表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第11章 すり替えられたオーダー表(2016年5月10日火曜)
56/487

55手目 大学生たちの推理

火村ほむらさん、待ってッ!」

 私は大声で呼びかけながら、階段をかけおりた。

 ここは元陸上部の意地。絶対に追いつく。

 と意気込むまでもなく、歩幅の差でアッという間につかまえることができた。

「ちょっと、離しなさいッ!」

「他校の部室に殴り込んで、勝手に帰れると思ってるの?」

 私は、たしなめた。すると、火村さんはキッとにらんで、

「あんたたち、犯人じゃないんでしょ。だったらどうでもいいじゃない」

 と口答えした。私は腰に両手をすえた。

「うちだってイタズラされたのよ? どうでもいいわけないと思うんだけど?」

「ん、まあ、それは……明石あかし、なにか反論しなさい」

 あのさぁ、明石くんは反論製造機かなにか?

「タイムリミットは、次の日曜日です。都ノみやこのの協力が得られない以上、私たちには単独で動く権利があると思いますが?」

 ぐぅ、的確に反論してきた。

松平まつだいら、言い返しなさい」

「俺は再反論製造機かよ……んー……」

 松平はしばらく髪の毛をいじって、それから、

「無闇に犯人を捜してもしょうがないし、どうやって犯人を見つけるつもりだ?」

 とたずねた。ナイス。

「そこはまだ目処が立っていません」

「だったら、部室から飛び出す必要もなかっただろう?」

「部室から飛び出したのは火村主将で、私はそれを追いかけただけですよ」

「あッ! なんであたしのせいにするのよッ!」

 いや、実際そうだったでしょ。性格もお子さまなのね。

 そうとう甘やかされて育ったとみました。

「善は急げって、日本のことわざにもあるでしょッ!」

「急いでも解決しないものは解決しないわ」

 私はそう言って、まず状況を整理した。

 ひとつ、イタズラは都ノと聖ソフィアに対しておこなわれたこと。

 ひとつ、一般の学生ではなく幹事のしわざだと思われること。

 ひとつ、傍目はため先輩から返信がまったくないこと。

「以上を考え合わせてみたら、八千代やちよ先輩はなにか知ってると思うんだけど、どう?」

 私の推理に、みんなも納得してくれた。一番最初にコメントしたのは、松平だった。

「俺も、傍目先輩はなにか知っていると思う。というか、気付いてるんじゃないか?」

「オーダー表の書き換えに?」

「ああ、うちのオーダー表を確認したら、実際に書き換えられていて、傍目先輩も困っている……これが一番合理的な解釈だ。生真面目だから、頼んでも、うちに有利な差し替えはしてくれないだろう」

 私たちの会話に、火村さんが割り込んでくる。

「そのハタメって女、頭が固いわね。こっそり差し替えさせてくれればいいのに」

「いや、バレたら一大事だぞ。幹事と都ノと聖ソフィアがつるんで、規約違反をしたことになるからな。全員永久追放だ。下手したら学内処分もありうる」

 火村さんは、ピンと指を立てた。やたら長い爪で、松平をおどしつけた。

「オーダーが改竄されているなら、差し替える以外に手はないの。分かる?」

「どうやって差し替える? 原本はどこだ? 犯人の手のなかだろ?」

「頭を使うのよ、頭を……ねぇ、明石?」

 全振りされる明石くん。さすがに困ったのか、しばらく考え込んでしまった。

「……すこし、原点にもどってみませんか?」

「原点? どこに?」

裏見うらみさんに電話をした人物の正体です」

 火村さんは、なんでもないかのように両手をあげ、肩をすくめてみせた。

「正体もなにも、オーダーを書き換えた張本人でしょ」

「そうでしょうか? 私がオーダーを書き換えるなら、裏見さんに連絡はしません。日曜日に発覚して、聖ソフィアと都ノが失格になるのを待ちます。現に、あの電話と怪文書がなければ、オーダーの書き換えに誰も気付きませんでしたよ?」

「ん……そう言われると、そうね……」

 火村さんは腕組みをして、ちらりと私のほうを盗み見た。

「電話の声は、どんなやつだったの? 男? 女?」

「男っぽかったけど……ボイスチェンジャーなら、どちらとも言えないと思う」

 最近の音声技術はすごいのだ。テレビ番組で見たことがある。

 男性の声を女性風に、女性の声を男性風に変えるなんて、わけないはず。

「電話番号は、分からないの?」

「非通知設定だったから、確認のしようがなかったわ。ただ……」

「ただ?」

 私は、最初から持っている違和感に言及した。

「範囲は、そうとう絞れるはずなのよ。将棋サロンの電話番号を知っていて、私がそこでバイトをしていることも把握済み。しかも、大会が終わったあと、大谷おおたにさんのお願いで将棋サロンに顔を出したことも熟知してたんだから……つまり……」

