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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第11章 すり替えられたオーダー表(2016年5月10日火曜)
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58手目 開いたダイヤル錠

「雁木って、崩れると早いね。4二銀左」

 まるで他人事のように、氷室ひむろくんは銀を下がった。

 危なくない? 3三金で?

「5、6、7、8、9」

「8三歩」


挿絵(By みてみん)


 一本入れましたか。3三金は、最後に飛車の横利きが通ってダメなようだ。例えば、3三金、4一玉、5三桂成、同金、4二金、同飛みたいな手がみえる。

「5、6、7、8、9」

「9二飛」

「飛車が隠居したわね」

「んー、僕が不利とも思えないんだけどなぁ」

「ウソおっしゃい。内心ブルってるんでしょ」

 火村ほむらさん、ダベってないで考えてくださいな。

「5、6、7、8、9」

「2二成香」


挿絵(By みてみん)


 これは取れない。取ったら5三桂成、同金に8二金、9三飛、4二馬がある。かと言って5三桂成に同銀は3三銀、1二玉、2二金、1三玉、2四馬で詰む。

「5、6、7、8、9」

「4三玉」

 5三桂成、同金(んー、飛車の横利きが通った)、4一銀。

「切れたっぽくない?」

 氷室くんは、おとなしめに尋ねた。

「そ、そんなことないわよ」

「僕は切れたほうに賭けるね。7七と」


挿絵(By みてみん)


 攻めた。口三味線じゃなくて、本気で切れたと思ってる証拠だ。

 同金だと6五桂?

 歩は要らないから、7七とはむしろ放置で……いや、そうもいかない感じ?

「5、6、7、8、9」

「3二成香」

 火村さんは攻め合いを選択した。

 3三桂、同成香、同銀、4五桂、2一桂、3三桂成、同桂。

 切れてるようにも切れてないようにも見えるけど……切れ気味かな……。

「5、6、7、8、9」

「3二銀打ッ!」

「4二玉」

「3一銀不成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 勝負手ッ!

 同玉なら3三馬、4一玉、5一金、3一玉、2三桂、2一玉、1一香成の寄せがある。

 で、でも、4一玉だと? 3三馬でちゃんと寄るの?

「5、6、7、8、9」

「4三玉」

 王様を立って受けた。

 こ、これもうまい。3三馬と入らせないのが急所だと見抜いている。

「2三金ッ!」

 火村さんは、とにかく3三馬を目指した。

 氷室くんは片手をひたいに当てて、髪をなであげた。

「これで完切れかな。2一桂」


挿絵(By みてみん)


「あ、うッ……」

 火村さんは言葉に詰まった――外野の私から見ても切れている。

「5、6、7、8、9」

「に、2二銀不成」

「同飛」

 飛車を大胆に切る。同金、6八と。


挿絵(By みてみん)


 3二金と戻れば詰めろ――だけど、先手玉は2九金からの詰めろにみえる。

 2九金に1八玉は3八龍、同銀、2八金打まで。

 2九金に3七玉は2八銀、同金、5九角、4八合駒、同角成、同銀、同龍まで。

「5、6、7、8、9」

「3九飛ッ!」

 受けた……けど、かなりのムリ筋。

「3七銀」

 焦点の捨てが入った。

 同金は3九龍、同玉、4八角からの詰み。

「5、6、7、8、9」

「ど、同玉」

「5九角」

 氷室くんはノータイムになった。

 2八玉、3九龍、同玉(1八玉は2八飛、同金、同龍、同玉、3七金以下、同金はもう少し難解で3七金、1八玉、2七金、同玉、3七飛、1八玉、2七銀、2九玉、2八香、同金、同銀成、同玉、2七金以下)と進む。

 本譜は詰んでる? 必至をかけるつもり?

「5、6、7、8、9」

 秒読みのなか、氷室くんは満足げにほほえんだ。

「とても美しいかたちになったよ。4九飛」


挿絵(By みてみん)


 え? 飛車捨て?

