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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第14章 2016年度春季団体戦3日目(2016年5月22日日曜)
70/487

69手目 自分との闘い

 パシーン

 

 駒音が会場に響いた。


挿絵(By みてみん)


「ぎ、銀捨て?」

 宮台みやだいさんはのけぞった。

 私はお茶のキャップを開けて、ひと息つく。

 とはいえ、息継ぎのタイミングじゃない。この手はかなり微妙。

 後手の攻めが思ったよりも速い。

「同金……は詰めろの解除か……」

 宮台さんも、この手の意味に気づいたようだ。

 4八同金は6七銀成以下が詰まなくなる。こっちは5三金と入ればいい。

 5三金自体は詰めろじゃない。6二銀、7二玉、6一角に8一玉で詰まない。けど、6七銀成としてきたら別だ。6七銀成、同玉、4七金の詰めろは、6二銀、7二玉、6三金と捨てる順が発生している。以下、同玉に5二角。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 7二玉と戻るのは6一角成以下で詰み。

 6二玉しかないけど、これも6三銀、7一玉、6一角成(!)がある。

 最初の6三金に同玉じゃなくて8二玉と逃げるのは、7三金、同飛、同銀成、同玉とバラしてから8五桂打で詰む。後手は銀を渡しているのが致命傷。

 というわけで、本命は4八同金、5三金、4七金。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これで詰めろが復活する。

 一見、6二銀、7二玉、6一角、8一玉、8三角成と飛車を抜いて先手勝ちにみえる。でも、それは6七銀成、同玉、5七金、7八玉、6八金、8九玉、7八銀、9八玉、8七金、同歩、同歩成で詰みだ。飛車がいなくても、金銀があれば先手玉は詰む。

 私が悩んでいるのは、この順だった。最初に思いついた対策は、4七金のバックにもう一度4八銀と打つ手。同金、6三金で後手玉に詰めろがかかる。ところが、この瞬間に6七銀成、同玉、5八銀、7八玉、6七金、8九玉、7八銀、9八玉、8七歩成、同歩、同飛成で詰んでしまう。

 5三金が間違いなのかなぁ……でも、それ以外にないような……まさかこれ、もう負けにしてるんじゃ……だとしたら、できるだけ長引かせる順を見つけるしか……。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ん? そっち? 6七銀成、同玉、4八金でも良かったってこと?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 いや、それはダメだ。6七同玉、4八金、5三金、4七金は後手玉が詰む。6二銀、7二玉、6三金、同玉、5二角、6二玉、6三銀、7一玉、6一角成以下。さっきと同じパターンだ。気になる変化もない。

 宮台さんに誤算があった? あるいは、私が勝ち筋を見落としていた?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 とりあえず、同玉の一手。真相はその先に。

「同玉」

「8七歩成」


挿絵(By みてみん)


 あ、なるほど、同歩、5七角成、同銀、8七飛成が詰めろっぽい。

 宮台さんの考えは分かった。私は腰を落ち着けて読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 予想どおり、同歩、5七角成、同銀、8七飛成は詰めろだ。7五桂、同歩、7六金、6八玉、7七龍を狙っている。6九玉で詰まないように見えるけど、6七龍、6八桂、5八金、7九玉のときに8七桂と打つ妙手がある。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 以下、8八玉なら7七龍、8九玉(9八玉は9九桂成、同玉、9七香、8九玉、9八香成と釣り上げて、同玉、8七金、8九玉、8八金まで)、8八歩、9八玉、9九桂成、同玉、9七香で合駒を要求して、9八桂合、同香成、同玉、8六桂、9九玉、9七龍まで。8七桂に8九玉なら8八歩、9八玉(同玉はさっきと合流する)、9九桂成、同玉、9七香、9八桂、同香成、同玉、8六桂、8八玉、8七金、9九玉、9八金まで。

 6八が桂合か銀合か角合かは関係ない。全部8七桂で詰む。

 宮台さんが気づかない可能性は考慮しない。最善を尽くす。

「8七同歩」

 5七角成、同銀、8七飛成。

「7八銀」


挿絵(By みてみん)


