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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第12章 2016年度春季団体戦2日目(2016年5月15日日曜)
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60手目 犬派? 猫派?

「7六歩、と」

 北里きたざとくんは角道を開けて、チェスクロを押した。

 三宅みやけ先輩の話だと、居飛車党なのよね。

 戦法の選択権はこちらにある。

 3四歩なら対抗型、8四歩なら矢倉か角換わり。

「……8四歩」

 私は相居飛車を選択した。三宅先輩が「振り飛車にしないほうがいい」と言っていたのも気になったし、対振りの戦法が不明なのは怖かった。じつは3番目の理由もあるんだけど、それは6手目のお楽しみ。

「あ、そういうお誘い……6八銀」

 よし、矢倉を選択してきた。狙い通り。

「3四歩」

「6六歩」

 私は一旦、呼吸を整える。

「8五歩」


挿絵(By みてみん)


 北里くんは、無精髭の残ったあごに手を当てて、一言、

「主導権を握りたい、ってことかな……3二銀以下の早囲い?」

 とつぶやいた。私はノーコメント。

「僕は積極的なタイプじゃないから、お付き合いするよ。7七銀」

 3二銀、5六歩、4二玉、7八金、3一玉、5八金、6二銀。

 部室で研究したのと、同じような展開になってきてる。

 これはハマるかも。

 6七金右、7四歩、4八銀、6四歩、2六歩、7三桂、7九角、6三銀。


挿絵(By みてみん)


 私は銀を立って、チェスクロを押した。

 ここまでは、北里くんのほうがちょくちょく時間を使っている。

 残り時間は、私が28分、北里くんが23分。5分差がついた。

「このペースだと、研究範囲っぽいね」

 外野が見ても、そう思いそう。実際に、そうだし。

「ところで、裏見うらみさん、実家でペット飼ってない?」

 意味の分からない質問が飛んできた。

「飼ってるけど……どうかしたの?」

「ハハハ、犬でしょ?」

 ん? ……合ってる。まあ、世の中のペットと言えば犬か猫が大半ですが。

「何歳くらい?」

「私が中学に入学するときに小犬だったから……8歳か9歳?」

「人間だと、おじさんだね」

 たしかに、犬の平均寿命は12〜16歳と聞いたことがある……って、なんでこんな話になってるのよ。盤外戦術かしら。

「悪いけど、対局と関係なくない?」

 北里くんは笑って、

「ハハハ、ごめん、僕、獣医学部なんだよ。裏見さんは犬派っぽいなって」

 と答えた。なるほど、南稜は医療系だって言ってたけど、医学部オンリーじゃないわけね。北里くんの雰囲気からして、獣医学部だと聞くと納得してしまう。

「おっと、しゃべり過ぎた。2五歩」

 北里くんも、飛車先を伸ばした。私は用意しておいた一手を放つ。

「6二金」


挿絵(By みてみん)


 地味だけど、これが研究手。

 以下、2四歩、同歩、同角、2三歩に、6八角じゃなくて4六角を想定している。この角が厄介で、6二飛と回ったときに7三の地点が弱い。6五歩と反撃できないのだ。これを防ぐために7二金と上がるのは、金が王様から離れてしまう。この弱点を克服するために、大谷おおたにさんと一緒に考えて出した結論が、この6二金だった。

 というわけで、この続きも考えてある。2四歩、同歩、同角、2三歩、4六角に6五歩と反撃して、同歩(このとき6二金に代えて6二飛だと7三角成がある)、7五歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)

 

 これを同歩なら一回8四飛と浮いて、角筋から逸れておく。以下、タイミングを見て4四飛と回ってもいいし、9一角成覚悟で6五桂と跳ねる機会をうかがうのもいい。

「その6二金は、深謀遠慮にみえるなぁ」

 北里くんは、チラリとチェスクロを盗み見た。

「時間差もあるし、進められるところまで進めておこう。2四歩」

 同歩、同角、2三歩、4六角。

 私は1分ほど確認して、6五歩と突いた。

 北里くんもこれは承知のようで、同歩とすぐに取り返した。

「7五歩」

「んー、これなんだよねぇ」

 北里くんは、私の手をかなり見越しているようだった。

 つまり、私と大谷さんの研究成果を、その場でだいたい理解しているということ。元県竜王だけのことはある。気が抜けなくなった。じつは、この局面で、ちょっと気になっている手があるのだ。それを指してくるかもしれない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ、ほんとに指してきた。

