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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第2章 再始動、都ノ大将棋部!(2016年4月10日月曜・11日火曜)
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7手目 え、部員が足りない?

「個人戦が来週から?」

 ここは都ノみやこの大将棋部の部室――フローリングの床に白い長テーブルが並べられた、すこし古めの建物。窓の外から、駅前の町並みが見えた。棚には、将棋の本がたくさん。OBが買い集めたものでしょうね。タダで引き継ぐのは、ちょっと後ろめたい。でも、これがないと将棋の勉強ができなかった。

 贅沢な設備に囲まれて、私たちは、今後の予定を話し合っていた。第一回のミーティングというわけだ。三宅みやけ先輩を中心に、テーブルを囲んでいる。そのとき、私の口から飛び出たのが、さっきの台詞だった。

「そうだ。来週の日曜日からだ」

 三宅先輩は、スケジュール表を丸めて、ポンと手を叩いた。

 私も、受け取ったプリントを確認する。

 

 4月17日(日) 個人戦1日目

   24日(日) 個人戦2日目

 5月 1日(日) 個人戦3日目

    8日(日) 団体戦1日目

   15日(日) 団体戦2日目

   22日(日) 団体戦3日目

   29日(日) 新人戦1日目

 6月 5日(日) 新人戦2日目

 

「ずいぶん、詰め込んであるんですね」

「大学将棋界は、4、5月が忙しい。毎週大会がある」

 うぅむ、ってことは、休みなしか。思っていたよりも大変だ。

 私の動揺を感じ取ったのか、三宅先輩は、

「大学は夏休みと春休みが長いから、高校よりは自分の時間があるぞ」

 と付け加えた。実感が沸かない。

 それと、もうひとつ――スケジュール表を見ながら、疑問に思ったことがあった。

「王座戦っていうのは、いつあるんですか?」

 私の質問に、三宅先輩は、

「王座戦というのは、関東2校、関西2校、中部、北信越、東北、九州、北海道、中四国からそれぞれ1校が出場して日本一を決める団体戦のことだ。12月に開催される」

 げげッ、日本一決定戦だったのか。

 三宅先輩が安請け合いしなかったのも納得。

 関東から2校だなんて、出場枠が狭過ぎる。

「出場枠2校ってことは、団体戦のAクラス優勝校と準優勝校ですか?」

「ひとつはAクラス優勝校だが、もうひとつの枠は違う……これに関しては、まだ気にしなくていい。王座戦の出場選抜トーナメントに出られるのは、Cクラスからだ。春の団体戦で昇級して、秋にCクラス優勝、そこからさらに選抜で優勝が、最短コースになる」

 なるほど、私は納得した。

「当面の目標は、Cクラスに上がることなんですね。昇級枠は?」

「どのクラスも上位2校だ。Dにはうちを含めて10校いる。簡単じゃない」

 むむむ、高校の市代表決定戦よりシビア。当たり前か。

 三宅先輩は、ほかのメンバーにも質問はないかと尋ねた。

 松平まつだいら大谷おおたにさん、風切かざぎり先輩は、ないと答えた。

「それじゃ、次の話題、部員集めだ。大学将棋は、高校全国大会の3人制とは違い、7人制でやる。オーダー表に書き込めるレギュラーは14人まで」

 14人って、めちゃくちゃ多い……って、あれ?

「私たち、5人しかいませんけど?」

「そうだ。現状だと、毎回不戦敗2からのスタートになる」

 ちょっとちょっと、ダメダメじゃないですか。

 私の不信感を察知したのか、三宅先輩はすぐに先を続けた。

「だからこそ、部員を今から集めたい。最低でも7人。オーダー表をずらすことも考えると、できれば10人は欲しい。集め方は……」

 話が終わらないうちに、松平が口を挟んだ。

「待ってください。ここで寄せ集めるなら、最初に厳選した意味がないですよ?」

 そうそう、弱いひとを入れても、不戦敗2が黒星2になるだけだ。

 そんなことをするなら、最初から数合わせで入れておけという話。

「もちろん、寄せ集めはしない……ただ……」

 三宅先輩は、風切先輩を盗み見た。

 風切先輩はテーブルに右肘をつき、こめかみをこぶしで支えて黙っていた。

「風切と相談した結果、『部員は1年生と2年生の実力者』から集めることになった」

 これには、1年生3人が顔を見合わせる。最初に口をひらいたのは、松平。

「ハードル上げ過ぎじゃないですか? なんで2年生以下なんです?」

「ちゃんと理由がある。まず、王座戦云々を言い出したのは、俺たち1、2年生だ。これから入る新入部員の了承を取っているわけじゃない。大学にも上下関係はあるから、3年生以上が入ってきて、アットホームサークルなんて言い出されたら、そこで王座戦出場は難しくなってしまう」

