三歩、同金、2五歩、7六歩」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これはどちらがいいとも言えないな」

「2五歩がそこまで痛くない感じですね……後手のほうを持ちたいような……」

「氷室のやつ、ひねり過ぎたな」

 どうだろう。藤堂さんは8六飛をやたらと推すけど、これも成立するとは限らない。例えば、4五歩に7五歩の即突きなら、同角と取ってしまえばいいし、8五歩〜8六歩と伸ばしてきたら、8四歩と遮断する手もある。なんか身内びいきな気がするのよね。それくらいの大一番ということなのかもしれない。


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 そっちかぁ……4五歩じゃなくて2筋をストレートに行った。

 宗像くんは背筋を伸ばし、おおげさに驚いて見せた。

「へぇ、それが東京流ってやつ?」

「ははは、将棋に関西風も関東風もないよ」

「じゃ、同歩」

 2三歩、同金、2五歩、8五歩、2四歩、同金、4五歩、8六歩、8四歩。

 私が考えていた順になった。

「端を詰める。9六歩」


挿絵(By みてみん)


 うわッ、むずかしい局面が続く。

 ノータイムの応酬のすえ、ここで氷室くんは手を止めた。

「恭二としては端が気になる、と……9七歩成は許容していい感じかな」

「攻めるってか?」

 宗像くんは後頭部に手をまわして、椅子をうしろに傾けた。

 索間さくまさんとぶつかりそうになる。

「さあ、京介きょうすけ、どうする?」

「どうするもなにも、攻めるしかないよね。歩切れなんだし」

 氷室くんの言う通りだ。先手は端を受ける歩がない。

 4四歩に同銀と取ってくれればいいけど……ん? 取るしかなさそう?

「藤堂さん、これって4四歩で後手崩壊してませんか?」

「俺もその筋を読んでるが……すぐには崩れないと思うな」

 私は脳内で将棋盤を動かした。まず4四歩、同銀直、4五歩と抑える。これに5三銀は、5四歩と突き出すのが激痛。というのも、5四同銀は2四飛に同銀と取れないからだ。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 王手放置になる。だから、4五歩に5五銀と出たい――ただ、これも危ない。5五同銀と素直に取って、同歩、同角が似たような局面になるからだ。

「やっぱり先手好調じゃないですか?」

「具体的には?」

 私は、さっき読んだ順を答えた。

「それは5五角に8四飛と出たい」

「え? 2四飛で?」

「2三歩、2七飛、8七銀、7九玉、7八銀成、同玉、8七歩成がある」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「これは先手が良くないだろう」

 あれ……たしかに。2四飛が思ったよりも痛くない。

 しかも、2九飛と深く引いたら、7八銀成、同玉、5六角が王手飛車になってしまう。

「俺としては、どこかで8六銀と取っておきたい」

「安全策ですね。氷室くんは、そうするかも」


 パシリ

 

 おっとっと、指した。


挿絵(By みてみん)


 ……なるほど、これもひとつの解決だ。銀挟みになっている。

「ふぅむ、レベルが高くて読みきれんのぉ」

 いきなり右サイドから声が――土御門つちみかど先輩だった。

 この登場には、藤堂さんが眉をひそめた。

「ふん、あいかわらず変わったかっこうをしてるな。そろそろ文明開化しろ」

「なぁにが文明開化じゃ。女子大生と見ればホイホイ声をかけよってからに」

 おまいう。

「土御門は、形勢が互角だと思っているのか?」

「ここから5五歩、4五歩、5六歩、4四歩の取り合いが本線じゃ。先手としては、6六の角を動かす必要はない。飛車に走られてしまうからの」

 ん……たしかに、藤堂さんにつられて逃げる順を読んだけど、今の順が自然だ。そのために8四歩で飛車先を止めているようなものだから。となると、全体的に読み直さないといけないわね。

 ところが、藤堂さんは納得しなかった。

「それならそれで好都合だ。8七銀と放り込めばいい」

「2八歩、同飛、8七銀、同金、同歩成、同玉、6九角は、7八銀とがっちり受けて、9七金、同香、同歩成、同桂、同香成、同玉のときに詰まん。7八角成で詰めろをかけるくらいしかないが、ここで後手玉が詰めば勝ちじゃ」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「一直線か。西日本勝利への道だ」

 えぇ、その言い回しは、どうなの。かっこ悪い。

 土御門先輩は、扇子をひらいてパタパタやった。反論、反論。

「ならば外野も賭けるぞい。氷室が勝ったら、藤堂、そのメガネを割れ」

「し、新調したばかりなんだが……」

「んー? 西日本が勝つんじゃろう? 確信があるんじゃろう?」

 土御門先輩、激しい追い込み。

「くッ……分かった。割ってやろう」

 これには私がびっくりして、

「そ、そんなに差があるんですか?」

 とたずねてしまった。藤堂さんは、例の皮肉めいた笑みを浮かべて、

「恭二が指す以上、相手がプロ棋士でもない限り勝ち確のギャンブルだ」

 と答えた。信頼しすぎィ!

「土御門の罰ゲームはなんだ? 俺だけペナルティということはあるまい?」

「もちろんじゃ。わしは香子きょうこちゃんに踏んでもらうぞい」

 は?×100

「しかも、ハイヒールでごふぅッ!?」

 速水はやみ先輩の右ストレートが決まった。

「『公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例』、通称『東京都迷惑防止条例』第5条第1項、何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって、次に掲げるものをしてはならない。人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。土御門つちみかど公人きみひと、有罪」

「ひとを殴るのも犯罪じゃぞ……」

「このバカはほっといて、藤堂、私と賭けをしましょう」

「ほぉ……なにを賭ける?」

「私が負けたら、罰ゲームで日本酒を一升あける、ってのはどう?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あのさぁ。藤堂さんも、眉毛をぴくぴく。

「おまえは酒が飲みたいだけだろ」

「バレた?」

 ダメだ、東日本の2年生。西日本の大学に編入しようかしら。

 あきれる私のよこで、速水先輩は腕組みをした。

「とにかく、氷室くんを舐めてもらっちゃ困るわね」

「それはこっちのセリフだ。さっきの土御門の順が詰むかどうか調べるか?」

 火花が散る――と同時に、次の一手が指された。

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