 銀を駆使して受ける。

「なにかあるんじゃないか……?」

 たしかに、怖い局面だ。7五桂の筋は残っている。

 ただ、それは詰まない……はず。

「いや、待てよ……べつに詰まなくても必至なら……」

 宮台さんは、最後の大長考。

 なにかありそう。だけど、なにもない……はず。

「ん、これは必至か?」

 え? 必至の順があるの? 私はあせった。

 

 ピッ

 

 宮台さん、1分将棋に。

 ほんとに必至があるの? 宮台さんの勘違いじゃない?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7五桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


 うそッ、捨ててきた。

 私は前のめりになって読む。お茶を飲む余裕もない。

 同歩は当然として(6八玉は7八龍、同玉、6七金、8九玉、7八銀、9八玉、8七桂成で詰む)、7六金、6八玉……7七金と突っ込む気? それ以外に手がない。

 7七金、同銀……ん? もしかして、これ? この手が必至?

 

 ピッ

 

 私も1分将棋に――やっぱり、この手が必至だッ!


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「ど、同歩ッ!」

 7六金、6八玉、7七金、同銀。

 宮台さんは、パシーンと桂馬を空打ちした。

「6五桂打ッ!」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………勝った。

「5二角」


挿絵(By みてみん)


「な……に……?」

 宮台さんは、反撃を予想していなかったらしい。

 5九玉、5七桂成で必至と思ったのだろう。

 たしかに、その局面は必至だ。

 宮台さんは、なにも間違っていない――後手が詰むという点を除いては。

「同銀……は同金を同玉と取れないのか。だったら逃げ……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7一玉ッ!」

 6二銀、同玉、5三角、7二玉、6一角成。


挿絵(By みてみん)


「詰ん……だ……?」

 同玉は6二金。8二玉は7一角成、9二玉、8三金以下、詰み。

 私は大きく息をき、お茶を口にした。

 宮台さんは頭をかかえる。

「自玉を考慮する時間がなかった……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ

 

「負けました」

「ありがとうございました」

 一礼した瞬間、周囲がドッと沸いた。

都ノみやこのだ。都ノみやこのの昇級だ」

「マジかよ。復帰組がワンツーフィニッシュか」

 え? 昇級?

 私はチェスクロを確認した。121手。そんなに長手数じゃない。

 あたりを見回す。都ノのメンバーが集まっていた。

裏見うらみが最後で助かった」

 松平まつだいらはそう言って、安堵のタメ息をついた。

「もう終わってるの?」

「ああ、他は圧勝か圧敗で、とっくにケリがついた。4ー3で昇級だ」

「そっか……」

 集中してて気づかなかった。

 ホッとすると同時に、実感がしばらく湧いてこなかった。

「最後、後手勝ちの順はなかったのか?」

 宮台さんは、絞り出すようにそう尋ねた。感想戦が始まる。

「どこまで戻しますか?」

「8七飛成、7八銀以下は手が変えられない。4八銀のところで頼む」

 ほいさ。私たちは、すぐに盤面をもどした。

「すなおに4八同金だったか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 それなのよねぇ……対局中は解決しなかった順だ。

「一番イヤなのは、この順でした」

「しかし、そのあとが分からなかった。こっちの攻めは一歩遅い」

「そうですか? 5三金に4七金と戻られたら、困ってました」

 宮台さんは、私のコメントに腕組みをした。眉間にシワを寄せる。

「4七金と戻る手があるのか?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「こっちが詰むんじゃないか?」

 宮台さんは自玉を気にした。

「6二銀、7二玉、6一角は8一玉で詰みません。5二角も考えたんですけど、同銀、同金寄、7一玉、6二金寄、8二玉、7一銀、9二玉で、やっぱり詰みません」

「6二銀、7二玉、6一角、8一玉に8三角成は?」

「それは6七銀成、同玉、5七金、7八玉、6八金、8九玉、7八銀、9八玉、8七金、同歩、同歩成で、こっちが詰みます」

 私は読みの披露を終えた。

 宮台さんは、うなった。

「俺はそこまで読んでなかった……完敗だ」

 どうやら、大部分は私のひとり相撲だったようだ。それもまた将棋。

 相手との闘いであると同時に、自分との闘いでもある。

「だったら、さっきの順は……」

 宮台さんが局面を戻そうとしたところで、幹事のひとが顔を出した。

「すみません、表彰式がありますので、そろそろ」

 私と宮台さんは了承して、感想戦は切り上げになった。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

  ○

   。

    .


