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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第17章 フレッシュ大学将棋:1日目(2016年5月28日土曜)
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84手目 懇親会

「それでは、あらためておつかれさまでした」

 索間さくまさんは腰のまえに手をあて、丁寧に頭をさげた。

「おつかれさまでした」

 私たちも頭をさげる。

「おもてなしというほどではありませんが、とりあえず食べてください」

 索間さんは、チップスやポップコーンのふくろを開け始めた。

 私たちも手伝って、紙皿に出していく。

 ペットボトルのジュースを紙コップに注いで、全員に回ったことを確認した。

「では、乾杯ッ!」

「かんぱーいッ!」

 紙コップをあげると、袖をひっぱられた。火村ほむらさんだった。

「なにに乾杯してるの、これ?」

 さぁ……存じ上げません。

 索間さん、いいひとだけど、なんか説明不足な気がする。エレベーターでも、上と下のボタンを間違えていた。おっちょこちょいなのかしら。

「記者に向いてないわね。愛人枠ってやつ?」

 こらこらこら、なんということを。聞こえたら、どうするんですか。

「火村さん、マニアックな日本語を知ってるのね」

「語学の天才だから」

 ほんとぉ? 日本語以外で話してるところ、ほぼ見てないんだけど。

 海外出身っていうの、じつは作り話なのでは。

「火村さん、もともとはどこ出身なの?」

「ルーマニアよ」

 ん? ルーマニア? それは予想してなかった。

「東欧なのね。高校のときも、ひとりいたわ」

「どこ出身?」

「ポーランド」

 火村さんは、ふぅんとだけ言って、紙コップのジュースを飲んだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え? 続きは?

 身のうえ話をしてくるかと思ったら、なんにも反応がなかった。

 食いついてきそうなネタを選んだのに。

 こうなると、こちらからは切り出しにくい。ポップコーンをつまむ。

 私は手持ち無沙汰になって、話題をきりかえることにした。

「聖ソフィアって、どんな感じ?」

「どんな感じっていうのは?」

「雰囲気とか、講義とか、施設とか……いろいろ」

 火村さんは、肩をすくめた。

「べつにどうってことないわよ。雰囲気も普通だし、講義も普通だし、施設も普通」

 身もふたもない返事。っていうか、どこと比べてそう断言してるのか分からない。

香子きょうここそ、大学のほうはどうなの?」

「まだ始まったばかりだから、なんとも……」

 質問が自分に返ってきて、たしかに答えにくいことに気づいた。

「あの後ろ髪を結んで肩にかけてるやつ……えーと……」

風切かざぎり先輩?」

 火村さんは、パチリと指を鳴らした。

「そうそう、あいつ、何者なの? やたら注目されてるじゃない?」

 この質問――どう解釈したらいいのかしら。

 知ってるうえで、探りを入れてきてる? ……火村さんの性格からして、なさそう。

 聖ソフィアは大学将棋界で孤立してる? ……明石あかしくんは情報仕入れてるわよね。

 火村さんはひとの話を聞いていない? ……一番ありえる。

「風切先輩は、都ノみやこの将棋部のエースよ」

「注目されてる理由の説明になってないでしょ。エースなんてどこにでもいるし」

 あのさぁ……火村さん、その調子だと大学生活で苦労しますよ。

 うちの穂積ほづみさんと若干通じるところがある。

「そこはプライバシーだから……」

「風切先輩は、僕たち学生将棋指しのアイドルなんだよ」

 うわッ! びっくりしたッ!

 肩越しに声が聞こえて、私はふりかえった。

「ひ、氷室ひむろくんッ!」

「裏見さん、火村さん、お待たせ」

 氷室くんは、にこやかに挨拶した。

「なーにがお待たせよ。あんた、どこ行ってたの?」

 火村さんは、氷室くんの胸をこづいた。

 今回ばかりは、火村さんに完全に同意。私の心情を代弁してくれている。

「僕よりも風切先輩に興味津々なんじゃないの?」

「ん? あんた、あいつと親しいの?」

「まあ、何度も同じ駒を触りあった仲だからね」

 気味の悪い言い方しないでください。

 火村さんもイヤそうな顔をした。

「あんまり同じ駒を触ってると、バイキンが移るわよ」

 そう簡単に移ってたら、将棋指しは滅んでるわけで……っていうか、論点はそこじゃないでしょ。リベルタタワーのときもそうだったけど、このふたり、会話が明後日の方向で成立していない。私は仲介することにした。

「まあまあ、ふたりとも、チップスでも食べて落ち着きましょう」

「あたしは飲み物だけでいいわ」

 えぇ……私は困惑した。

「火村さん、おせっかいかもしれないけど、過度な節食はよくないんじゃないかしら」

「過度な接触? だれと接触してるの?」

「その接触じゃなくて……ダイエ……」

「僕は風切先輩と、いろいろ接触があるよ」

 もぉ、氷室くん、さっきから会話を乱さないでちょうだいな。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………待って。今の発言、聞き捨てならない。

「氷室くん、風切先輩と付き合いが長いの?」

「先輩とは、小学校の大会以来の間柄」

 うーん、それでやたらと絡んでたのか。ただ、絡みすぎのような気も。

「先輩は、僕たちの世代の憧れだよ。僕が先輩と初めて指したのは、小学校4年生のときでね。こてんぱんにされちゃった。あれ以来、ずっと先輩の背中を追いかけてるのさ。今度、都ノに遊びに行くね」

