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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第16章 フレッシュ大学将棋:前日(2016年5月27日金曜)
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74手目 のぞみ245号

《3番乗り場に、17時39分発、のぞみ245号、新O阪行きが参ります》


 軽快なメロディ――流線型の車体が、ホームにすべりこんだ。

 私と速水はやみ先輩と火村ほむらさんは、列の先頭で待機。

 降車するひとは……いないみたいね。さっさと乗りましょう。

 乗車口からあがって、自動ドアを開ける。新幹線特有の匂いがした。

「座席の番号は……」

「おーい」

 真ん中あたりで手があがった。矢追やおいくんだった。

裏見うらみさん、こっちこっち」

 4人がけの席に男子がそろっていた。

 矢追くん、大河内おおこうちくん、氷室ひむろくん、それに、引率の土御門つちみかど先輩。

「おお、待っておったぞ」

 土御門先輩は、パチリと扇子をひらいた。

「ささ、座るのじゃ」

 座れって言われても、4人がけの席に4人だから満席だ。

「安心せい。そちらの席も予約しておる」

 土御門先輩は、ひとつうしろの座席を扇子で示した。

 男子と女子で分かれる感じかな。

 1年生は5人いる。学年同士でグループになるのはムリだ。

「土御門先輩たちは、東京駅からですか?」

 私は荷物をうえにあげながら、そうたずねた。

「いや、S川から乗った」

 都心のほうは、そっちが近いのね。わざわざY浜まで出てくる必要はない。

「ところで、もこっち、ビール飲まんか?」

「さすがに引率中はダメでしょ」

「子守りでもあるまいし、大学生に引率は不要じゃろう」

 いやぁ、どうでしょう。高校を卒業してから3ヶ月。まだまだ不安です。

 とりあえず着席。私はペットボトルのお茶を、窓際においた。

「速水先輩、ひとつうかがってもよろしいですか?」

「なにかしら?」

 私は、フレッシュ大学将棋の内容をたずねた。

 MINEの連絡には、1年生同士の交流戦、ということしか書かれていなかった。

「それは、まだ知らされていないわ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

「知らされてない、というのは?」

「文字通りの意味よ。主催者からは『1年生5名の選抜』しか頼まれてないの」

「団体戦か個人戦かも分からないってことですか?」

 速水先輩は、うなずき返した。

 えぇ……どうなの、それ。将棋専門誌にしては、段取りが非常に悪い。

「もしかすると、メンバーを見て企画を決めたいのかもしれないわ」

「近畿のメンバーは、分かってるんですか?」

 それも伝えられていない、と、速水先輩は答えた。

「おおよその見当はつくけどね」

「あ、そうなんですか? お知り合いとか?」

 ま、いろいろ――速水先輩は、そう返した。

「疲れているなら、すこし寝ておいたほうがいいわ。降車後も移動があるから」

 私は時刻表を確認した。新O阪到着は19時53分。

 金曜日は講義が立て続けにあったから、すこし疲労が溜まっていた。

 ちょっと横に……ん?

香子きょうこ、トランプしましょ」

 火村さんが、トランプを片手につっついてきた。

「火村さん、元気ね」

「昼寝してきたから」

 お昼寝するタイプか。私は、ものすごく眠いときしかしない。

「もこっちもやりましょう」

 こらこら、先輩をアダ名で呼ばない。

「私は詰めパラでも解くわ」

 速水先輩は詰めパラをとりだして、黙々と解き始めた。マイペース。

「つきあいが悪いなぁ……じゃあ、香子、ふたりでトランプしましょ」

「ふ、ふたりでやるのは、盛り上がらなくない?」

「そう? 明石あかしはつきあってくれるわよ?」

 イヤイヤだと思うんですけど。

 どう断ろうか迷っていると、うしろから声をかけられた。

 矢追くんだった。

「香子ちゃん、今から練習将棋指すんだけど、参加する?」

「え? 新幹線のなかで?」

「一応、代表で遠征だしさ。全敗はカッコ悪いかな、と思って」

 ふむ、なるほど。『将棋ワールド』に結果が載る可能性もある。

 関東陣営全敗だと恥ずかしい。

「どうやって指すの?」

「指定席のなかを動けば、注意はされないんじゃない?」

 それも、そうか。座席番号を守れとは言わないと思う。

 お酒を飲みながら雑談している乗客もいるし、将棋は静かなほうだ。

「組み合わせは?」

「感想戦も入れたら、指せて30秒2局じゃないかなぁ」

 矢追くんは、速水先輩も参加するかどうかたずねた。

「私を入れたら7人になっちゃうでしょ。べつにいいわよ」

 というわけで、速水先輩ははずれた。

「じゃあ、まずはこの席のままで……」

「あ、こりゃ、待て。男どもとは既に指しておるから、女の子と指したいぞ」

 土御門先輩、あいかわらず女の子好きねぇ。そのうちセクハラ事件起こしそう。

 とはいえ、先輩の頼みだから、矢追くんも断れないっぽい。

「えーと、じゃあ、火村さんと土御門先輩が席をチェンジでいい?」

 こらぁ、いきなり私を当てるなぁ。

「よろしく頼むぞ」

 土御門先輩は、私のまえに座り直した。

「こほん、わしは新人と指したいだけであって、女の子と指したいわけではないぞ」

 ほんとぉ?