 うーん、なんだかナマナマしい理由で、気が滅入る。

「それと、もうひとつ……実は、こっちのほうがメインだ。さっきも説明した通り、春はDクラスからやり直しで、王座戦への出場資格はない。秋はCクラス優勝で、出場枠争奪戦に進める……が、これはほとんど絶望的だ。本格的に狙うのは、来年度以降になる。すると、今年の4年生はいないし、そもそも就職活動で忙しい時期に声をかけても、入ってくれるわけがない。3年生はまだ大丈夫だが、肝心のBクラスのときに、就職活動で来てくれなくなる恐れがある」

 なるほど、三宅先輩と風切先輩、ずいぶんと考えたうえでの結論なのね。

 松平と大谷さんも、納得したようだ。

 でも、問題はまだ解決していない。大谷さんが質問を放った。

「理由は承知しましたが……1、2年生だけで、さらに5人も集まるのでしょうか?」

 これに反応して、風切先輩が口を挟む。

「ぶっちゃけた話、7人でもDクラスは何とかなる。5人は危ない。Dクラスって言うのは、選手全員がD級ってわけじゃないからな。それこそBクラスでレギュラーを張れそうなやつも、各校にひとりくらいはいる。最下位からの昇級は、ほぼ全勝条件だ。そうなると、不戦敗2だけは避けたい。事故があったら負ける」

 どうやら風切先輩は、7人でもいいと思っているようだ。急募は2名。

 でも、その2名の壁が厚かった。

「だれか、心当たりはないか?」

 三宅先輩の質問に、私たちは首を振った。

「心当たりがあれば、最初から面子に入れています」

 と松平。

「それも、そうか……とりあえず、周囲にいろいろ声をかけてみてくれ」

 と三宅先輩。うーん、将棋で声をかけるのって、気が引けない?

「ほかにないなら、ミーティングはこれくらいにして、将棋を指そう」

 異議なし。どういう組み合わせで行こうか悩んでいると、風切先輩が、

裏見うらみと松平は、俺と指してくれ」

 と誘ってきた。

「大谷と三宅の実力は分かったが、おまえたちはよく知らないからな。棋力を把握しておかないと、オーダーを組むときに困る」

 私は了解して、松平と順番を譲り合った。

「いや、2面指しでいい」

「……俺と裏見、ふたり同時ですか?」

 風切先輩は手の平をうえに向けて、くいくいと手招きした。

 掛かってこいというジェスチャーだ。

 さすがにこれは、将棋指しの勝負魂に火がともる。

 あんまり舐めないでちょうだいな。

 テーブルにチェスクロ2つと盤2つを用意して、私と松平は並んで座った。

「棋力を見たいから、1分将棋でいいな?」

「私は、いいですけど……風切先輩がキツくないですか?」

 そんなことはないと、先輩は答えた。松平は、何も言わない。

 先輩も駒を並べ終えて、ふたつの盤の中間に座る。

 振り駒は、私たちに譲ってくれた。

「……裏見、歩が4枚です」

「松平、歩が3枚」

「両方後手番か……混乱しなくていい」

 チェスクロの位置をなおして、私たちは背筋を伸ばす。一礼。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 風切先輩は、順番にチェスクロのボタンを押した。対局スタート。

 私は7六歩と突いた。となりを確認すると、松平も同じ手……っと、集中、集中。

 奨励会2級ってことは、相当な実力者なんでしょ。半端じゃ勝てないわね。

 だからって、負ける気もない。

 3四歩、2六歩、5四歩、2五歩、5二飛。

 大谷さんのときと、同じ戦型。

 なんとなく予想していたから、私はノータイムで次の手を指した。

「2二角成」


挿絵(By みてみん)


 丸山ワクチン。同銀に9六歩と突く。

「佐藤流か……ずいぶん古いな。9四歩だ」

 温故知新ってやつよ。元奨励会員なら、どうせ最新形も知っている。

 7八銀、6二玉、6八玉、7二玉、6六歩、3三銀。

「6七銀」

 私は銀を上がって、木村美濃の亜種を目指した。

 風切先輩は、松平のほうを一手指してから、8二玉とひとつ入る。

 7八金、7二金、8六歩、6二銀、7五歩。


挿絵(By みてみん)


 上部を圧迫していく。対ゴキゲン用に準備した、玉頭位取りもどきだ。

 松平のほうは、オーソドックスな穴熊vs四間飛車になっていた。

 純粋中飛車党じゃなくて、もっとカテゴリーの大きな振り飛車党みたい。

「となりを気にしてる場合じゃないぜ。6四歩」

 それは予定通り。

 私は7七玉として、さらなる高みを目指した。

 風切先輩は、2二飛と振りなおしてくる。

「8五歩」

 玉頭を制圧。

 変則的な駒組みになったからか、風切先輩は、私のほうに時間を使い始めた。

「……攻めるか。2四歩」


挿絵(By みてみん)


 逆棒銀。

 対策がなければ、このまま2七銀成まで押し込まれてしまう。

 でも、このかたちなら後手はスキだらけ。

「同歩」

「同銀」

 私は持ち駒の角を、4五に放った。

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