「あ、しまった……」

 火村さんは青くなった。私も青くなる。

 4九同玉に3七桂で詰みだ。3九玉は2九金、3七同金は4八金、同銀、同歩成まで。

「秒読みを……と言いたいところだけど、詰んでるよね」

 氷室くんは、はっきりした口調で確認してきた。

 火村さんは納得がいかないのか、一回目をつむったあと、

「負けました」

 と小声で返した。

「ありがとうございました」

 氷室くんはすこしだけ前髪をなおして、数学の雑誌を棚にもどした。

「というわけで、不可抗力は発生しなかったよ……残念だ」

 いや、残念とかじゃなくて……どうするの、これ?

 ダイヤルの鍵を開けなかったら、帝大ていだいもアウトなんでしょ?

 あたしは、率直にそのことを伝えた。

 すると、氷室くんは困ったような表情で、

「うーん、そうだな……でも、ダメなものはダメだからね」

 と答えた。いやいやいや、なにを言ってるんですか。

 将棋で決着をつけるという発想がめちゃくちゃだし、私は同意していない。

 火村さんも敗戦のショックから立ち直ったらしく、氷室くんを指差して、

「ガキみたいなことしてないで、さっさと番号を教えなさいッ!」

 となじった。

「んー、ダメなものはダメ」

「カミーユさまの命令よッ!」

 いや、さすがに命令できる立場じゃないでしょ。

 そもそも、将棋の申し出を受けなければよかったわけで……。

 面子(約2名)がカオス過ぎて、話がどんどんこじれてくる。

「んー、どうしようか……そうだ、もうひとつ別の推理もあるんだけど、聞きたい?」

「べつの推理ぃ? シャーロック・ホームズごっこなら、あとにしなさい」

「ちょ、ちょっと待って、聞かせてちょうだい」

 私は火村さんの口をふさぎながら、そう答えた。

 唐突なのは確かだけど、今回の事件と関係があると思ったからだ。

 氷室くんは、にっこりとして、後頭部に手をあてた。

「たいした推理じゃないんだよ。どうやって裏見うらみさんたちがここに来たのかな、と」

「どうって……もちろん、オーダー表を確認しに来たのよ」

 差し替えに、とは言わなかった。差し替えるところまで準備ができていない。

「どうして、じゃない。どうやって、さ」

「どうやって?」

「どうやって、この部屋にオーダー表があると判断したの?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ!

 ま、マズい。私は口もとに手をあてた。

都ノみやこのと聖ソフィアは、最近復活したサークルだ。連合との直接的なコネはないよね」

「……」

「となると、間接的なコネ……つまり、高校の同窓生あたりがあやしくなる」

「……」

「そこで少し調べてみたんだけど……裏見さんは、幹事の傍目はためさんと同じ高校かな?」

 私は、かるくうなずいた。ごまかすと、かえってこじれると思ったからだ。

「でも、八千代やちよ先輩は今回の件と関係ないわ」

「ほんとに?」

 私は、バイト先にあやしい電話がかかってきたこと、そして、そのことを八千代先輩に連絡したら、無視されたことを教えた。

「なるほど、うまいやり方だ。ほんとにヤリ手の幹事みたいだね」

「うまいやり方っていうか、八千代先輩は今回の件とほんとに関係がないわ」

 まあまあ、と氷室くんは手で合図して、推理の先を続けた。

「証拠はなにもないけど、傍目さんの『ご指導』があったんじゃないかな、と思う」

「ご指導?」

「この部屋に対する誘導だね」

 ぐッ、そこまで嗅ぎ付けてきたか。勘が鋭いわね、この子。

 とぼけたりふざけたりしているのも、わざとじゃないかと思えてくる。

「そんなに怖い顔しないでよ。証拠はなにもないし、大事なのはこの先だから」

「まだ、なにかあるの?」

 氷室くんは、ダイヤル錠のついたテーブルによりかかった。

「傍目さんから誘導があったにもかかわらず、裏見さんたちは僕にダイヤル錠の番号を訊いた。つまり、傍目先輩は、ダイヤル錠があることも、その番号も教えなかったことになる。これはちょっと不手際じゃないだろうか?」

