76手目 UFO研究家
「あぁ、疲れた」
少女がベッドに飛び乗る音――ここは、ホテルの一室。
新O阪で降りた私たちは、環状線を使って宿泊施設に到着した。
街中、というわけじゃなくて、ちょっと郊外だった。
到着後は、男子は男子、女子は女子、ということで、私と火村さん、矢追くんと大河内くん、土御門先輩と氷室くんの部屋割りになった。速水先輩は友人の家に泊まるとかで、ここにはいない。
「新幹線の移動って、案外疲れるわね」
私は荷物を整理しながら、火村さんにそう話しかけた。
火村さんは、ベッドのうえでゴロゴロしていた。
「日本人もEUみたいに飛行機でパーッと移動すればいいのに」
欧米信仰は却下。空港までが遠すぎる。
「もう10時だから寝たいんだけど、火村さんは?」
「そうね、おやすみ」
こらこら、お風呂に入って歯を磨く。
「火村さん、虫歯になるわよ」
「あたしは虫歯にならない体質なの」
「シャワーを浴びるなら、火村さんが先に使ってもいいけど」
私はポニテだから、洗うのにも乾かすのにも時間が……ん? 返事がない?
ふりかえると、火村さんはテレビのチャンネルをカチャカチャしていた。
「これ、有料なの?」
変なチャンネルを映すなぁ!
私は火村さんを小突いた。
「ちょっと、乱暴しないでよ」
「さっさとシャワーを浴びて寝ましょう」
「明日の朝で」
「シーツが汚れるわよ」
「香子に抱きついて寝るわけじゃないんだから、いいでしょ」
そういう問題じゃなーいッ!
「日本では、寝るまえにお風呂へ入るの。郷に入りては郷に従え、よ」
「When in Rome, do as the Romans do……Zzz……」
○
。
.
「おはようございまーす」
翌朝、私はホテルのレストランに顔を出した。
宿泊客がつどうなかに、パンの香りが漂っていた。
「おはよう、裏見さん」
最初に目についたのは、スクランブルエッグを食べている大河内くんだった。
「おはよう……ほかのメンバーは?」
「まだ7時ちょうどですし、寝ているのでは」
むむむ、将棋指しは時間にルーズ。7時集合なのに。
私はあきれつつも、大河内くんとおなじテーブルに座った。
4人掛けだけど、違うテーブルにわざわざ座るのもどうかな、と思った。
「ビュッフェ形式なのね」
「こういうホテルは、どこもそうだと思います」
大河内くん、どうも言い方がそっけないわね。
見た目とたがわず、マジメくんっぽい。
私はお皿をとって、あれこれ料理をよそっていった。
目玉焼き、ソーセージ、サラダ……炭水化物は、なににしようかしら。
ご飯もあるけど、それに合うメニューじゃないような気がする。
「裏見さん、ずいぶん迷ってるね」
ふりかえると、矢追くんがお盆を持って立っていた。
彼はすぐさま食パンを1枚とって、オーブンにさしこんだ。
そして、こう尋ねた。
「火村さんは? 裏見さんと一緒じゃなかったっけ?」
「まだ寝てるわ。目覚めが悪いみたい」
「低血圧かな」
私と矢追くんは、食事をそろえて席についた。私はクロワッサンにした。
「氷室くんと土御門先輩も来ないね」
矢追くんは、レストランの入り口をみやった。
「打ち合わせ前からこれでは、思いやられますね」
大河内くんはそう言って、食後のコーヒーに手をつけた。
「アハハ、勉は、あいかわらず手厳しいね」
矢追くんは笑って、食パンをほおばった。サクッという音が聞こえた。
「笑いごとじゃないですよ。僕たちは東日本代表なんです」
「代表って言っても、幹事会が勝手に選んだだけじゃないか」
「世間はそう取りません。どういう事情で決まったのか知らないんですから」
矢追くんは肩をすくめた。話を打ち切って、私に話しかけてくる。
「裏見さん、昨日はよく眠れた?」
「まあ、そこそこ」
「火村さんって、裏見さんと仲いいの?」
ちょっと突っ込んだ質問。
私は肯定も否定もしなかった。代わりに質問で返した。
「どうして、そう思ったの?」
「新幹線のなかで、にぎやかに話してたからさ」
うーん、そうかしら。普通の女子大生の会話だったような。
それに、後半は速水先輩と土御門先輩が宴会を始めて、めちゃくちゃだった。
速水先輩はアルコールに強いからそうでもないけど、土御門先輩は絡み酒なのだ。
「もしかして、復帰組同士、交流戦とかやってる?」
「交流戦って……都ノと聖ソフィアが? やってないわよ」
矢追くんはそれ以上追求してこなかった。
けど、うちと聖ソフィアの関係が怪しまれていることは分かった。
つまり、偵察なのだ、と思う。多分。
「矢追くんってどこの大学?」
この質問に、矢追くんはびっくりしたらしい。ちょっと間が空いた。
「僕は電電理科だよ」
ああ、よく会場になってる大学ね。たしか、Bクラスだった記憶。
私は、大河内くんにも同じ質問をした。
