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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第2章 再始動、都ノ大将棋部!(2016年4月10日月曜・11日火曜)
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8手目 格付け

挿絵(By みてみん)


 3四歩と5四歩を同時に助ける手はない。

 風切かざぎり先輩は、綺麗な手つきで2五歩と打った。消極的。

 私は3四角と出て、4二金の受けに8八玉と入る。

 序盤はまずまず。

「終盤バカってわけじゃないのか」

「どういう意味ですか?」

「大学将棋だと、序中盤がメチャクチャな終盤型もいるからな、っと」

 時間が切れそうになって、風切先輩は松平のほうを一手指した。

 ふたたびこちらに取りかかる。

「……3三金」


挿絵(By みてみん)


 むッ、この受けは強い。かたちに囚われない手だ。

 私は59秒まで考えて、4五角と引いた。

「4四金」

 うーん、追撃してくるのか……これは、ちょっと予想外だった。

 てっきり、6三銀くらいで受けてくるものかと。

 私は1八角と撤退した。すこし軌道修正が必要ね。

「3三銀」

「6八飛」

 私は勢いよくスライドさせた。

 2六歩に2八歩と受けておく。


挿絵(By みてみん)


 さて……6三銀と受けられなかったから、そこを狙ってみたわけだけど……正直、かなり微妙だと思う。2面指しなのに、ここまで序盤を対処されるとは、トホホ。

 気を取りなおして、6三銀に7六銀。攻めの拠点を変更する。

「2五飛」


挿絵(By みてみん)


 ぐッ……こんな受けがあるのか。5五金は読んでたけど、これは読んでなかった。

 4六歩、5五金、4八銀。遅れていた右銀を進出させる。

 風切先輩は4二銀左と引いて、いったん陣形を整えた。

 ここで4七銀……いや、その必要はないわね。今は5五金が6筋を支えているから、むしろ4六金と出て行ってもらったほうがありがたい。その隙に攻撃しましょう。

「7七桂」

 風切先輩は、私の桂跳ねの音を聞いて、こちらを振り返った。

 5三銀と指して、ふたたび松平のほうに向きなおる。

 4六金と上がってもらわないと、攻められないのよね。

 私は5八金として、もう一手待った。

 三たび振り返った風切先輩は、

「へぇ、攻めて来い、か」

 とつぶやき、59秒まで考えて4六金と上がった。

「6五歩ッ!」


挿絵(By みてみん)


 待ってましたとばかりに、6五歩と突いた。

 同歩なら8四歩、同歩、8五歩、同歩、同銀と出て、玉頭を圧迫する。

 6六歩と飛車の横利きを回復した瞬間、同飛が4六金当たりという寸法だ。

 風切先輩は、次の手に時間を使った。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3三桂ッ!」

 さすがのチェスクロさばき。

 6五歩で横利きが止まっているのは変わらないから、私は8四歩と突いた。

 同歩、8五歩。

「7四歩」


挿絵(By みてみん)


 え? 後手から突いてくるの?

 意外だったと同時に、チャンスだとも思った。

 同歩で……私は7四歩としかけて、手を引っ込めた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 放置のほうがいいか。後手から取ってもらって、7五同銀の進出。

 次に6四銀で後手陣は崩壊だ。

 私は手待ちをするため、8七金と上がった。桂頭の強化。

 スッと風切先輩の手が伸びて、角を置いた。

 

挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「あッ」

 私の喫驚に、風切先輩は一瞬だけ振り向いて、また松平のほうへ向きなおった。

 松平は両腕を組んで、タメ息。どうやら、形勢が悪いらしい。

 そして、私もまた、この一手で先手がかなり悪いことに気がついた。

 7七の桂馬を跳ねられなくなってしまったのだ。これまでの作戦が瓦解する。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「は、8四歩ッ!」

 私は59秒ギリギリで歩を取り込んだ。

 風切先輩はノータイムで6五歩と取り返す。

 これを同銀? 以下、7五歩、6四歩……いや、こんなにうまくは行かないか。6六歩と飛車先を封鎖して、7四銀(後手は次に6五飛、同桂、6七歩成の王手飛車を狙っているから、これしかない)、同銀、同歩、6七銀、同金、同歩成、同飛、6六歩。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 うッ……これは終わってる予感。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

「7四歩ッ!」

 私は、玉頭の厚みを崩さない方針に決めた。

 だけど、6四銀左とされて、はたと困ってしまう。

 私は口もとにこぶしを当てて、前傾姿勢で考え込んだ。

「……7八玉」

 角筋から逃げた。おそらく最善のはず。

 風切先輩も軽くうなずいてから、3六歩と軽快に打った。


挿絵(By みてみん)


 角が封印された……でも、さっきよりは勝ち目がある。

 3六歩は、私が攻勢に転じるのを恐れた手だ。猛攻のチャンス。

 まず4七歩、4五金と下がらせて、飛車の横利きを再度遮断する。

 6五銀とぶつけて、6六歩(同銀は同桂〜7三歩成だから当然)、7六金と上がり、6六歩を直接咎めに行った。この手には、風切先輩もしばらく考えた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6五銀」


挿絵(By みてみん)


 ぶつけ返してきた。私は同桂。

 こっちの方針は、分かりやすい。とにかく玉頭に殺到。

 それは風切先輩も承知のうえだから、7四銀で拠点の歩を払ってくる。

「7五歩ッ!」

 6三銀と下がらせにかかる。狙い筋は6三銀、7四銀、同銀、同歩だ。

「んー……これは、こっちが良くなったかな」

「え?」

 風切先輩は、音もなく5五金とスライドさせた。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 しまった。7四歩、6五金、同金の取り合いは、同飛で先手が潰れる。