 なんかイヤな予感。

 なんと返事をしたものか。迷っていると、別方向から声をかけられた。

「裏見さん、火村さん、おつかれさまです」

 索間さんだった。私たちは立って挨拶をする。

「おつかれさまです」

「おつかれぇ」

 こら、火村さん。私がたしなめるまえに、索間さんは先を続けた。

「火村さん、第1局の将棋はおもしろかったですね」

「でしょ。あの金打ちは決まったって感じ。ね、香子?」

「ん、まあ、そこは認めたいわね」

「もっと素直に驚きなさいよ。ジェラシー感じてるんでしょ?」

「あのねぇ、なんでいちいち他人の将棋に……」

 私と火村さんが掛け合いをやっていると、索間さんは笑った。

「関東勢は、ずいぶんと仲がいいんですね」

 仲がいいって言うのかなぁ、これ。

 一方、火村さんは自慢げに胸を張った。

「まあね……ところで、あんたは将棋指せるの?」

 火村さんのぶしつけな質問に、索間さんはガッツポーズをした。

「はい、指せます」

 あら、意外――でもないか。将棋を指せないひとに将棋の企画を任せるわけがない。

「あ、そうなんだ。じゃあ、一局指さない?」

「僕も指したいなあ」

 氷室くんが割り込んできた。

「あたしが先に声をかけたのよ」

「声をかけたら優先ってわけじゃないだろう。ね、裏見さん?」

 まあ、そういう取り決めはしてないし……ん? なんで私に話を振ってきたの?

「というわけで、3人でじゃんけんして決めようか」

「3人? あたしとあんたの組み合わせができたら、どうすんのよ?」

「僕と火村さんと裏見さんで、挑戦権を賭けてじゃんけんするんだよ」

 こらぁ、勝手に巻き込むなッ!

「「じゃんけん」」

 ポンッ! ……勢いに任せて出してしまった。

「グー、グー、パー……香子の勝ちね」

 しかも勝ってるじゃないですか。

「あ、裏見さんとですか。よろしくお願いします」

 索間さんは、すぐに準備を始めた。盤駒チェスクロを持ってくる。

 変な目で見られないかなぁ、と思ったけど、矢追やおいくんも市松いちまつさんとリベンジ戦をしていた。それを観戦する大河内おおこうちくん。どうやら、将棋部のメンバーが集まると、こうなってしまうらしい。

「振り駒は、裏見さんがどうぞ」

「は、はい」

 私は歩を5枚集めて、念入りにかき混ぜた。宙に放る。

「表が2枚で、索間さんの先手です」

「30秒将棋でいいですよね?」

 私はうなずいた。索間さん、けっこう自信ありげにみえる。

 関東代表(と言っても1年生限定)に30秒将棋は、なかなか申し込めないと思う。

「それでは、裏見さん、お手柔らかに。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私は一礼して、チェスクロを押した。

「いやぁ、大学生と指すのは、ひさしぶりですね」

 索間さんは手もみをして、2六歩と突いた。

 居飛車党っぽいわね。私は8四歩としかけた。

 その瞬間、ふいに視線を感じた。

 顔をあげると、山城やましろくんがテーブル越しにじっと観戦していた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 山城くんとは、明日当たる。手の内を見せる必要もないか。

「3四歩です」

 2五歩、3三角、7六歩、4四歩、4八銀、3二銀、5六歩。

「4二飛」


挿絵(By みてみん)


 振り飛車でいきましょ。高校1年生までは、こっちだったし。

「ふむふむ、四間飛車ですか。受けて立ちますよ。6八玉です」

 7二銀、7八玉、9四歩、9六歩、6二玉、5八金右、7一玉、3六歩、5二金左。

 ここで索間さんは、急に手をとめた。

「手なりで9六歩と突き返してしまいましたし……急戦でいきますか」

 索間さんは6八銀と上がった。


挿絵(By みてみん)


 左銀急戦だ。ひさしぶりにやられた気がする。

「8二玉です」

「昔読んだ定跡書どおりでいいですかね。5七銀左」

 私も定跡を思い出すため、スローペースになった。

 4三銀、4六銀、5四歩。

 なんとか覚えているものだ。

「3五歩」

 索間さんは開戦した。

 これは取っちゃダメなのよね。3二飛と回らないといけない。

 3二飛、3四歩、同銀、2四歩、同歩、3八飛。

「反発します。4五歩」


挿絵(By みてみん)


 以下、3三角成、同飛、6六角、4六歩、3三角成。

 たしか、このへんから古い定跡と違うのよね。

 私は定跡書や棋譜並べを思い出す。

 次の一手は――

 

 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 こう。3三桂、3四飛、4三金とガードするのが、古い定跡。

 こちらは馬を取らないパターンだ。

「裏見さん、勉強してますね」

 それほどでも。私はお茶を紙コップにそそいだ。

 ちらりと索間さんを見やる。

 このひと、左銀の定跡はちゃんと覚えてるし、手つきもしっかりしている。

 適当な人事で将棋担当になった、ってわけじゃなさそう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 索間さんは黙って同飛。

 私は3六歩と追撃する。


挿絵(By みてみん)


 これは放置するんじゃないかしら。3七歩と3六歩の意味合いは、全然ちがっている。3七歩を放置して3四馬は、3八歩成でと金が残る。3六歩を放置した場合は、3七歩成に同銀か同桂とすることができる。前者は先手不利だ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「3四馬」

 私はノータイムで3七歩成とした。

 次の手も、索間さんは時間ギリギリまで考える。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「こっちですか」


 パシリ

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