 この手は、さっき指摘した4四飛ルートの対策に違いない。以下、8四飛、5五歩(6六銀右は7六歩、同銀、4四飛、5五銀に、4六飛、同歩、7五歩、同銀、3九角があるから微妙)、4四飛に5六銀と立って、飛車を撃退することができる。この手を発見したのは私と大谷さんじゃなくて、隣で見ていた風切かざぎり先輩だ。

 但し、この手にはデメリットもあった。7五歩を放置したせいで、7六歩と取り込む選択肢を与えている。8四飛と浮かないで、7六歩、6六銀左(同銀は9九角成があるからダメ)、8六歩と仕掛け直すことが可能――というのも、風切先輩からの受け売り。

 私はお茶を一口飲んで、本格的に考え込んだ。個人的には、風切先輩の7六歩を掘り下げてみたい。7六歩、6六銀左、8六歩、同歩、同飛、8七歩、8四飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これが一例。あんまり変化の余地はないと思う。

 次に6六角、同銀、8五桂からの殺到がありえそう。先手は王様の位置がかなり危ないから、9一角成とされても、なんとかなるような……甘いかしら? というか、それ以前に、5五歩と止めてきそう。7六歩が残っている限り、先手は5五歩が必須っぽい。

 8六歩、同歩、同飛、8七歩、8四飛以下、5五歩、8五桂、5四歩が本命? 以下、7七歩成、同桂、同桂成、同……金直? 5四歩、9一角成、6六角と切っても、同銀のあとが続かない気がする……いや、これは順番がおかしい。5四歩のまえに6六角と切って、同銀なら5四飛が王手だ。5五歩は角道が止まるから、5五銀、8四飛……9五角があるか。8二飛以外は6二の金が浮いている。

 全体的にやり過ぎな気がしてきた。角を切って成算があるわけでもない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 5五歩に4四飛と回ってみる?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)

 

 これはさっき考えた手順の応用で、以下、5六銀に7四銀。ここで7六金と歩を払いに来たら、5四歩、同歩、6六角、同金、4六飛、同歩、3九角。これで飛車金両取りが成立する。6八飛と逃げても5七銀だ。

 私は残り時間が20分を切ったことを確認して、7六歩と取り込んだ。

「まあ、そっちのルートだよね。6六銀左、と」

 8六歩、同歩、同飛、8七歩、8四飛。

 私がチェスクロを押すのと同時に、北里くんは5五歩と盛り上がった。

 私は30秒ほど確認して、飛車に指を添える。

「4四飛」

 この手を見て、北里くんはちょっとマジメな顔をした。

「ふーん……前評判通りってわけか……」

 どういう前評判なのか気になる。

「5六銀」

「7四銀」

 北里くんは鞄から扇子をとりだして、パタパタやり始めた。

 手拍子で7六金とは取ってこない――取らない可能性が高そう?

 代替手段としては……王様を入るとか? 6九玉?

「こうかな」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……あ、これは納得。3九角を消しに来たんだわ。それプラス、居玉の解消。

 今度は私が考える番になった。3九角を消されると、7六歩が助けにくい。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ムリに救出しないほうが、良さそう。7六歩を取らせて、他でポイントを稼ぎたい。

「1四歩」

 私は1三角の覗きをみせた。先手陣がいびつなのには変わりがない。

「それは止めさせてもらうね。2四歩」

 同歩、6八角(渋い)、3三桂。

「これで準備は完了。7五歩」


挿絵(By みてみん)


 何の準備? ……あ、7六金の準備か。7六の歩は助からない。

 私は泣く泣く6三銀と下がって、7六金に3五歩と突いた。

「ん? 同角だと?」

 北里くんはこの手を読んでいなかったらしく、長考した。

 そんなに大した狙いじゃなくて、同角なら8四飛、4六角、2三銀だ。4四歩〜4三銀のルートは飛車が窮屈な上に発展性がないから、こちらで開拓していく。

「罠かな……いや、でも……」

 悩め悩め。

「えーい、分からないときは安全策。5七銀」


挿絵(By みてみん)


 む、銀で取りに来たか。4六銀と上がられると、止める手段が……いや、違うッ!

「2五歩ッ!」

 4六銀に1三角。3五歩は取らせちゃう。

 以下、3五銀、8四飛、3六歩、2三銀、8六歩。

 先手は金銀がバラバラになった。

「うぅ……なんかムリしてる感が……」

 大有りよッ! 3四歩ッ!

「2四歩」

 これは冷静に3二銀と下がっておく。銀交換に応じる必要はない。

 北里くんも諦めて4六銀と引いた。

「2四角」


挿絵(By みてみん)


 今のやりとりで歩得は消えちゃったけど、ポイントを稼げた気がする。

 さあ、先手陣、どうまとめますか?

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