「2016年度春季団体戦、Dクラス準優勝、都ノ大学将棋部殿」

 賞状の読み上げ。各クラスの優勝と準優勝が、Aから順に呼ばれていた。

 私たちは最後。ちょっと緊張する。

「あなたは頭書の成績を収められましたので、これを表彰し、2016年度秋季よりCクラスに所属することを認めます。関東大学将棋連合、幹事長、入江いりえ直哉なおや

 入江会長は、主将の風切かざぎり先輩に賞状を手渡した。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

 拍手ぅ。私たちは手を叩いて、喜びを分かち合った。

「まさかほんとうに1期抜けとはね」

 会長は、異例のコメントを付け加えた。

「だから言っただろう。負け犬が帰って来るってな」

「そのとおり。そしてその台詞は他のチームに失礼だから、今後は封印して欲しい」

 入江会長は、そう言って左の眉毛を持ち上げた。

 風切先輩は、すこし照れたように笑った。

「違いない……今後は封印する」

 会長はパンと手を叩いた。一同を見回す。

「これにて、表彰式を終えます。なにか連絡事項は?」

 特になし――かと思いきや、八千代やちよ先輩が手をあげた。

傍目はためくん、どうぞ」

「4月に配布したスケジュール表に訂正があります。新人戦は来週の29日となっていましたが、急遽イベントが入ったため、6月11日に延期します」

 参加者のひとりが、イベントの内容をたずねた。

「『将棋ワールド』の取材があるそうです。何名か声をかけるかもしれませんので、各校の幹事は取次をお願いします」

 おぉ、なんか凄そう。だけど、うちは関係ないかな。

 トップ棋士が何人かインタビューを受けるだけだろうし。

「傍目くん、ありがとう……ほかになにかあるかな?」

 今度こそ、特になし。入江会長も、大きくうなずいた。

「それでは、2016年度春季団体戦を終わります。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

場所:2016年度 春季団体戦3日目 3回戦

先手:裏見 香子

後手:宮台 浩二

戦型:矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金

▲6七金 △7四歩 ▲7七銀 △6四歩 ▲7八金 △4一玉

▲6九玉 △8五歩 ▲2六歩 △6三銀 ▲2五歩 △3三銀

▲3六歩 △7三桂 ▲4六歩 △4四歩 ▲7九角 △5二金

▲6八角 △4三金右 ▲7九玉 △3一角 ▲3七桂 △4二角

▲4七銀 △1四歩 ▲9六歩 △1五歩 ▲9五歩 △3一玉

▲8八玉 △2二玉 ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩

▲同 角 △4四銀 ▲3六銀 △3五銀 ▲同 銀 △3四歩

▲4四歩 △3三金寄 ▲4五桂 △3五歩 ▲3三桂成 △同 玉

▲2四歩 △同 歩 ▲4三銀 △同 金 ▲同歩成 △同 玉

▲4五金 △4四歩 ▲3四金打 △5二玉 ▲4四金上 △8六桂

▲同 歩 △同 歩 ▲同 銀 △8七歩 ▲同 金 △8五歩

▲7七銀 △8六銀 ▲4三金右 △6一玉 ▲8三歩 △同 飛

▲4二金 △4六角 ▲2九飛 △8七銀成 ▲同 玉 △8六銀

▲7八玉 △7七銀成 ▲同 桂 △8六歩 ▲8八歩 △5八銀

▲5七桂 △4七金 ▲4八銀 △6七銀成 ▲同 玉 △8七歩成

▲同 歩 △5七角成 ▲同 銀 △8七飛成 ▲7八銀 △7五桂

▲同 歩 △7六金 ▲6八玉 △7七金 ▲同 銀 △6五桂打

▲5二角 △7一玉 ▲6二銀 △同 玉 ▲5三角 △7二玉

▲6一角成


まで121手で裏見の勝ち

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