 どうかしら。氷室くんが登場して、あわてて立ち去ったのかもしれない。

 私は黙っておいた。

「というわけで、もう分かったんじゃないかな?」

「……全然」

 氷室くんは、すこしがっかりしたような顔で、ひたいに指をあてた。

「あれ? ヒントは全部出したと思うんだけど?」

 なんですか。帝大生にしか分からないとかいう学歴ギャグですか。

 そういうのはビシビシいくわよ。

「あなた、さっきから話が抽象的で回りくどいわ。はっきり言ってちょうだい」

 私がたしなめると、氷室くんはごまかすように笑った。

「アハハ、ごめんごめん、クイズのつもりじゃなかったんだ。簡単な話」

「だから、どう簡単なのか結論部分を……」

 氷室くんはダイヤル錠へ指を伸ばし、そのまま引っ張った。

 カチャっと音が鳴って、錠はそのまま外れた。

「え? 番号は?」

「傍目さんが、あらかじめ合わせておいたのさ」

「……あ、そういう」

 おっとっと、私はあわてて口をつぐんだ。

 八千代先輩は、この部屋に先回りしてダイヤルを合わせ、そのまま退室したのだ。

 メールのときと同じで、私たちとは直接会わない作戦だったのだろう。

「だったら、私たちふたりに将棋を挑んだ理由は?」

「てっきり、君たちも気付いてると思って、冗談を言ったんだよ」

 えぇ……ウソでしょ。冗談にみえなかった。

「ま、どう解釈してくれてもいいよ、ほら」

 氷室くんは、私たちにダイヤル錠を投げた。ギリギリキャッチする。

「じゃ、僕はお先に失礼するね」

 氷室くんは、唖然とする私たちの横をスリ抜けて行った。

 正気をとりもどして松平まつだいらたちと連絡をとったのは、しばらくあとのことだった。

場所:治明大学リベルタタワー

先手:火村 カミーユ

後手:氷室 京介

戦型:先手ゴキゲン中飛車


▲5六歩 △3四歩 ▲5八飛 △8四歩 ▲7六歩 △6二銀

▲4八玉 △4二玉 ▲3八玉 △8五歩 ▲7七角 △5四歩

▲6八銀 △5三銀 ▲2八玉 △7七角成 ▲同 銀 △6四銀

▲3八銀 △3二玉 ▲5九飛 △4二銀 ▲7八金 △4四歩

▲6六銀 △4三銀 ▲7七桂 △5二金右 ▲1六歩 △1四歩

▲8九飛 △2二玉 ▲2六歩 △3二金 ▲2七銀 △7四歩

▲3八金 △7三桂 ▲3六歩 △3三桂 ▲3七桂 △4五桂

▲同 桂 △同 歩 ▲6八金 △2四歩 ▲3七桂 △3三桂

▲9六歩 △9四歩 ▲7八金 △6二金 ▲6八金 △5二金

▲7八金 △6二金 ▲1七香 △5三銀 ▲1九飛 △8一飛

▲1五歩 △同 歩 ▲同 香 △同 香 ▲同 飛 △1一香

▲1四歩 △2三金 ▲1九香 △1四香 ▲同 飛 △同 金

▲同 香 △1六歩 ▲1九香 △4六歩 ▲同 歩 △4七歩

▲5七銀 △5九飛 ▲6八金 △8六歩 ▲1三角 △3二玉

▲2四角成 △2一飛 ▲1五馬 △1七歩成 ▲同 香 △4九飛成

▲1九歩 △8七歩成 ▲1二香成 △8一飛 ▲8二歩 △同 飛

▲2五桂 △4四銀直 ▲3三桂成 △同 銀 ▲4五桂 △4二銀左

▲8三歩 △9二飛 ▲2二成香 △4三玉 ▲5三桂成 △同 金

▲4一銀 △7七と ▲3二成香 △3三桂 ▲同成香 △同 銀

▲4五桂 △2一桂 ▲3三桂成 △同 桂 ▲3二銀打 △4二玉

▲3一銀不成△4三玉 ▲2三金 △2一桂 ▲2二銀不成△同 飛

▲同 金 △6八と ▲3九飛 △3七銀 ▲同 玉 △5九角

▲2八玉 △3九龍 ▲同 玉 △4九飛


まで136手で氷室の勝ち

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