 私は泣く泣く7三桂成と捨てて、同桂に7四歩。桂頭の叩きに切り替えた。

 松平のほうも終盤のようだ。風切先輩の対応が、せわしなくなってくる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6五金」

 7三歩成、同玉、7四歩、6二玉、7三銀、5二玉。


挿絵(By みてみん)


「つ、捕まらない……」

 継続手がない。3六歩さえなければ、5四角で優勢なのに。

 無慈悲に時間が過ぎていく。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「5六桂ッ!」

 角に当てる。

 打った直後、6七歩成があることに気づいて片目をつむった。

 でも、風切先輩は、もっと辛口に7六金。


挿絵(By みてみん)


 入玉すら許さない指し方。

 私は行きがかり4四桂で角を取ったけど、5三玉と立たれて、どうしようもない。

 以下、6九玉の早逃げに6七銀、7二銀不成、7七桂、5九玉。

「5八銀成」

「…同飛」

 風切先輩は10秒確認して、金を3八に張った。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 後手は詰まない。私のほうは必至。左に逃げても、最後は8五飛がある。

 私は30秒まで読まれたところで、投了した。

「負けました」

「ありがとうございました」

 風切先輩は椅子をずらして、松平のほうにつきっきりになった。

 肩にかかった後ろ髪の先を、くるくると回し始める。なにかの癖かしら。

 松平のほうも敗勢で、後手は美濃が丸残り、穴熊は崩壊寸前だった。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 松平、投了。風切先輩、貫禄の2面指し勝利だった。

 先輩はしばらく髪をいじってから、

「ふたりとも、なかなか強いじゃん」

 と言った。お世辞かと思ったけど、ずいぶん真顔だった。

「今の状況だと、大谷おおたに裏見うらみ松平まつだいら三宅みやけって感じかな」

 合ってる。すくなくとも、私の印象と一致していた。

 一局指して見抜くなんて、さすがは元奨励会員。

 私たちは、感想戦に入る。

「まずは、裏見のほうからだな……構想は面白かったけど、さすがにムリだろう」

 うーん、作戦を否定されてしまった。ショック。

「まあ、大学将棋なら、恐れずにチャレンジしたほうがいいかもな」

 風切先輩はそう言いながら、仕掛けのところまで戻した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「本譜は8七金だったよな。ほかに考えた手は、あるか?」

「7四歩もあるかなあ、と」

 正直、そっちのほうが良かったかもしれない。4四角が痛過ぎた。

 私がそう白状すると、風切先輩はそっちの読み筋も教えてくれた。

「7四歩は、7五歩、同銀、7六歩だ」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ、そっか。歩が足りてる。

「先手は8四歩だが、そこで4四角と打たれて終了だ。次に7七歩成、同金、7六桂の王手飛車がある。6四歩と突いても間に合わない」

「本譜が最善だったってことですか?」

「結果的には」

 読んでなかったから結果論だけど、ちょっとは勘がもどって来たのかしら。

 風切先輩は、もうすこし遡ったところも検討して、松平に移った。

 こうして指してみると、面倒見のいい先輩って感じ。

「裏見さん、そちらはいかがでしたか?」

 三宅先輩と指していた大谷さんが、声をかけてきた。

「負けちゃった。そっちは?」

「拙僧の勝ちです」

 県代表者と三宅先輩なら、順当ね。

 三宅先輩は椅子に寄りかかって、天井を仰いでいた。

「くそぉ、俺が一番弱いじゃないか。事務方に徹してやる」

 こらこら、5人しかいないんだから、それじゃ困りますってば。

 と同時に、私はあとふたり足りていない事実を思い出した。全力で探しまわれば、なんとかなるかもしれない。でも、今週はオリエンテーションがてんこもりだし、来週からは講義も始まる。知り合いだって、全然いない。

 5月までに実力者をふたり……ムリっぽくない?

場所:都ノ大学将棋部の部室

先手:裏見 香子

後手:風切 隼人

戦型:先手丸山ワクチンvs後手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛

▲2二角成 △同 銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲7八銀 △6二玉

▲6八玉 △7二玉 ▲6六歩 △3三銀 ▲6七銀 △8二玉

▲7八金 △7二金 ▲8六歩 △6二銀 ▲7五歩 △6四歩

▲7七玉 △2二飛 ▲8五歩 △2四歩 ▲同 歩 △同 銀

▲4五角 △2五歩 ▲3四角 △4二金 ▲8八玉 △3三金

▲4五角 △4四金 ▲1八角 △3三銀 ▲6八飛 △2六歩

▲2八歩 △6三銀 ▲7六銀 △2五飛 ▲4六歩 △5五金

▲4八銀 △4二銀 ▲7七桂 △5三銀 ▲5八金 △4六金

▲6五歩 △3三桂 ▲8四歩 △同 歩 ▲8五歩 △7四歩

▲8七金 △4四角 ▲8四歩 △6五歩 ▲7四歩 △6四銀左

▲7八玉 △3六歩 ▲4七歩 △4五金 ▲6五銀 △6六歩

▲7六金 △6五銀 ▲同 桂 △7四銀 ▲7五歩 △5五金

▲7三桂成 △同 桂 ▲7四歩 △6五金 ▲7三歩成 △同 玉

▲7四歩 △6二玉 ▲7三銀 △5二玉 ▲5六桂 △7六金

▲4四桂 △5三玉 ▲6九玉 △6七銀 ▲7二銀不成△7七桂

▲5九玉 △5八銀成 ▲同 飛 △3八金


まで100手で風切の勝ち

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