「僕は治明です」
ほほぉ、傍目先輩と同じ大学でしたか。
「矢追くんは工学部?」
「うぅん、理学部だよ。宇宙物理学科」
「なにを勉強するところ?」
よくぞ聞いてくれました、とばかりに、矢追くんはテンションをあげた。
「僕はね、宇宙人を探したいんだ」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「う、宇宙人って……宇宙人?」
「そうだよ。地球型惑星はいくつもあるからね。そのなかに宇宙人はいると思う」
はぁ……さいですか。私は、なんと答えたものか迷った。
すると、大河内くんが助け舟を出してくれた。
「康一くんのその手の話は、無視するに限りますよ。キリがありませんから」
「ロマンがないなぁ。宇宙人がいない確率は0だって言うのかい?」
「宇宙人はいるかもしれないけど、地球に来ていないのは確かだよね」
「いやいや、もう来ているのかもしれない」
「証拠は?」
「それを探すんだよ」
矢追くん、オカルトマニアだったのか。残念。
「裏見さんは、UFOを見たことある?」
もう、こっちに話を振らないでくださいな。
私はノーと答えかけた。でも、そのまえにうしろから声をかけられた。
「ふわぁ、香子、おはよう」
火村さんだった。眠たそうに目をこすっていた。
「食事は?」
「バイキングよ」
「バイキング? ……ああ、ビュッフェのことね。トマトジュースある?」
私は、飲み物のコーナーをゆびさした。
火村さんはグラスにトマトジュースをそそいで、私のとなりに座った。
「お皿は、あっちにあるわよ」
「私、固形物はとらないタイプだから」
変わってる。ジュースじゃお腹が空くと思うんだけど。
私の心配をよそに、火村さんはグラスに口をつけた。
3分の1くらい飲んだあとで、こう付け加えた。
「ところで、さっき部屋に電話があったわよ」
「え? 私たちの?」
「和服野郎からで、『チェックアウトまで寝るから先に行って欲しいぞい』だって」
な、なんですか、それは。
保護者の責任はどこいったのよ。
「理由は?」
「氷室と練習将棋してたら、夜更かししちゃったんだってさ」
「じゃあ、氷室くんは?」
「もうチェックアウトしたらしいわ」
えぇ……しょ、小学生の団体旅行ですか……。
「私たち、行き先を知らされてないわよ?」
「デイナビのO阪支社に行けって。そこで電話が切れたわ」
なんじゃそりゃあ。住所も電話番号もなしですか。
あせる私のまえで、大河内くんはスマホ検索を始めた。
「……それほど遠くありません。U田から歩いて行けそうです」
「遠いとか近いとかじゃなくて、2年生の付き添いがないとマズくない?」
担当者の顔も名前も知らないのだ。
困った私たちは、速水先輩に連絡することにした。
電話番号は私が預かっていた。交流戦の功。
プルルル プルルル
《もしもし?》
「あ、おはようございます。都ノの裏見です」
《おはよう。なにかあった?》
私は事情を説明した。
《だったら、1年生だけでデイナビまで来てちょうだい》
あのさぁ……2年生のふたり、なんのために付き添ってるんですか。
「氷室くんもいないですし、一度合流したほうが……」
《みんな大学生だから大丈夫よ。あ、地下に入るわ》
ブブッ ツーツーツー
私はタメ息をついた。
「1年生だけで移動して、だって」
おたがいに目配せし合う。
「僕はそれでいいと思います。都内を移動するより楽な道順ですから」
「賛成」
大河内くんと矢追くんは、あっさりと妥協した。
「じゃあ、食事を終えたら、そのまま電車に乗ってU田まで……」
「はんたーいッ!」
私の台詞を、火村さんが遮った。
「電車で移動はもったいないでしょ」
一瞬、なんのことか分からなかった。そして、分かった瞬間に喫驚した。
「あ、歩いて行くってことッ!?」
「もちもち」
もちもち、じゃないでしょ。可愛げに言ってもダメ。
「電車で数駅あるのに、歩くのはムリよ」
「近くの有名なところで降りればいいじゃない。一部だけ歩き」
「でも、時間が……」
「そもそも、編集部とのミーティングって朝からなの?」
火村さんの質問に、私も「あれ?」っとなった。
そう言えば、ミーティングが何時からかは聞いていない。
私は、大河内くんたちにも尋ねてみた。大河内くんは手帳をめくりながら、
「編集部とのミーティングは、13時30分からですね」
と答えた。やるぅ。
「その情報、どこから入手したの?」
「これはオフレコですが、傍目先輩から『土御門くんと速水さんは引率として心もとないから、なにかあったときは率先して動いて欲しい』とのことで、当日のスケジュールをすべて預かっています」
やっぱり傍目先輩が管理職ナンバーワン。
私たちは朝食をゆっくり済ませて、ホテルをあとにした。