 私はそこで、いったん言葉を区切った。

 推理の結論が、心地のいいものではなかったからだ。

 でも、勇気を出して口にする。

「つまり、団体戦初日が終わったあと、私たちの会話を盗み聞きできた人物よ」

 火村さんは、パチリと指を鳴らした。

「なんだ、そこまで分かるなら楽勝じゃない。周りにいた連中を思い出しなさい」

 私は松平と顔を見合わせた。

「誰がいたかしら?」

土御門つちみかど先輩が風切かざぎり先輩に声をかけてたから、八ツ橋やつはしは確実にいた」

「他には?」

「日センと……ん、待てよ」

 松平はあごに手を当てて、目をほそめた。

「……そうだ。八ツ橋があそこにいた理由を思い出した。A級校の試合が終わって、あそこに固まってたんだ。俺たちは、A級のメンバーに囲まれてた気がするな」

 私はその情報を聞いて、タメ息をついた。

「A級だけで8校もあるのよ。容疑者が100人以上になっちゃうわ」

 レギュラー勢が14人にその他の部員も含めたら、200人を軽く超えてしまう。

 だけど、松平はさらに絞り込みをかけた。

「そう落胆するな。場所は狭かったから、8校全部は集まっていないはずだ」

「どこの大学が近くにいたかなんて、もう確かめようがなくない? 記憶も曖昧だし」

「そうでもないぞ。これはかなり重要なヒントだ」

 私は、どういう意味かと尋ねた。

「いいか、裏見に電話をかけてきたやつは、オーダーの書き換えを知っていたわけだ」

「そうね」

「じゃあ、そいつはどこから書き換えの情報を入手したと思う?」

「オーダー表を見て、うちが実際に出したメンバーと違うことに気付いたんでしょ」

「それはおかしい」

「なんで?」

「すぐに通報されて、都ノも聖ソフィアも呼び出しを喰らったはずだ」

 私は、ハッとなった。

「待ってよ……ってことは、Dクラスのライバル校でもないってこと?」

「Dクラスのライバル校なら、幹事にその場で言いつけるだろう」

「でも、目撃者がCクラス以上だとしたら? 利害関係がないわよ?」

「Cクラス以上に利害関係がないとは、言い切れなくないか? 昇級候補だぞ?」

 なるほど、今はDクラスだけど、将来の芽を潰すなら告発する可能性が高い。

 けど、私はまた疑問にぶつかった。

「あれ? だったら、部外者ってことにならない?」

 松平は真剣なまなざしで、私の問いに答える。

「電話の主も『確固たる証拠を持っていなかった』としたら、どうなる?」

「証拠を持ってなかった? ……あッ!」

 私は喫驚した。

「密告者は、伝聞でオーダーの書き換えを知ったのね」

「おそらく、な。密告者が犯行現場を盗み見た、という可能性もあるが、これは考慮しなくていいと思う。遠目に盗み見ただけじゃ、オーダー表を書き換えているのか、それとも事務処理をしているのか、区別がつかないからだ」

「でも、どこからそんな伝聞が流れてくるわけ? ありえなくない?」

 松平は、すこしばかり声をひそめて、

「あくまでも可能性だが……犯人の口から直接聞いたんじゃないか?」

 とささやいた。

「いや、それはもっとありえないでしょ」

「そうか? むしろ簡単に説明がつくぞ。密告者は、なぜ犯人の名前を挙げなかった? 俺たちを助けたいだけなら、犯人を名指しすればいい。そうすれば、調査でも筆跡鑑定でも、ずっと有利になれる。密告者は、俺たちを助けたいと同時に、犯人もかばいたかったんじゃないか?」

「犯人もかばいたかった……同じ大学の将棋部員?」

「そう、密告者と犯人は、同じA級校の将棋部員だ。しかも、犯人が口を滑らせるくらい仲がいい。友人に密告されるとは思わなかったんだろう。そういうレベルだ」

 うッ……かなり推理が進んだような気がする。

 私たちが沈黙するなか、火村さんはとぼけたような声をあげた。

「えーと、A級校ってどこだったかしら?」

 明石くんは、

帝大ていだい晩稲田おくてだ、八ツ橋、日セン、大和やまと治明おさまるめい、首都工、立志りっしの8校です」

 と、すらすら名前をあげた。あちらも情報収集にぬかりがない。

「じゃあ、ひとつずつ締め上げていけばいいわけね」

 いやいや、なんでそうなるかな。それこそ書き換えのうわさが広まってアウトだ。

 私はここまでの情報を整理したうえで、ひとつの提案をしてみた。

「ねぇ、治明に行ってみない?」

 松平は、敏感に反応した。

「治明? 犯人の目星がついたのか?」

「そうじゃないけど……治明はA級校で、八千代先輩が在籍してるでしょ? これがただの偶然に思えないの。密告者は、治明の学生なんじゃないかしら。あるいは……」

「あるいは?」

「うぅん、なんでもない」

 この先は、完全な憶測になってしまう。それに……いや、ほんとうになんでもない。

「今、何時だ?」

 松平が誰とはなしに尋ねると、明石くんは17時過ぎだと答えた。

「まだ治明へ行く時間があるな。電車で移動しよう」

「今から行くの? 着いたら宵の口よ?」

 私は、ちょっと驚いた。けど、愚問なようにも思えた。

 松平は、すぐに納得のいく答えを返してくれた。

「日曜日まで時間がないし、夕方に潜入するほうがいいだろう」

「それも、そうね……分かったわ。行きましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