 それにしても、あいかわらず変なかっこうしてるわね。

 平安貴族みたいな服装。

「先輩、外出のときに和服でたいへんじゃないですか?」

「これは、我が家に代々伝わる正装なのであーる」

「え……けっこう古い家系なんですね」

「由緒正しき陰陽師家の第48代当主候補であるぞ」

 ほんとかしら。私は疑いつつ、ビニール盤とプラスチック駒をとりだした。

 どうやってバランスをとろうかしら。むずかしい。

「目隠しでよいじゃろう」

「え……目隠しですか?」

「なんじゃ? できんのか?」

 む、失礼な。私は「できます」と答えた。

「新幹線の座席で盤をひろげるのはムリじゃ。目隠しに限る」

 土御門先輩はそう言って、扇子をひろげた。パタパタと顔をあおぐ。

「っと、片づけるまえに振り駒だけやっておくか」

 土御門先輩は、カシャカシャと駒を振った。

「ほれ……表が3枚で、わしの先手じゃな」

 盤駒を片づける。チェスクロだけ、サイドボードに乗せておいた。

「それでは、よろしくお願いするぞい」

「よろしくお願いします」

 土御門先輩は扇子をパチリと閉じて、7六歩と告げた。

「8四歩です」

 2六歩、8五歩、7七角、3四歩。

「角換わりでもよいが……6六歩」


挿絵(By みてみん)


 ほぉ、ムリヤリ矢倉ですか。

 力戦形に持ち込もうとしているのかも。用心。

「6二銀です」

 2五歩、3三角、7八金、3二金、4八銀。

 飛車先を突いちゃってるから、9五歩型はできないのよね。

 そのあたりも考えていかないといけない。

 4二銀、6八銀、4四歩、6七銀。

 

挿絵(By みてみん)


 ん? 変わったかたちになった。というか、雁木がんぎだ。

 次に5八金でまちがいない。

 私は5二金〜4三金右の予定だったんだけど……どうしましょう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4三銀」

 この一手に、パチリと扇子の音がした。

「おもしろい。相雁木か。5八金じゃ」

 5二金、6九玉、4一玉、3六歩、7四歩。


挿絵(By みてみん)


「3七銀」

「5四歩」

 これで同形は終了。先手のほうが一手速い以上、こっちは受けに回る。

 ハイスピードだった土御門先輩は、ここで初めて小考した。

「ふむ……攻めてもよいが……7九玉」

 様子見っぽいわね。

 私は9四歩と突いた。9六歩と突き返される。

「攻めないなら、こっちから攻めますよ? 7三桂」

「間合いを測っておったのじゃ。4六銀」


挿絵(By みてみん)


 これは3七銀からの自然な手。

 私は攻防にすえるため、4二角と引いた。

「今年の新人がどこまでもつか、試してみよう。3五歩」

 モチモチですよ。そう簡単に崩させてたまりますか。

 同歩、同銀、8六歩(この反発が狙い)、同角、同角、同歩、同飛。

「2四歩」


挿絵(By みてみん)


 さっそく反撃してきた。これはさすがに取る。

「同歩です」

「8七歩じゃ」

 私は8二飛と引きかけて、ちょっと考えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 8五飛でもイケそうじゃない?

 ちょうど銀が浮いている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「8五飛」

「2四銀」

 私は2七歩と打って、飛車を釣り上げる。

 同飛、3八角、2六飛、2五歩、2八飛。

「4九角成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 よしッ! 馬を先に作れたッ!

 目隠しの空中戦だから、勘違いしていないかドキドキした。

 土御門先輩も、感心のしきり。

「ふむふむ、今年の1年生は、なかなかやるのぉ」

公人きみひと、負けたらN古屋で降ろすわよ」

「おお、もこっちが10代に嫉妬しておる」

 パーンと、土御門先輩は後頭部をはたかれた。

「痛たたた……ひとの頭を殴るのは、犯罪ではないのか?」

「具体的な条文をあげよ」

 刑法を知らなくても犯罪だと思うんですけど。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7七桂じゃッ!」


挿絵(By みてみん)


 退けにきた。8二飛と引くか、それとも8四飛と引くか。

 次に7五歩、同歩、7四歩もあるから、後者かしら。

 以下、2五飛なら3四銀、2八飛、2三歩で止まる。

「8四飛」

「さすがに2四飛とはせんぞ。1六角」

 え? 1六角?

 同馬とさせたいのかもしれないけど、3九馬で困らないかしら?

 3九馬、2五飛……あッ! 3四銀に2六飛があるのかッ!


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 2三歩は3四角でボロっと取られるし、2五歩は3六飛で両取りだ。

 3九馬だとお手伝いになっちゃう。かと言って、ほかに動ける場所がない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「1六馬ッ!」

「これで消せたのぉ。同歩」

 ぐぅ、アドバンテージがなくなった。

 とはいえ、先手も速い攻めがあるわけじゃない。先に動く。

「9五歩」

「同歩」

 私は6四角と据えた。飛車当たりなうえに、9五香の強襲がある。

 以下、同香、9七角成、6九玉、8七馬、同金、同飛成を目指す。

「二兎追うものは一兎も得ず、じゃぞ。4六角」


挿絵(By みてみん)


 ん? これは無視できる?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 微妙か。9五香は6四角、同歩、9五香がある。

 さっきのパターンと違って、9七角成〜8七馬とできない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同角」

「同歩。また消せた」

 ぐぅ、的確に手を殺してくる。

 私は3度目の正直をさがした。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

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